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新人山行 雲取山(ヨモギ尾根)
小堀 憲夫

山行日 1999年6月12日~13日
メンバー (L)小堀、小幡、田原、小柳、近藤

 雲取山は、思い出の山だ。高校2年の時、従兄弟に誘われて真冬の2月、底がつるつるのタウンシューズで登ったのが、生まれて始めての山らしい山、つまり雲取山だった。良く滑ったのと、雪のちらつく頂上で記念の縄跳びをしたのと(当時トレーニングとして流行っていた)、同じく頂上で飲んだ熱燗がうまかったのを覚えている。その後、何かのおりにこの山に登っているが、その度にこの山は深く良い思い出ばかりを残してくれている。頂上の避難小屋は、最初に泊まった岩小屋から数えて三代目になる。
 それほど好きな雲取山だが、中でも一番好きなルートが、大・小の雲取沢とこのヨモギ尾根だ。特にこのヨモギ尾根は、交通の便が悪いからなのか、人が少なくていい。今回もそうだったが、今までに山行中人に会ったことがない。そして、ここのもう一つの魅力がブナの大木群だ。これはほんとうにすばらしい。あまり人に知られずに、あのままずうっと残っていってほしいと願う一方で、こうして話してしまうのだから矛盾している。もう一つ魅力をあげるなら、眺めの良いなだらかな尾根道散歩があげられる。最初の比較的急な樹林帯の登りを越えてから、これが奥多摩小屋直下の水場までのんびりと続く。
 さて、今回の新人山行だが、何かのおりの雲取頼み、またこの山の霊力を借りることにした。案の定、当日ルームに来たばかりの女性が2人参加してくれることになった。小柳さんと近藤さん。それに加えて、先日、五味沢で一緒だった、田原さん、一ノ倉で一緒だった小幡氏が、応援に来てくれることになった。「おう、心強いぞ。」と喜んでいたのだが・・・。この例会計画会の後の飲み会でのこと。
「小堀、大変だなぁ。一つ頑張ってくれ。」S氏。
「小堀さん、断ってもいいのよ。」F嬢。
「小堀、おまえだけがたよりだ。頼んだぞ。」K氏。
などなど。不可解な励まし?忠告?の言葉を皆から盛んにかけられた。おう、そうだった! そう言えば田原さんと小幡氏、この2人は当三峰山岳会の、その酒量とあくの強さゆえの最強の名物男2人だった。「しまった!」と思った時は後の祭り。覚悟を決めるしかない。「なに、2人の純な人柄をそのまま出してもらえればいいのさ。それをごちゃごちゃ言うヤツなんか、三峰に入らなくてもいいさ。」と思ってはみたものの、皆に色々言われてかなり心配になってきていた。
 集合は、荻窪駅土曜の朝6時。当日自宅のある浦安からその時間に間に合うように出てくるのはちょっとキツイので、金曜の夜田原さんの仕事場に泊めてもらうことにした。新人の2人は、偶然自宅がご近所なもので問題なし。当然のことながら、田原さんと2人でしこたま飲んだ土曜の早朝5時、「朝ですよ~、起きてくーださ~い。」との、田原さんの奥さんのなんともうらやましい天使の声のようなモーニングコールで目が覚めた。ほぼ時間どおりに小柳さんと近藤さんは集合。田原さんの気転で、関越自動車道を使い青梅に抜け、小幡氏との待ち合わせの奥多摩駅に着いたのは、予定の8時半よりも30分以上早かった。やがて到着した小幡氏を乗せ、田原号は丹波へと向かった。
雲取山写真1  窓の外には、これからの楽しい山行を約束するように、緑の中に陽光がピチピチとはじけ跳んでいた。後山川林道をしばらく走り、塩沢橋に到着。途中、何台か車が停まっていたが、みんな釣りの人らしい。いつもは適当に済ますストレッチも、新人山行ということで今回は入念に行い、「習慣にしましょうね。」と地図で現在地を確認した後、疲れる前の元気のいいところで記念写真を撮った。歩き出したのは、9時半ころだったか。先頭をいく田原さんは、新人の方達を気遣って、ゆっくりしたペースで歩を進める。夜勤明けの小幡氏は一番後ろをだるそうについてくる。心地良い沢音と段々と深くなる緑。「ふむふむ、今のところ問題なし。」新人のお2人はと見ると、暑くないかなと心配になるほどたくさん着ているので、「着たり脱いだりして細めに体温調節をしましょうね。」と声をかける。急な登りが続く。「足の裏全体に体重をかけて、できるだけ歩幅を小さくして歩きましょう。」型通りの新人レッスンをやる度に、小幡氏が「くすっ。」と笑う。「いいの!、これでー。新人山行なんだからー。」「いやー、勉強になるよ。くすっ。」植林帯を過ぎ、自然林の中のトラバース道を2時間ほどたどると、塩沢上部を大高巻きしてきた道と出会う。そこで大休止。お茶を沸かしていると、なんと、小柳さんから焼き鳥、枝豆の差し入れが・・・。それでは仕方がないと、それらにマッチするドリンクをザックから取り出し喉へ流し込む。冷えて泡立つその液体のえもいわれぬ上手さよ。焼き鳥・枝豆とその液体が出てきた順序は、あるいは逆だったかもしれない。「おおっ、こんなことでは名物男2人にしめしがつかん。」と気がついた時にはもう遅かった。「皆さんは、たとえハイキングと言えども、こんなことは絶対してはいけませんよ。」と、一応は言ってみたものの、我ながらまったく説得力がない。こちらの心配を余所に、田原さんの賑やかな話しに耳を傾け、皆和やかにランチタイムを楽しむ。小柳さんも、気さくにご自分のことを話してくれたので、雰囲気がとてもオープンになっていき、「おお、これは良い感じ。上手くいっておるわい。」とリーダーは一人ごちていた。若い近藤さんは、最初少し遠慮しているような感じだったが、声をかけると一番元気がいい。やがて田原さんが別の飲み物を飲みだしたので、さすがに、それはいかんと取り上げるようにして出発した。
 分岐を後にして進むにつれ、あたりにブナなどの広葉樹が多くなってくる。回りの空気にフィトンチッドが多くなってきているのが良く分かった、と言うのはウソだが、冗談ではなしにいつも感じるのだが、あの空間は確実にどこか違う。何かがある、いやいる。
そう、日本の自然林には神様(もののけ)がいるのです。
やがて尾根道に出ると、待望のブナの大木群を縫うようにして進む状況になる。そのあまりのみごとさに、皆を連れてきていることも忘れ、何回も立ち止まって見上げてしまう。中でも一番大きなブナの大木の前で、
「この木に抱き着いて、耳をつけてみてください。水が吸い上げられる音が聞こえますよ。」と言うと、女性2人はほんとうに抱き着いた。
「なんか、私の鼓動しか聞こえないけど、いいわねー、こんなことしたの初めて。」
「きれいねー、この木肌。」と率直に喜んでくれているので、
「そう、このブナ達がいるから、山があり、谷があり、ふもとの、そして都会の人間達が生きていけるんですねー。オレ達の命の源なんですよねー。」なんて、みなみらんぼーさんがNHKの番組で言いそうなことを口走ってしまった。
小幡氏がまた「ふふっ。」と笑う。
田原さんも、「白神にもこんなとこないよ。こりゃ、小堀に感謝だねー。」とえらくご機嫌が良い。そりゃ、いくらなんでも少し大袈裟なんでないかい? とは思いつつも、悪い気はしない。それにしても、ブナのあの木肌はなぜあんなに美しいのだろう。淡いグレーとグリーンで織り上げた上等な麻入りのジャケットのような、涼しげでほっとする感触。できるならその場所にいつまでもいたかったがそうもゆかず、ゆっくりまわりの木々、足元の植物を観察しながら歩を進めた。
「今日は植物観察山行だね。ふふっ。」と小幡氏がぼそぼそいう。
「そうよ、小幡さん。ガツガツ登ってばかりいないでたまにはこういう山登りもしなくちゃ。」 と、小柳お母さん。
「はい、わかりました。」といつになく素直な小幡氏だった。
しばらくして、そんな小幡氏が、
「おっ、あれしいたけじゃねーか?」と叫んだ。
彼の視線を追って足元の倒木を見ると、なるほど茶色の形のいいきのこが三つ。なんと本当に天然のしいたけだった。もちろん神様に感謝して今夜のおかずにいただいた。植物観察の成果だ。
 何回か休みをとりながら、ほとんど平らの尾根道をしばらく歩くと、右手前方に七石尾根が見え始めた。奥多摩小屋のテン場、五十人平は、ヨモギ尾根と七石尾根の合流点にあたる。ヨモギ尾根の終点にあたる水場から少し登ったテン場には、3時前でまだ人は少なかった。
 適当なスペースを確保し、テントを張り、小屋で泊りとテント泊の受付けを済ませてテントに戻ると、もう酒盛りは始まっていた。少ししつこい虫に悩まされながらも、テントの外で天ぷら宴会だ。揚げたての天ぷらに酒がすすむ。
「おっ、小幡オレのエビ食べたな。」
「まあ、いいじゃん。仲良く食おうよ。ムシャムシャ。」
「いや、違うんだよ。高級天ぷら割烹、小堀亭は食材一つにつき、一人一つずつしか揚げないんだからね。一人一つなの。ムシャムシャ。」
「いやー、やっぱり天然もののしいたけは香りといい歯ざわりといい、やっぱり違うね~。」
「私、こんなところで天ぷらが食べられるなんて夢にも思わなかったわー。このカレー粉とお塩の味付けおいしいわね。今度私が揚げましょうか?」
「いや、いいんです、気にしなくて。こういう種類の人間は、人にうまいと食ってもらうのが喜びなんですから。もう一人原口というシェフがいましてね・・・。」
「別にオレは・・・。」
「おう、となりのにいちゃんにも天ぷら分けてやれよ。」
「それより、もう少し声小さくできない? 昼寝できないよ、彼ら。」
「お、彼女、酒行けるじゃない。」
「いえ、私ビールしか飲めないんです。グビグビ。私お酒飲むと、友達に電話しまくっちゃうんですー。」
「こんな声のでかいただの酔っ払いオヤジに見えるかもしれませんが、ほんとは良い人なんですよ。」
「わかるわ。そんなこと言わなくても。良くわかるわよ、ねっ。」
「ぶふふっ。」
と、まあ、大変に盛り上がった。
雲取山写真2  ちなみに、この時、となりのテントにいてわびしくレトルトカレーを食べていたお兄ちゃん2人のうちのかっこいい方の一人が、魚肉ソーセージの天ぷらに釣られて翌週のルームに来てしまった成田くんだ。おっと失礼なことを言ってしまった。ほんとうは、ほとんどがばか話の中に、ときどき思い出したように混ざった、「なぜ君は山に登るのか?」 とか、「遭難救助の実態」とか、「ぶな林と森の精霊の話」とかに、「わっ、なんてすばらしい人達なんだ。もう。この山岳会に入るしかない。」と思ってルームに来たのに違いない。そうだよねっ、成田くん?
 やがて小屋の消灯時間になったので、女性2人は小屋に引き上げてもらい、その後男3人テントの中で、酒の無くなるまで飲めや歌えやの宴会は続いたのであった。となりのテントにいた成田くん、うるさかったでしょう。ごめんね。でも、くせになるから拍手はもういらないよ。
 翌朝は7時にテント集合のつもりだったが、早く目が覚めたので、6時にソーメンの朝食。7時半には出発した。昨日と同じ田原さんのやさしいペースで小1時間で頂上の避難小屋に着いた。頂上はさすがに混んでいて、昨日のヨモギ尾根が懐かしくなった。にぎやかな女子大ワンゲルらしき大パーティーのリーダーに、
「すみません、シャッター押していただけますか。」
「あー、いいよ。どこの大学?」
「東京女子です。」
「あー、トン女か。」
「あっ、いえ。東京女子医大です。」
「ああ、みんな女医さんになるの。じゃ、将来ウチの薬使ってね。はい、カメラ。」
そう言われて見回すと、たしかにみんな成績の良さそうな顔をしていた。今井道子さんの後輩達だ。
 われわれも記念写真を撮ってもらって、早々に三條ダルミへと下った。それにしてもまあ、人の多かったこと。何回も脇に寄って道を譲らなくてはならなかった。「ねっ、昨日のルートの良さがわかったでしょ?」 「はいー。」
 やがて三條の湯が近づくにつれて田原さんの様子がヘンなのに気が付いた。口数が少なくなって、足取りが異常に早くなった。はっはぁ~ん。あれかと、すぐピーンと来た。そこで、
「三條の湯にはビールもジュースもあるよ。」と言うと、
「私ジュース飲みたーい。」と近藤さん。
「わしもー。泡の立つやつね。」と田原さん。
やっぱりね。
 そしてだんだんペースは上がり、あっと言う間に三條の湯についてしまった。残った魚肉ソーセージをつまみに、小柳さんおごりのビールで喉を潤すことしばし。
「いやー、いい山行だったねー。」
「最高。私この思い出一生忘れないわ。」
「良かった、良かった。ふんじゃまあ、デッパツするか。」
と言うわけで、これまた仲良くくっちゃべりながら、塩沢橋までの林道歩き1時間を楽しんだ。帰りは、奥多摩へ来たらお決まりの「もえぎの湯」に入り、鳩ノ巣でそばを食べて、心地よく帰路についた。
という訳で今回も雲取山の神様のおかげで良い思い出ができた。ありがとうございます。


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