トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ299号目次

永年の夢が叶った紅葉の戸隠縦走
城甲 紀夫

山行日 1998年10月30日~31日
メンバー 単独行

10月30日(金) 晴時々曇り
 今年は天候が不順で予定の山に行けなくてムシャクシャしていると、28日に週末の予報が急に変わり、好天との予報なので29日に急遽決め、小堀君にメールで登山報告を入れて入山する。3年前からの期待の縦走に気分も最高。
 キャンプ場バス停脇の高原食堂で掛けそばを食べ、地元特産の葱を2本貰い好天のキャンプ場をのんびりとスタート(柔らかで美味しい葱であった)。沢沿いの道は白樺、ブナの黄葉はほとんど散り寂しい山道で、モミジ、ホオバが多少残る程度であった。
 避難小屋はドアーが壊れ、上部に入口が無い為、積雪期の利用は難しそうだ。荷物を置き、軽装で御裏山(一不動~高妻・乙妻)コースを行く。小屋から五地蔵岳迄はだらだらとしたかったるい登りであったが、五地蔵で穴子巻きを食べると現金にも元気が出て快調に高妻山へ。
 高妻山は一不動や五地蔵の手前から見ると登り勾配があって、すきっと立った、存在感のある山だと感じたが、登ってみると意外に平凡な山であった。展望は飯縄山、黒姫山、妙高山、火打山、戸隠牧場と素晴らしい眺めで、途中は単独と5人組の2パーティーのみで静かな行程であった。4時頃よりガスが出て、6時前に雨となる。 避難小屋では久し振りに静かな一人酒とする。

東京(6:20) → 長野(8:01~8:18) → 戸隠キャンプ場(9:27~10:00) → 一不動避難小屋(11:50~12:30) → 五地蔵岳(13:10~13:25) → 高妻山(14:50~15:10) → 五地蔵岳(16:05) → 一不動避難小屋(16:45)

10月31日(土) 晴(午前4時迄雨)
 九頭龍山よりは真南に八ヶ岳、南アが遠望でき、西には雪を被った白馬が微かに見える。昨日と違い、稜線から見る奥社付近の黄葉は地味ながら見事な景色で、白樺とブナの白い木肌に黄葉がマッチして素晴らしい眺めであった。又、足元から奥社、牧場まで一気に削ぎ落としたような岩壁を見ながらの尾根歩きは格別の爽快感であった。本院岳への道脇には防風鉄柵が15柵程度あったが、その内4組が折れ曲がっていたのは驚きで、冬の強風が凄いのだろう。
 本院岳からは雪を被った白馬が雲を払われてはっきりと見え、近くに見える雨飾、金山、焼山には雪はない様子。槍・穂も辛うじて雲間に見える。
 西岳では高妻山に隠れていた火打山も姿を見せる。西岳キレットは重荷にはチョット緊張する個所で、このコースは軽装で一気に縦走する計画が一番ベターのようだ。キレットは手前からは勾配がきつく、非常に厳しく見えたが、取り付いてみると意外に簡単であった。
 下降点(第一峰)からは本院岳ダイレクト尾根の岩壁が目の前に長々と屏風のように連なり圧巻で、春の雪稜を登ってみたいと考えた小生を「無理だよ!」とたしなめているようであった。
 この後は鎖の連続で結構な下りで、時間以上に体力を消耗した印象だ。このコースを荷物を担いで逆に登るのは相当な馬力が必要だろう。ただ、下るに従い紅葉は素晴らしくなり、昨日の登りとは雲泥の差であった。特に、天狗原の上部辺りからはブナ、ナラ、ハウチワカエデ、カエデ、ドウダンツツジ等種類は少ないがなかなか見事であった。ただ、白樺に何か巻いた跡があったのは何なのか、黒い帯状の跡が痛々しい感じであった。
 牧場へ降りると途中から雑草で登山道の踏み跡がハッキリ見えなくなり、楠川迄薮こぎの要領で不安を抱きながら降りて行く。沢を渡った所で2人の登りの登山者と会ったが、彼らは登り口を探している所でアドバイスすると礼を言われる。それぐらい入山者が少ない、分かり難い登山路ということだろう。一部整備が始まっていたので、3年もすれば見違えるような登山路になっているのだろう。
 楠川沿いに降りて行くと工事現場を過ぎた所で、車に乗せてもらい上楠川橋迄送って貰う。お陰で宝光社での最終バスに間に合う。工事請負の守谷商会の下請け会社に感謝、感謝。
 本日出会った登山者は奥宮から表山登山(八方睨~一不動)の2人と登山口の2人の計4人であった。

一不動(6:30) → 九頭龍山(7:30) → 戸隠山 → 八方睨(8:30) → 最低鞍部(9:20) → 本院岳(11:15) → 西岳(12:30) → P1下降点(13:10) → 楠川 → 上楠川橋 → 宝光社(17:28~17:34) → 長野駅


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ299号目次