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鍋割山
その1 なりゆきでミニ集中山行
小堀 憲夫
山行日1997年5月10日~11日
参加者ハイキング隊(L)小堀、木本
沢登り隊藤井、福間、中西、(栗原)
別働隊小林、(小林友人)
単独参加城甲
駆足闖入参加山本(信)

 鍋割山荘の草野さんを知ったのは何年前だろう。以来少なくとも年に1回は、6月の第1週の日曜、ボッカ駅伝の日には会っている。昔、子供達がまだ小さいころ、冬の良く晴れた日に家族で泊りに行ったことがある。その時は客も少なかったので、草野さんと酒を飲みながら(もっとも草野さんはワインくらいしか飲めない)山のこと、丹沢のこと、家族のこと、色々話した。そして好きになった。その後、年に数回きのこ鍋の会とか源氏ボタルを観る会とかの案内、そしてみごとな木版の年賀状が毎年送られてくる。その後家族で、仲間や一人で何回か会いに行っているが、最近はマスコミにも取り上げられて、すっかり有名になってしまい、小屋に泊っても人が大勢いて話す機会が無い。
 今回、1.皆さんにも草野さんと会ってほしい。2.いつも三峰のお客さんでいてはいけない。3.かと言って、膝の故障と仕事が意に反して忙しいのとでハイキング程度のことしかできない。そこで連休明けだったら少しは空いているだろうと思い、一度も使ったことの無い寄ルートで企画を出してみたと言うわけである。
 普通は日帰りのコース、通過点の山小屋泊りだというのに、意外に人が集まった。城甲さんは玄倉からの長めのリハビリ単独行、藤井さん・栗原さん・福間さん・中西さんは寄沢から小屋ノ沢(中西さんは沢初体験・・この模様は彼女の記録を参照)、木本さん・小堀は雨山峠・鍋割峠経由のハイキング、小林・小林友人は、大倉から後沢乗越し経由のハイキング、そして突然のちん入者のゲンさんは、なんと大倉からストック2本を軽快に操り約1時間半で駆け上がって来るという、ちょっとしたなりゆきミニ集中山行になった。

 土曜の朝、7時に新宿駅南口小田急改札前に藤井さん、中西さん、木本さん、小堀が集合し、福間さん、栗原さんが待つ新松田駅へ。小堀の下調べが悪かったせいで、松田駅がわのバス停で待っていた福間さんが、心配になって迎えに行った藤井さん、栗原さんと発車数十秒前にバスに駆け込むというハプニングもあったが、無事予定の9時発のバスで寄へ。(ガイドブックには寄行きのバスはJR松田駅側のバス停から出ているとあるが、土・日は新松田駅側から出るので要注意。福間さん、ゴメン。)
 寄のバス停は学校の前で、トイレもあるし、酒屋もある。もっと山奥かと思っていたら、意外と人家のある場所だった。山の緑も申し分なくきれいで、こんなのどかな山に近いところに住むのもいいなぁ、などと思ってしまう。ちなみに僕の住んでいる所は、浦安だが、会社に近く、わりと多めのテニスコート、ディズニーランド、便利なショッピングセンター、ミニ映画館と海があるが、なにせ山が遠い。引退したら、この辺に引っ越すのも悪くないな。
 用を済ませて出発の用意をしていると、入会希望の木本百子さんが、おもむろに取り出したのは、はやりのハイキング用ステッキ。藤井さん、すかさず、「すてっきぃ!」。
 藤井さんは、この種のギャグとマンガの『魔法使いサリー』のパパに似た髪型が特徴だが、人気のベースはその奥深い不思議なキャラクターである。ぼくがそう言うと、「買い被りだよ」と照れるが、そこがまたすてきだったりして、人間歳くうのも悪くないなと思わせてくれる人だ。しかし、先日集会の後『もみぢ』で飲んでいて、朝方藤井さんの御自宅におじゃました時、ジャズコンサートから帰ってこられた大原麗子似の奥方は、御主人に負けず劣らず不思議な人であった。藤井さんと奥方が二人並んですわっているのを見ていたら、なぜかうれしくなってきて、失礼も省みず吹き出すように声を出して笑ってしまった。「なあ、わかるだろう。おれが山に行きたくなる訳が」とその時藤井さんはぼくに助けを求めるような目つきでおっしゃったが、うらやましさを込めて、なんとなくわかるような気がした。
 9時半寄出発。寄沢沿いの田舎の舗装道路。路際の小さな田んぼではカエルの歌声。あたりの山々の緑が初夏のような陽光を照り返して眩しい。ペチャクチャ、歩いて行くと少し汗ばんできた。藤井さんが「こんなとこ歩くんだったら、タクシー使うんだったなあ」とぼやく。先頭を行く二人はさっき会ったばかりの福間さんと栗原さん。何やら楽しそうに話しながら我々のことは眼中にない様子。
さてこの福間さん、ぼくは彼女ほど山を楽しそうに歩く人を見たことがない。顔の表情も含めて身体全体で楽しさを表現して歩く。実際時々無意識にスキップしているのを見かける。「コボ、栗原さん、パパ(藤井さん)と同じ雰囲気」とすっかりお気に入りの弁は、あとで話した時の福間さんの栗原さん評。「ふむ、僕もそう思います」
 一番後ろから静かに百子姫が、一人そそとマイペースでついてくる。「リーダー、ちゃんと面倒みてあげなさい」中西ケイコタ王子(どうしてケイコタ王子と言うか興味のある人は本人に聞いてみてください)の声に、「ははぁ、かしこまりましたっ」。喜んで横に並んで歩いたのは、もちろんリーダーとしての責任感からです。
 そうこうするうちに、舗装道路はキャンプ場にたどり着き、路は場内の山道へと続く。キャンプ場内には、なんとハーゲンダッツアイスクリームの自動販売機。「わたし、食べたいよぉう~」ケイコタ王子。「王子、少々お高こうございます」こぼじー。
 キャンプ場が終わると、本当の登山道の入口に出る。そこで小休止。百子姫がまた新グッズを取り出す。オリンパス一眼レフのミニカメラ。そして周りの何でもない景色を盛んにパチリパチリ。何でもないというのは、凡人のぼくが感じることであって、芸術家にはすばらしい被写体なのか?。ちなみに、木本さんは、中西さんと同じ絵本作家。しかも出身大学も同じだそうだ。
 その後、先行のおじさんチームを追い越し、どんどん歩く、登る。新緑の香りがむせるようだ。やがて沢チームとハイキングペアの間が開き始めた。沢チームは途中で入渓しなくてはならないのだが、入渓点が良く分からない。コースタイムが山小屋の夕食に間に合うかどうかというところなので、少し焦り始める。こちらから観ると、どんどん沢から離れていくような気がする。
 が、しかし、その時ぼくはルートファインディングの危うさとはまた別のことを考えて楽しんでいた。少し不謹慎かな?。それは先頭を行く藤井、福間さんのお二人。小走りにあたりを飛び回る姿が、まるで少年探偵団ごっこをしている昔の子ども達みたいで、実に生き生きとしていていいなぁ、なんて静かに感激していたのである。特に藤井さんは、一瞬の瞬きの間に藤井少年の姿に戻ったようにさえ見えたのであった。
 ちょっと山に入り過ぎじゃないかい?と思いつつ、木本さんと沢チームを追って行くと、先のほうでなにやら相談している様子。どうやら戻ることになったようだ。「がんばってね、飯はちゃんととっておくから」と、ハイキングペアは彼らを見送った。
 少し行くと鍋割へ直接出る沢道と雨山峠への道の分岐に出た。11時半。天気も良いし、時間はたっぷりあるので、ワイン付きのゆったりランチをきめこむことにした。ここでもまた百子姫は装備の充実ぶりを見せる。チタンの超軽量コッヘルでお湯を沸かし、同じくチタンの折畳み式シェラカップでお茶を飲み、これまたチタンの武器で御上品に食事をされたのであった。なかなかリッチな姫なのだ。こちとら、すみだらけのビリーカンに、ベコベコのシェラカップに、使い古しの菜箸だい。まいったか。
 1時間半もいただろうか、ひなたぼっこをしながら、それぞれの山の歴史、仕事のこと、家族のこと、その他とりとめのない話しを楽しんだ(でも楽しんだのはぼくだけだったかもしれない)。コースタイムに気を使わない山行。久しぶり、いや初めての経験ではないだろうか。長いこと忘れていたなつかしいとても幸せな気分。なんで今まであんなに急いでいたんだろう?あたりの森の気にふれ、同行の人の人柄にふれる。今年の山の目標を少し実践している自分を発見する。

 ここでぼくの今年の山の目標をむりやり聞いてもらう。去年は膝を壊す前までは、自分なりにきっちりトレーニングして、具体的に目標を決めて山にも取り組んでいた。だが、何かずうっとものたりなさを感じていた。色々あって徹底的に山にのめり込めなかったからか?思ったより簡単に目標が達成されてしまったからか?何か具体的な物・現象を設定し、それに縛られる状態に違和感を覚え始めたのか?。
 よく同じ山に何回も行くとその度に違う楽しさを見つけることがある。ぼくの場合それは、一緒に行く仲間だったり、抱えている内面のテーマであることが多い。意識が深く落ちていれば(覚醒していれば)いるほど、山での喜びも大きい。ああ、おれがものたりなさを感じるのは、このへんのことなのかなぁ。
 それじゃ、「今年の山の目標はコレにしよう」と去年の暮れ、福間さんと神田の焼き鳥屋で飲んでいる時に決めた今年の山のテーマが、名づけて『魂の山登り』なのである。酔っ払っていたから、福間さんも「こぼ、それ良い!」と誉めてくれた。内面を問題にするわけだから、具体的な山の目標・登りかたのスタイルはあえて問わない。ただ目標がきわめて抽象的なだけに、日々自分の内面のテーマを自分に問い掛けなくてはならないのである。これは言うは易しで、けっこうしんどい作業なのである。話せば長くなるからやめるが、要は自分で自分を納得させられる山登りがしたいのである。形態はどうでもいい。その時その時の山登りに自分の内面のかなり深いところのレベルでコミットしたいのだ。コミットする対象は山そのもの、同行の仲間のそして自分の魂のあり方だ。しかし、これを去年までの山と仕事と家庭の三点確保生活の他のホールドにマトリックス的に適用してみると、これが実際少しずつだが、確実に何かが変わってきた。「オレもついに宗教がかってきたか、やべっ」と思いつつも、あきらめている。だいたいこの種の問題を突き詰めていくと、「なぜ人は死ぬのか生きるのか?生きがいとは何か」などという命題に行き着き、この命題は、遺伝学・生物発生学的には実に簡単な命題(種が環境の変化に対応するためには個体の寿命は短いほうがいい。人間の寿命が他の哺乳類よりも長めなのは脳による文化の伝達という別の要因がからむ)だが、一個一個の個体であるわれわれ人間にとって、その命題を解決してくれるものは、多分に宗教的なものにならざるを得ないのではないだろうか。「何をわからんことを言っておる、おまえなどは、どうせ場所を山に移して酒を飲んでいるだけじゃないか」というもう一人の自分の声が聞こえてくるが、見かけ上そのとおりでもあり、あえて反論はしない。まあそんな訳で、今年の山の目標は『魂の山登り』なのである。

 1時、分岐点出発。雨山峠へルートをとる。最後がガレっぽい道をつめると、ベンチのある雨山峠に着いた。地元ハイカーの穏やかそうな御婦人がお弁当を食べておられた。
「どちらへ行かれるの?」
「はい、今日は草野さんのところに泊りに行くんです」
「あら、そう。よろしく言っておいてね」
眺めがいいので、百子姫はまたパチリ、パチリ。「城甲さんもここを通るはずなんだよ」などと看板の地図と自分の地図を照らし合わせたりしてから出発。しばらく行ってからさっきの御婦人の名前を聞くのを忘れたのに気が付いた。これではよろしく言えない。
このへんから鍋割山までの間に、鍋割峠への下り登りで2個所鎖場があるが、コースガイドで脅かすような危険性はほとんどない。姫も「恐くない?」と一応聞いてみたが、「平気です」とすいすい登って行ってしまった。
 峠で一服。「時間も早いし、小屋に着いても皆まだ揃わないから、ゆっくり行こうよ」などと話しながら、鍋割山への最後の登りを楽しんでいると、「おう、小堀かぁ」と後ろから聞き覚えのあるよく通る声。
「あ~あっ、せっかく二人だけのハイキングを楽しんでいたのにぃ」小堀。
「そいつは、すまなかったのう。ガッハッハ」城甲さん。
 この人も本当に元気な人だ。歳はよく知らないが、先日冬山で足を折ったと思ったら、もうリハビリで歩いている。阿弥陀の南稜ではお世話になりました。命の恩人です。
 小屋に着くとやはりだれもまだ着いていなかった。3時30分。庭のベンチに腰掛け、早速ビールで乾杯。「良いねえ、のんびりして」なんてやってると、小林が友人と大きな粒ぞろいのタラノ芽をスーパーの袋2袋にいっぱいつめて、後沢乗越のほうから「やぁ、やぁ」とやってきた。
 「わーぃ、タラノ芽のテンプラだ」と、あたりの昔ギャル達がベンチに集まってきた。今日もうるさそうだなぁと思い、苦いビールを飲んでると、「ウォーイッ、コボリーッ」と、これまた聞き覚えのある雄たけびが。
 「ゲッゲッゲンさん!」向こうからストックを両手にランニング姿で汗だくになったゲンさん走ってくるのが、飛び込んできた。「なんだなんだどうしたんだ!」
 この時点で、計画していた草野さんと《静かに語らう丹沢の夕べ》構想はすっかり壊れたのを、ぼくは悟ったのであった。本当はもう一人のほう、小林が付き合いで一緒にきてやった友人が、本当のデモリッシュマンとなるのだが、あまりにおぞましくてそいつのことにはふれたくない。自暴自棄になった人間を見たい人がいたら紹介します。
 小屋に入って草野さんにもう一人増えたことを話して外に出ると、ちょうどそこに沢チームが飛び込んでくるのにぶつかった。「早かったねえ」小堀。「おもしろかったぁ!」中西。
 おおっ、沢初体験のケイコタ王子の顔が目が輝いているぞぉ。まるで子どもが親に自分の手柄を自慢する時のような顔だ。ぼくはこの時点でもう十分今回の企画に満足した。何か一つでも成果があって本当に良かった、救われた。(事実、この後中西さんは狂ったように沢にかようことになる。)《静かに語らう丹沢の夕べ》はもういいや。
 この後のことはあまり思い出したくないが、マグロのおおとろとタラノ芽のテンプラと地酒がうまかったことは、それを持って来てくれた小林とその友人に感謝します。小屋から追い出されるようにして、外のベンチで飲み直していて、だれかさんがベンチからころげ落ちたところで、ようやくお開きとなった。
 翌朝は昨夜良く眠れなかったとみえて、皆ぼんやりと塔ノ岳までいって、ヤビツ峠のほうにルートをとり、途中から作次小屋の前に下り、大倉へ出た。駅で、「お疲れさま。ここで一応解散で~す。行きたい人はいろは食堂で一杯やりましょう」と言うと、姫と王子まで含めて全員がついてきたのには、少し驚いた。少なくともこの二人は帰ってしまうと思っていた。
 店でおかみのおすすめ山菜料理でビールを飲みながら、今回のミニ集中山行の反省会をとり行なったが、議事録が無いので内容は忘れた。でもぼくはくやしい、アイツ(ゲンさんではないもう一人のほう)さえいなかったら、《静かに語らう丹沢の夕べ》は成功したもしれないのにぃー。
 「結局オレの山行は、場所を変えて酒を飲むだけの山行になってしまうのか?」と深く自分を問い詰める山行となった。『魂の山登り』は心がすごく疲れるのだ。


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