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編集後記
 長野オリンピックが終わってしまった。なんだか淋しいなと思っていたら、パラリンピックが始まった。テレビの中の雪と選手の姿を見ていたら、なんだかスキーをしたくなってきた。
(遠山)

 摂氏35度のタイから帰ってきたら、日本は雪でした。やっと春らしくなったかなと思ったら今度は花粉の嵐。鼻のかみすぎで、すっかり皮がむけている井上でした。
(井上)

 ぐいぐいと犬たちが急き立てる。橇がギイギイ軋む。アンカーを抜くやいなや猛然とダッシュ。途端にグィンと衝撃がきて橇が走り出す。
 想像以上に犬橇は迅い。ベテランの長距離ランナー位のスピードだ。犬たちはいかにも走るのが楽しくてしょうがないといった様子で一心不乱に走る。彼らは愛玩用ではなくワーク・ドッグ、仕事をする犬だ。橇を引いて走る姿はまさに born to run、雪原を疾走する楽しさがこちらにも伝わってくる。よく躾けられ訓練されているが、マッシャー(犬橇使い)も実によく犬たちを可愛がる。休憩で止まるたびに一頭いっとう名前を呼び全身を撫で話しかけてやる。犬橇の操縦はマッシャーと犬たちとの日頃の信頼関係の上に成り立っている。これまで書物の中でしか知らなかった人間と犬との良きパートナーシップを目のあたりにする。
 橇は、カバやヤナギやクロトウヒの混在する森を縫って走る。木々は細く、高くても20m位。凍土のため太くは育たないという。ちょっとした広場は凍結した沼沢地、その脇の雪のマウンドはビーバーの巣だった。ムース(ヘラ鹿)、ウサギ、リス、キツネなどの足跡がそこら中にある。狼の遠吠えを聞くこともあると言う。この辺りにはゴールドラッシュ時代の採掘の跡があちこちに残り、今尚細々と掘り続けている個人経営の金鉱も点在している。
 数時間走って5時過ぎ、深々と暮れゆく森の中で焚火。生活の話、犬の話、旅行の話、軍隊の話。暖かな炎に人生が照らしだされる。ムースの肉を焼く。ワイルドな味わいはアラスカの大地の滋養。
 帰路、小径を川に下りた。平らな氷床は森をつらぬくハイウェイ。マッシャーのヘッドランプに2列に並んだ犬たちの後ろ姿が浮き上がる。風もなく、聞こえてくるのは雪面を蹴る8頭の犬たちの足音と橇の滑走音だけ。森は新月の闇と動物たちの息を内に孕んで静まっている。心地よい疲れと満足感を乗せ、橇は凍てついた夜の底を滑って行く。
 やがて氷路を左へ大きく廻り込むと森の上が開け、冴え渡ったブルーブラックの星空の中にオリオンが美しく立ち上がった。この自然と調和した世界一素敵な乗り物から見たその光景を、ぼくは一生忘れないだろう。
(服部)

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