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― 奥利根の極上の逸品 ― 刃物ヶ崎山
金子 隆雄

山行日 1998年3月28日~29日
メンバー 金子(単独)

 元来私は単独行を好まないのだが、今回はしかたなく独りで行ってきた。例会山行を潰したくなかったのと、しばらく山へ行っていないので今回を逃すといつまた行けるか分からなかったからだ。今シーズン、ピッケル・アイゼンを使うのは初めてで物置の中で錆びているのではと心配だった。
 独りなので土曜の朝に家を出ることにした。私の家から谷川・上越方面は近いので、前夜行って寒い所に寝るよりは蒲団でぐっすり眠って朝早く行った方が楽だと考えたからだ。

3月28日 曇り後晴れ
 朝4時半に家を出る。我家は関越道の鶴ヶ島インターのすぐ近くなので家を出て2~3分もすればもう高速道路を走っている。こんな時のもんです、ここに住んでいて良かったと思えるのは。
 早朝なので渋滞もなく順調に車を走らせ須田貝ダムに着く。天候はまだ完全に回復しきっていなくて、朝のうちは時折り小雨がぱらついていたが段々と回復方向に向かっているようだ。
 須田貝ダムから矢木沢ダムまでの管理用道路はゲートが閉鎖されていて車での通行はできなかった。開通しているのは5月~11月までと看板には書いてある。
 登山靴に履き替え、車を須田貝ダムに置いて出発する。独りなので荷物が多くなり背中のザックが重い。全く雪の無い道路を、洞元湖を眼下にテクテクと歩く。もちろん車は通らないし人にも会わない。この道路は大型のトラックが余裕ですれ違える程に道幅が広く、角無沢出合いまでは舗装されており、その先も舗装はされていないが立派な道だ。道端には早くもフキノトウが顔を出しており、今年の春の訪れの早さを予感させる。
 約2時間で矢木沢ダムに着き、最上部の駐車場まで上がる。駐車場はまだ雪に閉ざされていた。スパッツを付けて準備をし、駐車場入口の青い鉄梯子を登り急斜面に取付く。すぐに尾根に乗り、アンテナが数本屋根に立っている建物が現れる。ここから本格的な登りになる。
 雪の量は例年の同時期に比べればかなり少ないと思われるが、それでもまだたっぷりと残っている。気温が高く雪は腐り膝までズボズボ潜る。振り返ると奥利根湖が鈍い蒼色に光り、辛い登高の慰めとなる。
 1009mピークまでは樹林の中で右に左にとかわしながら登るので鬱陶しい。1009mピークから尾根は右に廻り込むように延びて、樹林も疎らになり歩きやすくなる。ほんの少しの間だが雪が消えた尾根を進む。腐り雪に苦労してきた身には少しの間とはいえありがたい。
 1113mピークを過ぎ、1320mのなだらかなピークに差しかかる手前にはブナ林の雪原がありとても気持ちのいい場所だ。「ここに泊まっていきなさいよ」と誘われているような気がするが、今日は最低でも刃物ヶ崎山が見える所までは行きたかったので、誘惑を振り切って先に進む。1320mピークを越えて家ノ串山東峰への登りにかかると急雪壁で高度感もあり雪稜登りらしくなってくる。家ノ串山に上がって初めて刃物ヶ崎山を見ることができる。家ノ串山は西峰の方が東峰より標高は高いようだが、三角点は東峰にある。
 時間も時間なのでそろそろ今夜の寝ぐらを見つけなければならないが東峰と西峰の間、南側は切れ落ちて雪庇が大きく張り出し、北側は樹林の傾斜地なので幕営できそうな場所は雪庇の上になってしまう。雪庇の上に幕営するのはちょっと勘弁願いたいので西峰まで行ってみることにする。ダメなら更にその先の1430mのコルまで降りないとならないだろう。
 西峰の端にうまい具合に絶好の場所があった。平らで広さも充分、正面を遮るものがなく刃物ヶ崎山が大迫力で視界いっぱいに広がる。ツェルトの入口を刃物ヶ崎山側に向けて張り、山を眺めながらチビチビと酒を飲む。こんな贅沢一人占めしていいのかなあ。

3月29日 晴れ
 朝起きると星が出ていない。なんでや、今日は晴れるはずなのにと今日一日の苦難が頭の中に再現されたが、心配することはなかった。
 ツェルトを撤収してデポし出発する。持って行くものはザイル、スノーバー、トランシーバー、スコップ、それに水と行動食だ。なんでスコップなんかと思うかもしれないが、頂上直下の雪庇を切り崩さなければならないかもしれないので必要なのだ。
 早朝なので雪は締まっていて歩き易い。1430mのコルへはすぐに着いた。ここから先が核心部で細いナイフリッジがしばらく続く。ハモン沢側は切れ落ちているので矢木沢側を捲き気味に登って行く。ナイフリッジの上に登り着けばそこは雪庇かもしれないので非常に神経を使う。コルから半分程登った所にシュルントが何ヶ所も口を開けている所があり、慎重に登ったつもりだが雪が崩れてシュルントに落ちそうになる。ここはなんだか凄くヤバそう、だがここ以外に登路はない。やはり独りでは無理だったかな、止めて帰ろうかなと少し弱気になって躊躇する。だが、我に返るとザックからザイルを出している自分がそこにいる。しょうがないな、これじゃ行くしかない。
 ザイルを付けたからといって確保してくれる人がいるわけじゃないので末端はブッシュに固定する。万一滑落してもザイルの長さ+登った距離で止まるはず、そのためザイルは短いものを持って来たのだ。でもこんなことは雪のあるルートだから出来ることで、岩場でこんなこと決してやってはいけませんぞ。
 山頂に直接突き上げる正面のルンゼ状の雪壁はなんだか雪崩れそうで嫌な感じがしたので、矢木沢側に15m程トラバースしてブッシュ帯に入る。下山用にザイルをフィックスしておく。ブッシュ帯に沿って雪壁を直上し雪庇の小さいところを狙って乗越すと山頂だ。8時15分、刃物ヶ崎山登頂成れり。
 登ってきたのと反対側、西側はなだらかな斜面がずっと続いている。ちょっと霞がかかったようなぼんやりした空気の中に国境稜線とそれに続く山々が真っ白な姿を浮かび上がらせている。ここから国境稜線につなげ、巻機山もしくは白毛門辺りまで縦走したら一層充実した山行になるだろうなと思える。
 今日も天気が良く気温が高いので下降時の雪の状態が気にかかり15分程で山頂を後にする。登りにザイルを使った場所は1ピッチの懸垂で降りる。コルまで降りるともう危険箇所はないので一息つける。来る時はスタスタ歩けたが、もう雪が腐ってきてかなり潜るようになってきている。
 デポした荷物を回収し、ずしりと重くなったザックを背にして下山にかかる。帰りは来る時以上に長く感じた。かなりヨレヨレになって午後2時過ぎに矢木沢ダムに到着。とうとう2日間誰にも遭わなかった。
 道端に顔を出しているフキノトウを少し採る。今夜はこいつの天ぷらでビールをグビグビとやることを楽しみに須田貝ダムまでの道をテクテクと歩く。往に2時間で行けたのに帰りは3時間以上かかってようやく須田貝ダムに着いた。でも、これから車を運転して帰らねばならない、地獄だ~。関越道は渋滞しているに違いない、地獄だ~。明日は仕事に行かねばならない、ジゴクだ~。
 水上インターから関越道に乗ると案の定、月夜野から大渋滞。ビールが、フキノトウの天ぷらが遠ざかる~~。

〈コースタイム〉
28日 須田貝ダム(7:10) → 矢木沢ダム(9:00~9:25) → 1009mピーク(10:20~10:45) → 家ノ串山東峰(15:35) → 西峰(16:00)
29日家ノ串山西峰(6:15) → 刃物ヶ崎山(8:15~8:30) → 家ノ串山西峰(10:35~11:00) → 矢木沢ダム(14:20~14:40) → 須田貝ダム(17:10)
刃物ヶ崎山周辺図

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