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小金沢連嶺縦走(大菩薩峠~滝子山)
服部 寛之

山行日 1998年5月30日~31日
メンバー (L)服部、小山、豊田

30日(土) 曇りのち雨のち曇り/晴れ
 本来は水田氏の例会だったが、直前に氏が風邪でダウン、電話でリーダー役を振られてしまった。小金沢連嶺は以前計画倒れに終わったことがあり、今回は是非行きたいと思っていたので、マしゃーねーか、と引き受けた。
 集合は塩山駅に朝9時。八王子から乗った『あずさ91号』は予想に反してガラガラで、1号車の乗客はわずか5人。なんだか申し訳ないほどだ。今にも降りそうな空模様では、この時期の行楽客なんかこんなもんなのだろうか。
 塩山駅で小山氏、豊田氏と合流する。予約していたタクシーで上日川峠に向かうが、通常の裂石からのコースは崖崩れのため通行止、大回りして小金沢連嶺西側の日川沿いにつけられた林道経由で福ちゃん荘まで入る。途中、新たなロックフィル式ダムが出来ていた。所要時間は30分ほどだったが、9380円も取られてしまった。割る人数が少ないと心臓に堪える。
 早くも予告的にパラリパラリと来た中、福ちゃん荘を出発する。一汗かいて大菩薩峠に到着。残念ながらガスに包まれて展望はない。実は今回この峠から入ることにしたのは、小山氏が「あそこまで行くなら是非ともあの有名な大菩薩峠に行ってみたい」と希望したためだが、その肝腎の小山氏はトタン張りの休憩小屋のなかでタオル出してメガネはずして汗などぬぐっているだけで、峠を眺めるでもなく介山荘を見るでもなく、ちっとも感動しようとする積極的な姿勢が見られない。その様子に豊田氏と服部は大いに憤慨し、「ご希望の大菩薩峠に来たのになぜ感激しないのかっ!」と詰問すると、「えっ、ここがそうなんですか? いや~、気が付かなかったなぁ」 と飄々として答える。そして、「では、さっそく」などと悪びれる風でもなくぷらぷらと出て行く。豊田氏もせっかくだからと峠の看板の前でいっぱつ写真を撮ってやるが、ガスの吹きぬける峠を見たり介山荘の売店にならぶ大菩薩グッズを物色したりする小山氏の挙動からは感動の度合いがいまひとつ感ぜられず、案内した我々としても不満が残った。しかしまぁガスって景色は見えず山小屋もすっかり観光地のお土産屋化してしまっている現状ではこんな程度の感動レベルでも仕方ないか、とは思ったもののしかし小山氏も九州男子ならせめてあそこでタマゴの1コも生むくらいの心意気をみせて欲しかったなあ、と、上手く憤激のムーブメントをかわされてしまったこちらとしては今でも思う。
 峠から樹林のなかの熊沢山を越えて石丸峠に下り、ふたたび登り返す。奥多摩方面への道を左に見送って、開けた草原状の尾根に出る。以前、大菩薩の例会を持ったとき、ここでポトフをつくって食べたことを懐かしく思い出す。マッキンリー後のニッポン復帰第一弾として組んだ山行だったのでもう5年前のことになるが、確かあのときは入会前のウイウイしい笠原さんともうひとり坂本さんという美女がいて、うれしそうに鍋を執り仕切っていた大久保氏のニカニカ眼と、その横で前夜のテントで飲みすぎて目をまわしてダウンしていた五十嵐君の様子が脳裏によみがえる。
 そんなことを思い出しているとポツポツ降り始めていた雨が本格化してきたのでカッパを着る。そこから下り着いた狼平はガス巻いていて残念だったが、晴れていればさぞかし気持ち良さそうな草原であった。そこから先は再び樹林帯の上りとなり、稜線上の森のなか小雨に打たれながら小ピークをいくつか越え、小金沢山に着いたところで丁度陽が射してきた。山頂は南~南東方向の展望が開けており、雲が右手から左(西から東)に走り、南正面にはこれから行く牛奥ノ雁ガ腹摺山が横たわり、その背後には富士山が立っている。天気が回復してきたので気分的にも明るくなって出発するが、そこから牛奥ノ雁ガ腹摺山、そして黒岳までは道が荒れ、笹が密生する林床をほとんど連続して笹を漕いだ。しかししっかりした踏跡がついているので迷うことはない。後で湯ノ沢峠で会った人に聞いた話では、この辺りは道が行政区域の境を行ったり来たりしていて責任範囲が明確でないためか、どちらの自治体も刈り払い整備に手を出さないのだそうだ。
 牛奥ノ雁ガ腹摺山山頂は広く開けていて、天気も良くなってきたのでちょっとゆっくりする。実はわたくしがこの山行でいちばん来たいと思っていた山はここなのだ。この山がなければこの縦走に参加しなかったくらいだ。さっそく山頂の標識の前で腹をさすっているところを小山氏に写真に撮ってもらう。雁ガ腹摺山という面白い名前の山はなぜかこの辺りに三つかたまっていることはみんな知っての通りだ。まずひとつは、かつての5百円札の裏側に描かれていた富士山の風景画のロケ現場として有名な雁ガ腹摺山 - これは黒岳の東隣にある。二つ目が中央道のトンネルをお腹に突き通されてしまった可哀相な笹子雁ガ腹摺山。そして三つ目がこの牛奥ノ雁ガ腹摺山である。前のふたつは以前登って、三つ目が残っていたのだ。名前としては僕はこの牛奥ノ…がいちばん好きだ。響きがどこかのどかで、牛がゴロンと横になった姿を想像してしまう。それが何となく僕の生活リズムに合っているような気がするのだ。否、実際はそういう生活に憧れているのかも知れない。今回晴れて登れたので、これで雁ガ腹摺三山完登ということになり、実に目出度いのだ。
 ところがです。僕がこの山に登りたいと思ったのはなにも名前の面白さからだけではないのです。それでは何があると言うのか。
 雁ガ腹摺山という名前は渡り鳥の通り道にあって雁が腹をこするようにして越して行くところから付けられたと説明されているが、しかしこの山域に登った人なら分かるように、この雁ガ腹摺三山はどれも雁が腹をこするようにして越えて行くほど標高の高い山ではない(たしかにたしかに)。しかし里の人々は実際に雁の群れがそのようにやっとこさ越えて行く様を見たのでそういう名前を付けたのであろう(ふむふむ)。では雁はなぜこの山越えに苦労するのか。この辺りに集合する雁たちは飛翔能力に特別モンダイあるやつらなのであろうか? この辺りは雁界の体育的劣等生のタマリバなのだろうか?(なんでそういう展開になるの?)。冷静に考えればそんなことあるはずない(そんなこと本気で考える方がおかしいのっ)。雁たちの山越し苦労の原因が山の標高や飛翔能力にないとすれば、いったい何なのか?(知るかそんなことっ)。
 わたくしはこのナゾに果敢に取り組みました(マトモ?)。そして地図をぼんやり眺めていて気が付いたのであります、この雁ガ腹摺三山が形成するナゾのトライアングルの存在に…… (おいおい)。三角地帯というのはパンツでお馴染みバミューダトライアングルとか最近ではピラミッドパワーなど妖的力学の作動ポイントとして知られるが、この雁ガ腹摺三山を結んでできる『雁ガ腹摺トライアングル』も何だか怪しげではないか(てめぇのアタマだ、怪しげなのは)。妖怪学的見地から検討すると、この『雁ガ腹摺トライアングル』略して『ハラスリトライアングル』には渡り鳥に取り憑いて揚力を吸い取る妖力が潜んでいる可能性が考えられる(ウッソー!)。人間の場合、山中で餓鬼憑(がきつき)とかひだる神に襲われると急に力が出なくなって動けなくなってしまうことがあるけど、つまりはその渡り鳥版ですね。そういうのが居るとすれば、鳥越し苦労の原因は合理的に説明つくではないか(どこが合理的なんだよっ)。僕の知るかぎりこの『雁ガ腹摺三山問題』(あるかそんなの!)をこの視点から解明しようと取り組んだ者はいない(いるわけねーだろっ)。これが実証されればすごいことになるとの予感を秘めて今回牛奥ノ雁ガ腹摺山に登ってみましたが、運悪くこの山を越えてゆく雁の姿を見ることもなく、またそういった妖力を感ずることもなく(あたりめーだ)、誠に残念であった。この問題にはまたの機会に取り組みたいと思うが(ヒマね、おたく)、皆さんもこの方面に登山する際には是非とも本案件の観察をお願いしたいと思う(誰がするかそんなことっ)。
 黒岳からはすっきりした道に戻った。そこから下った白谷丸は庭園のような美しさの別天地だった。その先のガレ場脇を下りきったところが本日宿泊予定の湯ノ沢峠であった。ここは縦走路と峠道の十字路で、峠道は東側西側ともすぐそこまで林道が迫っており、西側数10メートルのところにある避難小屋の前にはくるま20台は優に停まれる大スペースが拓かれていた。峠は現在は徒歩でなければ越えられないが、そのうち林道をつなげる計画かもしれない。小屋は小さいがよく管理されているようで(ボランティア?)、なんと布団もあった。先客がいるので、うちらは峠の草の上に天幕を張る。天気が良いので、外で飲みながら食事にする。豊田氏の豚汁に舌鼓。水場は小屋の下5分の所と西側の林道を300m行った先の2ヶ所にある。

福ちゃん荘(10:00) → 大菩薩峠(10:40~50) → 休(12:10~25) → 小金沢山(12:30~40) → 牛奥ノ雁ガ腹摺山(13:20~35) → 黒岳(14:30~50) → 湯ノ沢峠(15:25)

31日(日) 晴れ
 軽量化のためエアマットにカバーだけで寝ていた豊田氏が寒くて寝ておれないので3時半に起床し、ラーメンを喰って5時頃撤収する。丁度、そこの小屋に泊まったのか、老夫婦と友人らしい3人連れがやって来て黒岳方面へ登ってゆく。東の谷には白い雲が低くたゆたい、黒い峰々がそこここに頭をのぞかせていて、奥方が品の良い感嘆の声をしきりに上げている。その声を背に登ってゆくと、一段平らな草地となり、その先の林を上りつめると大蔵高丸であった。山頂は南へ緩やかに傾斜する草原状となっており、展望がすばらしい。南には富士山を背景に三ッ峠や節刀ヶ岳、三方分山、釈迦ヶ岳など富士の北~北西側の山並みが広がっている。西側には南アファミリーの峰々がズラリ頭を並べている。壮観な山岳展望である。
 大蔵高丸からハマイバ丸の先まではなだらかで好展望の山稜が連なる快適な尾根であった。湯ノ沢峠までくるまで入れば、大蔵高丸、ハマイバ丸などはファミリーハイクに丁度良さそうだ。それにしても大蔵高丸、ハマイバ丸、その先の大谷ヶ丸、コンドウ丸など、山なのに丸がつくのが連なっているのはどうしたことか。湯ノ沢峠の北側には白谷丸というのもあった。丸でナゾナゾだ。ハマイバ丸は山名からしてナゾナゾっぽいが、山頂標識の答えは『破魔射場丸』であった。なーるほど。神事に関係する山なのだろうか? いや待てよ、破魔矢というのは魔障を取り除くためのものではないか、そうなると『ハラスリトライアングル』とのからみが気になるところ。家に帰ってから地図に定規を当ててみると、おおやはりそうであったか、破魔射場丸はハラスリトライアングル略してハラトラの内側に入るではないかっ! しかもです。三角形を面積的に2分したその中間あたりに位置しているのだ。むむむ、これはますます怪しい・・・・・・。
 破魔射場丸の頂上樹林を抜けると、展望の開けた南斜面にでた。頭にアンテナ飾りをつけたお馴染みの三ッ峠が正面にどぉんとある。背後に屏風のように立っている富士山が風景の全体をまとめているが、山々を越えて長々と連なる送電線が景色をひっかいていてヤマにキズだ。でもあれがないと困っちゃうのよね。三ッ峠の右に目を向けると、このあいだ行った三方分山から蛾ヶ岳へ連なる稜線をたどることができた。
「おおわしらはあそこを行ったんじゃ」
 大谷ヶ丸山頂で一本。樹林の中で展望はない。ここからは尾根づたいに滝子山へ向かうつもりで出発したが、踏跡の分岐を見逃したのか、道はどんどん下ってりっぱな山道に下り着いてしまった。見ると立ち木に標識がうちつけてあって左矢印に滝子山と書いてある。尾根を捲いているこの山道は最近拡幅工事をしたようで、平成9年の日付のある工事標識が所々残っていた。昭文社の新しいハイキングマップには点線で仕事道と記されているが、今や歩きやすい登山道に変貌している。この道は南に行くにつれゆるやかに高度を下げ、滝子山から曲り沢峠につづく道に合流する。その合流点から大谷ヶ丸からの尾根道との合流点までは10分位の歩きやすい上り道であった。尾根道との合流点まで来たとき、見覚えのある地形に以前例会で滝子山に来た際この辺りで一本取ったことを思い出した。確か播磨さんも一緒であった。その先の湧き水のある小さな社で中年のおにいさんの下山者に会う。
 滝子山山頂九時丁度着。誰もいない。ここはぐるり景色が見渡せる展望台で、北側には縦走してきた稜線が縦に重なって見えている。昨夜泊まった湯ノ沢峠北側の白いガレ地が意外な近さだ。けっこう歩いて来たんだがなあ。その右側には黒岳と雁ガ腹摺山が仲良く肩を並べていた。
 あとは初狩駅まで一気に下るだけだ。と言ってもこの尾根道はけっこう長い。桧平の少し上で、今朝の一番電車でやって来たという中年のおにいさんに会う。さっきひとり反対側に下って行きましたよと言うと、「けっこう飛ばしてきたんだけど、上には上がいるもんだなあ」と感心していた。桧平では白い花の咲く木を前景に三脚を立てて富士山の写真を撮っているおっさんがいた。このきれいな白い花はさっき破魔射場丸の手前の稜線にも一本咲いていたが、桜に似た花だが名前は分からない。撮影の人にも聞いたが知らなかった。さらに下って行くと、同じ一番電車で来たらしい数パーティーに会う。最後は30代半ばの女性の単独行であった。
 やがて林道が舗装路に変わり、渓沿いの集落のなか中央道の橋脚をくぐる。ここの静かな暮らしも、排気ガスと騒音を撒き散らす中央道に真ん中をぶち抜かれ、だいぶ変わってしまったのではないかと想像する。山間の暮らしというと健康なイメージがあるが、橋脚下の騒音を聞いていると身体に良いわけないだろうなと思う。高速道路一本にしても、便利さの代償として現在さまざまに支払っていることが将来どんなことになって還ってくるのか、それを思うと末恐ろしい気がする。それでもこの辺りにはまだのんびりとした風景が残っている。ぷらぷらと笹子川を渡り、いかにも街道筋に残る古い商屋といった感じの『ふとんや』さんの和風建築を愛でながら、アスファルトの照り返しと排気ガスでウヘッとくる20号線を逃れ、酒屋の自販機で買ったコーラで(あとの2人はビールで)身体浄化をはかりつつ初狩駅に到着。思いがけず駅員がひとり改札口におり、なぜか多少気落ちしながら正直に切符を買う。

湯ノ沢峠(05:10) → 大蔵高丸(05:40~46) → 破魔射場丸(06:15~23) → 米背負峠(07:10) → 大谷ヶ丸(07:30~40) → 作業道分岐(08:20~28) → 滝子山(09:00~15) → 1060m分岐(10:10~20) → 初狩駅(11:30)

●熊に注意
湯ノ沢峠で聞いた話によると、昨年その近くの沢筋で男性が熊に襲われ、大怪我をして林道まで這い出てきたところをハイカーに救けられるという事件があったそうだ。また別に会った写真家の人は、昨冬、大蔵高丸~ハマイバ丸付近の稜線上の雪に熊の足跡を見たと話していた。山中での採餌行動の際には特に注意が必要と思われる。

峡東タクシー(塩山営業所) 0553-33-3120


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