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立岩
服部 寛之

山行日 1998年7月26日
メンバー 服部

 立岩は「たついわ」と読む。西上州の荒船山の南東に隣接する小ピークで、衝立のような垂直な岩壁を二枚並べて立てていて、なかなか格好いい。こういう西欧コンプレックス的比較広告風な言い方は好きではないが、なんでも「西上州のドロミテ」などと云われているらしい。
 本来は、土日で立岩のハイクと、少し離れた鹿岳(かなだけ)~四ツ又山の縦走を計画していたが、参加者がいなかったので、土曜日はたまっていた用事の片付けに当て、65山行の立岩だけ日曜・日帰りで行ってきた。
 日曜の朝は前夜から前線が通過中で、往路では時折ワイパー最速級の激雨に見舞われ、また関越道の花園インター付近ではヘビーな事故渋滞に巻き込まれるなどしてやたら時間を食ったが、それがかえって幸いしたのか、上信越道に入った頃から雲が切れはじめ薄日も射してきた。
 下仁田インターで降り、山間をぬう県道を南牧(なんもく)村に向かい、やがて右折して星尾の集落の先の線ヶ滝めざし山中へと上ってゆく。途中、右手に大屋山登山口を見るが、ここは以前川田さんと来たことがある。トゲトゲの山椒の木が尾根にたくさん生えていたのと下山後下仁田駅前で賞味したサシコンがたまらなく美味かったので良く憶えているが、マイカーの窓に映る町並はあの日バス停から歩いた渋い家並の記憶とは違って見えた。
 線ヶ滝への下り口の脇に東屋と簡易トイレがあり、その前の道路脇に駐車し、いっぱつコキジを射ってからまず線ヶ滝を見物する。すっきりとした滝で、小ぶりの滝壷にドドドドッと水が落ちている。天気のせいか暗く陰湿な雰囲気がたちこめ、感動とは程遠い。
 道に戻り、滝から200m行くと道の終点でそこが登山口。ここは平らで4~5人用2~3張はいける。車も縦列で数台停められる。 登山道は杉の植林の中を登ってゆくが、山は依然濃いガスに包まれ、林の中には飽和状態からあぶれ出た水蒸気が白いかたまりとなってあちこちに漂っている。湿度182.6060パーセント。イヤニムレムレ。3分とたたないうちに全身汗でグチャグチャとなる。 林をぬけ、クサリのある急なガレ場を登り切り、またまたクサリの岩壁を斜上する。そこを抜けると鞍部で、その先にもまだクサリやハシゴがしつこく続いた。
 頂上に上がると、赤トンボが群れていた。ガイドブックには「奥秩父や浅間山、目の前の荒船山や兜岩までが一望できる」とあるが、何望しても見えるのは白いガスばかり。山頂標識前にザックを置いて証拠の写真を撮り、トンボを眺めながらベンチでパンをかじる。飛んでいるのがトンボでなく天女だったらこのカレーパンを半分あげるところだがなどととりとめもないことを考えながらもトンボはカレーパンは食べないので全部ひとりで食ってしまう。
 下山は反対側に下りる。細い尾根の、クサリのついた3級の小岩を乗っ越しどんどん下ると再び杉林に入り、やがて岩をたたく水音が聞こえて威怒牟幾(いぬむき)不動に出た。何となく恐ろしげな字面と響き。曇天の陰気な明るさのなか、数10メートルの高さの岩壁から水のカーテンがザアザアしたたり落ち、その滝裏の岩屋の中に廃墟と化した社があった。辺りにはすさんだ精神を持った地霊パワーが充満しているような、一種独特で異様な雰囲気が感じられ、今にも白装束の狐面狂女がどこからともなく現われてきそうで、腰をぬかして大チビリしないうちに足早に去る。
 そこからは道は緩やかとなり、途中荒船山への分岐を右に見て、ずんずん下り登山口に戻った。立岩は最後まで姿を見せてくれなかった。また最後まで誰にも遇わなかった。ぐるっと一周、3時間余りであった。
 やれやれと、くるまに乗る前に道路脇にいっぱつコキジを射ち込む。ふと気付くと上の斜面に咲いた大きな百合の花に見られていて、恥ずかしかった。


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