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平成九年春山合宿 剱岳周辺及び鹿島槍ヶ岳
その2 丸山中央山稜~真砂尾根~八ツ峰Ⅰ峰四稜~八ツ峰主稜
金子 隆雄

山行日 1997年4月26日~5月1日
メンバー (L)金子、小幡

 今回の合宿において私が設定したテーマは「バリエーションルートの継続」であった。下山も一ひねりして次のようなプランをたてた。黒部ダム~丸山中央山稜~真砂尾根下降~八ツ峰I峰四稜~八ツ峰主稜~剱岳~雄山~雄山東尾根下降~黒部ダムという8の字を描くようなルートである。
 結果は思いの外の重荷(これは完全な軽量化の失敗)、頻発する雪崩、悪天候などが重なって計画の3分の2程度で断念せざるをえなかった。だがメインと考えていた丸山中央山稜と八ツ峰の登攀は成功したので良しとしよう。

4月26日 快晴
 朝焼けに輝く鹿島槍に出迎えられて信濃大町に着く。朝一番のバスとトロリーバスを乗り継いで黒部ダムに着く。
 早速外に出てみるが予想通り雪が少なく目の前に見える丸山中央山稜は黒々としていて先が思いやられる。取り敢えず馬場島の派出所へ入山届けをするために電話を探すがカードしか使えない電話機だけしかないので展望台まで行って高いテレフォンカードを買うはめになってしまった。
 電話するのに手間取って出発が遅くなってしまったが、アイゼンをつけて黒部川への下降を開始する。黒部川に架かる橋は壊れかかっていて危なそうだったので、すぐ上流を徒渉する。末端から稜に取付くと薮こぎに終始しそうだったので橋から50mほど下流の浅く開けたルンゼから取付く。雪を拾いながらルンゼを詰めていくとどんづまりが断崖となっているのでこれを左からかわす。所々に赤布が目立つようになってくると稜らしくなってくる。雪がない部分は薮こぎとなる。途中4人パーティに追い越される。
 急雪壁を登りきると傾斜が緩くなり丸山南峰直下の肩のような所に出る。今日は荷物が重くてヨレヨレだったので丁度よい幕場なので明日がんばればいいやということで時間はまだ早いが行動を終えることにする。

〈コースタイム〉
黒部ダム(8:25) → 取付き(9:00) → 丸山南峰(12:40)

4月27日 快晴
 丸山南峰から主峰までは起伏のない稜線で困難な所はない。主峰まで来て初めて展望が開ける。行く先の中央山稜が見通せるようになり、くねくねとうねった稜線の遥か先に終点の富士ノ折立とおぼしきピークが見える。主峰から御前谷乗越まで約70m下降し、内蔵助平側のカール状になった斜面を内蔵助峰を目指して登る。この斜面は今の季節だから登れるが冬などは雪崩が怖くてとても登れないだろう。
 昨日に続き今日も快晴でとても暑く汗が滴り落ちる。内蔵助峰から北に派生する尾根に上がり、この尾根を辿って内蔵助峰のピークに立つ。内蔵助峰から少し下った所に昨日我々を追い越していったパーティのものと思われるテント設営跡があった。ここまでしっかりとあったトレールもこの先判別できないほど微かになる。
 ここから先がこのルートの核心部で小ピークが連なりほとんどが急雪壁となっている。途中這松混じりの岩稜となり一ピッチだけザイルを結ぶ。丸山中央山稜でザイルを使ったのはここだけだった。富士ノ折立の肩へ抜ける部分は傾斜の強い雪壁で下を見ると御前谷に一気に切れ落ちていて高度感抜群だ。
 今日も荷物が軽くなっていなくて午後になると足取りも重くなってくる。ちょっと情けない気もするが富士ノ折立の肩で幕営とする。稜線間近なのでテントの周りにブロックを積もうと思ったが雪が少なくてダメだった。

〈コースタイム〉
丸山南峰(6:10) → 丸山主峰(6:45) → 内蔵助峰(8:45) → 富士ノ折立(13:20)

4月28日 雪のち雨
 天気はあまり良くないが視界は良好なので出発する。下降を予定している真砂尾根が内蔵助谷の対岸に間近に見えるので内蔵助谷をトラバースしていけば速そうだが富士ノ折立のピークを経由して行くことにする。幕場から急雪壁を登ること約1時間で富士ノ折立のピークに着く。縦走路まではほんのわずかで出ることができる。縦走路に出ると室堂周辺が一望のもとに見渡せる。
 ケルンの積んである真砂岳を越えて縦走路と分かれて内蔵助山荘へと向かう。内蔵助山荘は人はいないが入口は掘り出されていて使用することができるようだ。この辺りから雪が降りだしてきた。
 ここから真砂尾根の下降にかかるがトレールはまったくない。真砂尾根は上半部は岩峰が連なり緊張するトラバースやバックステップでないと下降できない雪壁など多く気が抜けない。またアイゼンが団子になって一歩ごとに雪を落とさなければならないような状態だ。かといって傾斜が強いのでアイゼンを外すこともできない。こんな状態なので先頭で下っているときスリップして滑落してしまった。幸いアンザイレンしていたので小幡さんがすぐに止めてくれた。
 ハシゴ谷乗越までの下半部はただの雪尾根で特に問題となる所もない。ハシゴ谷乗越が近づくと高度を下げたからか雪が雨に変ってきた。風がないのであまり寒さは感じない。ハシゴ谷乗越からトレールを辿って剱沢へ降り、真砂の台地までは行かず八ツ峰の取付きの対岸に幕営する。我々の他に2張りのテントが先に張ってあった。テントを張り終えて中に入ると雨が激しくなってきた。荷物を軽くするために今日は多めに酒を飲む。

〈コースタイム〉
幕場(7:15) → 縦走路(8:25) → ハシゴ谷乗越(13:5) → 剱沢(13:30)

4月29日 快晴
 朝方目が覚めたときにはまだ雨がパラついていた。谷の中に居るせいでラジオが入らず天気予報が聞けなかったので今日の天気が判らずに躊躇する。明るくなってきて急速に天気が回復してきたので急いで出発の準備をしたが出発がだいぶ遅くなってしまった。同じ場所にテントを張っていた4人のパーティが我々が予定しているルートと同じ四稜に向かって先行した。遅れること1時間で我々も出発する。
 四ノ沢の右側の稜の更に右のルンゼから取付く。先行パーティのステップがしっかりと刻まれているのでだいぶ楽させてもらった。このルンゼは無名岩峰の下まで続いている。無名岩峰から派生する稜を乗越し四ノ沢の枝沢に一旦降りて狭くて急峻なこの枝沢を詰め上がる。更に雪壁を登り薮に覆われた小ピークを薮をこいで越すとP2の下に至る。ここで先行パーティに追いついてしまった。追い越そうにも追い越せるような所がないので以後ずっとこのパーティの後ろをついて行くことになってしまった。
 P2は全く雪が付いていなくて壁ノ谷側をトラバースする。雪はズタズタで状態が非常に悪いのでザイルを使用する。一本ではとどかず二本つないでザイルを延ばす。スノーバーを支点にランニングビレーをとるが効いているのかどうか判らない。更に雪壁を一ピッチ登るとピークに出る。P2からP3の基部まではナイフリッジで途中に露岩がありスタカットで通過する。
 P3への登りはブッシュ混じりの雪壁で亀裂が多く状態はあまり良くない。P4は鋭く立ち上がり上半分は雪が付いていない。捲くことはできず直登するしかないが厳しい岩登りとなりそうだ。1ピッチ目は雪があるので問題ないが、2ピッチ目は途中までリッジの右側を木の根っ子を掴んで這い上がり、枯れた木に登りリッジを反対側に乗越す。リッジを乗越す箇所が微妙で厳しい。
P5は大きなドーム状のピークでかなり長い雪壁登りとなる。P6、P7はなだらかなピークで難しい所はない。ここまで来たところで先行パーティが行動を中止してテントを設営し始めた。先に行くチャンスと思い追い越してP8の斜面を見上げると雪崩れた跡が数箇所認められる。なんだか嫌な感じがして進むのをためらう。ここに来るまでも四ノ沢ではひっきりなしに雪崩ていたし、P8の斜面のデブリもまだ新しいのでかなりヤバイと判断し行動を中止することにした。時間もまだ早いし予定より丸1日遅れていることもあって、最低でもⅤ・Ⅵのコルまでは行きたいと思っていたが命と引き換えにすることはできない。
 唯一テントが張れそうな場所には先行のパーティが張ってしまったのでP7の直下に雪洞を掘ることにした。雪洞を掘り始めて間もなくP8の上部からルート全体が雪崩れた。崩れ落ちた雪は四ノ沢と壁ノ谷に分かれて落ちて行き我々の居る所までは届かなかったが、止めといてよかったと胸を撫で下ろす。
 小幡さんは雪洞泊りは初めてだと張り切って雪洞掘りに精を出していたが、それも出来上がって中に入るまでで、雪洞の中では寒い寒いの連発。風さえなければテントのほうが快適なのは言うまでもない。酒も昨日までに飲み尽くしてしまって寒くて侘しい夜を過ごす。

〈コースタイム〉
幕場(5:10) → 無名岩峰上(8:00) → P4取付き(10:30) → P7(雪洞)(13:40)

4月30日 雪
 下にテントを張っているパーティより先に出発できるよう三時に起きて準備をするが、キジをうっている間に先行されてしまった。今日は風が強く雲の流れが速い。
 昨日の雪崩跡を登ってP8に出て三稜とのジャンクションピークを越えるとⅠ峰のピークに至りようやく四稜を終えることができた。Ⅰ峰からは懸垂で下降する。支点はしっかり出ている。風が強いためナイフリッジでは風にあおられて滑落しないよう慎重に歩を進める。Ⅰ峰とⅡ峰間にも5mほどの懸垂する所がある。Ⅲ峰からは2ピッチの懸垂で下降する。このように懸垂下降が多いのでどうしても待ち時間が長くなってしまう。先行パーティは4人いるので時間がかかるのだ。
 Ⅳ峰付近から急にガスがかかってきて一気に視界が利かなくなってくる。その代わり風はなくなったようだ。Ⅴ峰からの下降は支点のあるピナクルまでナイフリッジを通過し2ピッチの懸垂で降りたが2ピッチ目の下降でザイルがわずかに足りなく最後は滑り落ちるようにして緩傾斜帯に立つ。トラバースぎみに登って行くとすぐにⅤ・Ⅵノコルに出る。この頃から天気は雪になって、視界は相変わらず悪い。Ⅵ峰の斜面は雪崩れた跡があるが今日は大丈夫だろうと登りだす。Ⅵ峰は八ツ峰の中でも一番傾斜が強く緊張する。ここで先行パーティを一気に追い抜こうと最も傾斜の強い部分を息をきらしながら直登するが結局追い抜くことはできなかった。傾斜が落ちたリッジを更に登るとⅥ峰に着く。
 ここで先行パーティはテントを張り始めたが、我々は先に進むことにする。Ⅶ峰からの下降はクライムダウンもできそうだが懸垂することにする。支点がないため竹ペグを2本雪の中に埋めて支点にする。Ⅷ峰からも懸垂で下降する。八ツ峰は登っては懸垂の繰り返しなので手際よく懸垂することができないと登攀スピードがぐっと落ちてしまう。
 八ツ峰も終りに近づきそろそろ池ノ谷乗越へ下降しなくてはならないが、視界が悪くて何も見えずどこから下降するかよく判らない。Ⅷ峰を過ぎてしばらく行った所に長次郎谷側へ下降する懸垂の支点があったので下降してみることにする。支点を補強して途中まで下降したがどうも違うような気がして登りかえす。支点は細いシュリンゲが1本岩にかけてあるだけのお粗末なものでよく使われている支点とは思えないし、懸垂で降り立った所もまだまだ先は傾斜が強いが支点はない。登りかえしてよく見ると微かにトレールが先に続いているので行ってみることにする。
 ナイフリッジが続く雪稜を1時間弱登ると突然行き止まりとなる。前にあるのは空間だけで懸垂下降もできそうにない。途中に下降できそうな所は見つけられなかったので、しかたなく引き返すことにする。懸垂の支点がある所まで戻ると一瞬ガスが切れてチンネが見えたがすぐにまたガスに閉ざされてしまった。
 予備日を入れて残り3日、燃料、食料もあるのでビバークする場所があれば天候の回復を待って予定のルートを登ることができるのだが、生憎ここはナイフリッジが続きテントを張るどころか雪洞を掘る場所さえない。思案の結果、長次郎谷へ下降しⅤ・Ⅵノコルまで行くことにする。降雪中に長次郎谷へ入り込むのは気が進まないがここに留まっていることはできない。まだそれほど新雪は積もっていないし遅れれば遅れるほど危険は増してくる。懸垂1ピッチの後、ザイルを2本つないでスタカットで100m延ばす。あとはコンテでどんどん下降するとやがて見覚えのあるⅤ・Ⅵノコルが見えてきた。早く安全な場所へ着きたいと気持だけは先へ先へと行くが、腐った雪はかなり潜るので体はなかなか先に進まない。ようやくのことでⅤ・Ⅵノコルへ上がりテントを張る。雪は夜半まで降り続けたようだ。

〈コースタイム〉
P7(5:10) → Ⅰ峰(5:50) → Ⅴ・Ⅵノコル(10:30) → 八ツ峰ノ頭(13:00) → Ⅴ・Ⅵノコル(16:20)

5月1日 快晴
 一旦下降してしまったので張り詰めていたものが切れてしまったのか登りかえして先に進む気がなくなってしまった。内蔵助平経由で黒部ダムへ下山することにする。今朝はよく冷え込んだので雪は締っていて歩きやすい。ハシゴ谷乗越までは重荷に喘ぎながら急登を登る。ザックもザイルもたっぷりと水分を含んで入山時と同じくらいの重さになっている。
 内蔵助谷はいたる所で流れが顔を出しているがほぼ沢沿いに下ることができた。ゴールデンウィークの終りごろは例年融雪が進んで結構苦労するのだがまだ時期が早いのでそれほど苦労せずに出合いまで下ることができた。黒部川にはまだ豊富に雪渓が残っていたが大きな亀裂が入っていて危うそうだ。
 黒部ダムへの登りはいつもながら辛い。長期山行の場合はこの最後の最後に待っているきつい登りはこたえる。 連休の狭間なのでトロリーバスも路線バスも空いていた。大町温泉郷で途中下車し薬師の湯で汗を流す。
 小幡さんは帰ったら鹿島槍の合宿に参加したいと言っている。ご苦労なことです。時間が自由になるというのはとても羨ましい限りである。

〈コースタイム〉
Ⅴ・Ⅵノコル(7:40) → ハシゴ谷乗越(11:5) → 内蔵助谷出合(12:30) → 黒部ダム(15:10)

八ツ峰ルート図

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