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平成九年春山合宿 剱岳周辺及び鹿島槍ヶ岳
その3 ああぁぁ馬勝った、薮負けた 北方稜線
山本 信雄

山行日 1997年4月29日~5月4日
メンバー (L)山本(信)、田代、飯塚、高木(敦)

4月29日 天気 晴れ
 宇奈月温泉駅前広場で装備の振り分けをして、8時50分出発。スキー場のゲレンデは雪もなく、山菜採りをしている小母ちゃんを横目で見ながら今日の目的地僧ヶ岳へ向かう。しかし、重い、眠い、暑い。悪い条件ばかり重なり、疲れて13時50分幕を張る。
 夜中によく解らないが、体が重く動かない眠れない。飯塚の話しによると、表で話し声がしたという。四人の話しをまとめてみると、たぶん幽霊が遊びに来たのだろう。

4月30日 天気 曇りのち雨
 寝たのか寝なかったのかよくわからず、眠い目こすりながら6時30分、本日の目的地サンナビキ山へ向かう。8時50分頃には雨がパラパラ降ってくる。
 10時前僧ヶ岳手前まで来たが、雨が強くなるばかり。行動をあきらめて幕を張る。

5月1日 天気 晴れ
 6時40分出発。3日目でやっと僧ヶ岳に登り、昨日の遅れを取り戻そうと頑張るが、北駒から駒ヶ岳の間は雪が無く、ヤブこぎになやまされなかなかヤブから脱出できず、時間ばかり喰ってしまう。ヤブの中ではシャクナゲに足をとられ、いつもきれいに咲いているシャクナゲも今日は美しい花には見えなかった。
 10時10分、やっとヤブから脱出し駒ヶ岳山頂に立つ。しかし、目的地を見下ろすとまだまだヤブ。
 14時、サンナビキ山手前1800メータ付近に幕を張る。お互い顔を見合わせると、いや疲れましたね、ヤブには。はあぁぁ。

5月2日 天気 晴れのち曇り
 5時50分、今日は平杭乗越まで行きたいが、サンナビキ山の下りは雪が無く、今日もヤブに悩ませられる。ヤブの中を2回懸垂して12時ウドノ頭手前へ出たが、まだこの先はヤブと岩稜になっており、ここを登るしかないのか、我々は途方に暮れる。我々はここから80メータほど下へ降りてみると、ガレ場と草付きを見つける。ザイルをつけて草付きを登る。しかし足元が安定せず怖い所だった。
 ガレ場と草付きに時間がかかり、4人が登り終えると14時50分、時間切れで1920メータ稜線に幕を張る。イヤア、今日もヤブに疲れた一日だった。

5月3日 天気 曇りのち晴れ
 朝5時、ウドウ尾根を偵察に行ってみると、この先はまだヤブが続いている。今日中には毛勝山に登れないだろうと判断し、6時、撤退を決める。
 エスケープルートをどうするかである。安全を考えるとウドウ尾根が安全だろうが、しかしそこはヤブ。ヤブに疲れた我々の選んだ道は、雪崩も考えられるが東又谷である。意見がまとまり7時15分、幕場を後にする。昨日登った草付きを2回懸垂し谷に降りる。
 東又谷へ降りてみると雪渓は安定しており雪は締っており、気温が上がらないうちに谷を駆け降りる。三階棚滝は雪渓で埋っているが、薄い所もあり、左から高捲きし40メータ懸垂して谷へ降りる。この先は沢が広くなり11時40分、取水堤に到着。大休止して久しぶりに水で顔を洗う。取水堤からは道もしっかりしており、足取りも軽く片貝山荘へ向かう。
 14時30分、片貝山荘の下部の河原に幕を張る。濡れた装備を乾かし、昼寝をする。夜は久しぶりに焚火を囲み、苦しかった北方稜線の話しに花が咲いた。

5月4日 天気 雨
 天気予報通り朝から雨。9時10分、河原を後にして集落へ向かう。ずぶ濡れになりながら10時30分、東蔵バス停。民家で電話を借りタクシーを呼んで温泉へ向かう。
 温泉で北方稜線のヤブ垢を落として、さあどこだ。やはり富山へ下山したら寿司屋だろう。意見がまとまり、駅前の寿司屋でホタルイカの刺身で乾杯をする。刺身、寿司、酒をたらふく食って呑んで、4人で大3枚は安かった。ああぁぁ、馬勝った、ヤブ負けた。我々は牛かもよ。

リーダーとしての反省
 今年は雪が少なく敗退したが、我々の力が無かったわけではない。雪があったら登れただろう。しかし我々も自然の厳しさを教えられた気がする。我々は今回大きな課題を残したのではないだろうか。そしてまた北方稜線には何か忘れ物をしたような気がする。いつかまた忘れ物を取に行きたい。忘れ物はヤブの中に残っているだろう。北方稜線に参加された方、御苦労様でした。


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