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鍋割山
その2 実録! 鍋割山沢登り
中西 恵子
山行日1997年5月10日~11日
参加者ハイキングチーム(L)小堀、木本
沢登り隊藤井、福間、中西、(栗原)

 5月の青空の下、寄(やどろぎ)のバス停からてろてろと車道を歩き出したのが10日の午後9時半でした。寄沢の川べりも車道脇も民家の庭も山の斜面もどこもかしこも新緑が輝き、ときおり涼しい風が吹く中、ビニールコーティングのパンツをはいた藤井さんだけが汗だくになっていました。
 1時間ほどで登山道に入り、どしどしと登っていきます。あんまり勢いよく登るので前をゆく登山者たちがあわてて道をゆずってくれます。一個小隊は可憐なすみれなどには目もくれず、どんどん突き進んでとうとう沢の入口をも通り過ぎてしまいました。
「なんか変よ」
「うん、誰か2万5千の地図もってない?」
もってない、忘れた、5万ならもってる、リーダーは?もってないよぉだ。
「どうみても沢から離れていくなぁ」
 悲しいけど、今きた道を引き返すことになりました。ここでハイキング・チームとお別れです。《教訓、いつでもどこでもどんなときでも、肌身離すな2万5千。》
 昼日中ウグイスの鳴く道を戻りました。すでに11時半をまわっています。ここから雨山峠までのコースタイムは5時間半、急がないと大変。なにしろ山小屋の夕食が6時きっかりなのですから!。そして河原で軽いお昼を食べながら沢へ入る準備をし、ばしゃばしゃと歩き出しました。
 すぐに10メートルの滝が行く手をはばみます。柔らかく湿った土と枯れた笹の中をかき分けての高捲きですが、くずれやすいため手足をフル活用。四つ足のなんと便利で快適なこと!犬が人間になりたがらないわけがわかりました。
 続いてまた滝。今度は岩を攀じ登ることになりました。トップは福間さん。かっこいい。うしっ、いくぞ!ザイルにつながれていても足場を探すのは大変、しかも、ぎぇ、足が短くて届かない!滝登り初体験の栗原さんと私は、それでもなんとか登ることができました。おもしろかったぁ。
 それから3段45メートルのイイハシの大滝は、高捲き。いけどもいけども土と枯れ笹と鹿のふん。大滝を見下ろす岩に立って感慨。
 このあとはしばらく水辺の石ころを蹴りながら進みます。見あげるとまっ青な空が眩しい、休憩にもってこいの日だまりがあります。みるみるうちに福間さんの手足に水掻きがでてきて、頭のてっぺんに使い古しのお皿があらわれました。その皿に水を含ませるため、どぼんとお風呂(*)に。栗原さんも藤井さんも。
 さて、行程も半分ほどきました。「あれ、なんか変よ」、「うん、寄沢本流にきちゃったみたいだな」あらあら、また戻るのね。《教訓、気をつけよう、暗いルンゼと枯れた沢。》
 水の枯れた小屋ノ沢へ入ると、二つめの滝登りです。今度のトップは藤井さん。足がながいなぁとみとれていると、栗原さんは「ほんとに体をささえきれるのかい」とザイルに文句をいうのでした。そして、三つめの滝はちょっとかぶっていて、栗原さんは、その力強い掛け声にもかかわらず宙吊り状態。わはは。《教訓、口は災いの元、脂肪は宙吊りの元。》
 そのあとは順調に進み、やがて最後の支流へ。ここを登り切れば尾根にでます。ところが水のかわりに、蟻地獄のようにずるずると足が潜り込む土砂の、しかも急勾配の流れです。再び得意の四つ足ほふく前進で乗り切ろうとしましたが、あと少しというところで藤井さんが、「この先は危険だから、トラバースする」と宣言しました。改めて下を覗くとかなりの高さがあって頭がくらくら、しまも足元は不安定。藤井さんは果敢にも土砂の流れを横切り、足場を確保したかと思いきや、「あ、し、が、つった」ぶはぁ。なんと余裕の発言。
「そのままちょっとまってて」でもぅ足がしびれてくるんですけどぉ。ザイルの端っこは、お皿が乾いてきたのにもかかわらず福間さんがしっかり確保してくれます。まず私が軽やかに走って一安心。次に飛び出した栗原さんは、斜面の中央付近でまたもや宙吊り!山をくずす、くずす、ざらざらと土砂が流れ、足元はるか沢底まで小石のざわめきが空ろに響いています。最後の福間さんは走って藤井さんの大きな胸にまっすぐ飛び込んだ。
 尾根にでるまで鹿のふんとたわむれながら登りました。がんばって尾根まででて、ようやく休憩です。沢チームの面々は、もう見る影もありませんでした。福間さんの水掻きはすっかりひっこみ、お皿はひびわれてます。藤井さんは足をもみながら、ひげがしょぼしょぼ。さあ、山小屋のおいしい食事が待ってるぞ、と最後の力を振り絞って立ち上がりました。あとは見晴しのいい尾根を歩くだけ。と、思っていたのがおおまちがい。わぁ、鎖場だ、土砂崩れだ、登り坂だ。くたびれた体に鞭打つような攻撃をかいくぐり、兵(つわもの)どものため息が、ああ、鍋割山荘はいずこ。
 こうして沢チームとハイキング・チームは鍋割山荘で合流しました。
 緑あざやかな庭をのんびりお散歩するアリスがいました。芝の上のテーブルではハンプティダンプティが、三月ウサギと歓談しています。
 けれどそのとき私は、不吉な笑いを残したまま中空に消えていくチェシャ猫を、確かにみたのです。

 *お風呂(河童語)...沢の流れにところどころある水の深み。


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