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編集後記

 世の中に、『もののけ』、この世ならぬ霊的なものの存在を信じている人は結構いらっしゃるようで、我らが鬼太郎委員長をはじめ、先日ふらっと購入してしまった「山歩き山暮し」の西丸震哉さんもそうだというのを読んで、「ふむふむ、やはりなぁ~。」と安堵のため息をついた次第。安心したと言うのは、私も遭遇者又は経験者のはしくれで、ソレがいることを信じているからだ。
 ただ一口に「この世ならぬもの」と言っても種類は多くあるらしく、詳しくは鬼太郎委員長に任せるとして、それこそ百鬼夜行の様を呈するようだ。私が最近出会った中で印象に残っているものはその中でも比較的安全なソレで、『森の精』の類らしく、恐怖心よりも好奇心を呼び起こされた想い出がある。秋だったと思うが、東京近郊の山で一人大きなブナの大木の根元でビバークしていたら、夜中に突然テントの下の地面が大きくうねり、モコモコと背中を押し上げられた。モグラではないョ、朝起きたら何の痕跡もなかったから。急いでほっぺたをつねったら痛かったのを覚えている。「あぁー、来たなーっ。」ってな感じだった。ブナの根っこがうねっているようにも、何かが地面の下を這って行ったようにも感じた。
 実際そういうものがいるかどうかは議論が分かれるところだが、少なくとも私の頭の中にそういう感触が起こったことは事実な訳だ。そして、世間にこの世ならぬものの遭遇者又は経験者は多いらしく、なにかそういう経験を起こさせる共通の原因があるに違いないと思えてくる。その原因が脳の外部にあるのか、それとも共通な遺伝情報みたいな物が脳の中にあるのかは別問題で、もし内部にあるとしたらそれはそれで興味深いことだ。また、目に見えないと信じないのはおかしな話で、見えるということは可視光線と言われる波長の光の反射を人間の目が感知できるだけの話で、可視光線を反射しない存在もあるかもしれないし、そういう物理的な存在形態のみを存在と考えること自体がおかしいのかもしれない。まあそれに、世の中には人間にはよく分からないそうしたことがたくさんあるのだと思っていたほうが、間違いがないと思う。
 さて、安全なもののけの話はこのくらいにして、今度は今回の山行記録に掲載されている赤谷川でまた遭難未遂があった話しだ。この山行には私も行く予定になっていて、それをドタキャンした経緯もあり、責任を感じると同時に同じ場所で2回も、しかも集中山行で遭難未遂が起きていることに何か因縁めいたものを感じてしまう。前回はまだ会に所属していなかったので詳しい経緯は知らないが、今回はそのリアルな記録の中で荻原くんも反省事項にあげているように、「撤退することの難しさ」を改めて考えさせられた。自分でも何回か経験があるので良く分かるが、山行がちょっと計画どおり進まなかったりしただけで、かなり異常な行動をとってしまうことがある。それもほとんどの場合が疲れきった肉体状況にある時に。それはもうまるでそれこそ『妖怪』とか言われる悪い方のもののけに化かされたかのように、困難な、より困難な状況へとはまり込んでいってしまうのだ。なぜか? 単純に考えれば疲れている時には判断力が鈍っているから、ということになるのだが、私には「我々が死に近づくのを待っているこの世ならぬものがやはり山にはいるに違いない」と思えるのだ。こちらが元気なうちは良い方のもののけが寄ってきて遊んでくれるのだが、少しでも元気がなくなると悪い方のもののけが寄ってきて、まるでおいでおいでをするように我々をあっち側へ呼び込もうとする。まあ、向こうは自分の世界の仲間を増やそうとしている訳だから別に悪いことをしている自覚はないかもしれないし、いずれはだれでもあっち側へ行く訳だから尚更自覚はないかもしれないが、少しでもこっち側に居たい身としては迷惑な話だ。こんな話をしていたら、ひょっとしたら山の奥の我々には見えない世界でこんなことが行われているのかもしれない、と思われてきた。それは、良い方のもののけ達と悪い方のもののけ達が綱引きをしていて、我々の魂がその丁度真中に乗っかっていて、あっちへ行きかけたりこっちへ戻ったり・・・。もっとも、都会で生活していても基本的にその状況は変わらないのだけれど・・・。
 遭難が起こりそうな時に共通する具体的な個々の現象、反省事項は今回の記録にもあるので繰り返さないが、ここは一つ、山での遭難に対する心構えについて、『もののけの綱引き』のイメージをヤバイ時に思い出して行動したらどうかという提案。最近どんなスポーツにもイメージトレーニングの大切さが説かれているが、遭難対策にもイメージトレーニングを取り入れたらどうか。別にこの漫画的イメージに拘らないが、山に入る以上『自然に対する畏れと恐れ』、これを常に自覚するようにしたいものだ。
 念のため言っておくが、これはあくまでも荻原パーティーの行動を責めてのことではない。太田さんの優れた技術も含め、荻原、太田、小林(と)三氏のタフネスがあったからこそあの困難な状況の中で遭難を回避できたのだと、むしろ驚いているくらいだ。ああいう状況がだれにでも起こりうることは経験で知っている。

 服部氏から編集を引き継いで2号目になる。服部氏担当最終号の299号に引き続き、小堀担当最初の号の300号が連続して山岳雑誌『岳人』に取り上げられた。不安な中のスタートだっただけに正直とても励みになった。『岳人』さんに感謝。そして編集の福間さん、それを手伝ってくれた服部委員長、表紙絵の中西さん、印刷製本の菅原さん、原稿を書いてくれた皆さんに感謝。
 そして思うのだが、これは委員会のメンバーをはじめとする会員全体の、会を盛り立てようとする熱い意気込みと活動が評価されたのだと、素直に喜んでいいのではないだろうか。実際、最近の例会山行は頓に充実してきているし、新体制になってからのルーム見学者はグンと増えた。入会者も同様に増えた。最近世の中は不景気で良い話もないけれど、この勢いでもって力強く日々の生活も充実させようではないか。
 今回は自分の例会、「丹沢・水無川本谷・沢登り入門」が、例の丹沢の大水の日にぶつかり、それこそ木端微塵に流されてしまったので、山行記録が無い。その分編集後記が長くなった。実際現地まで出かけるには出かけたのだが、その濁流の物凄さに恐れをなして、バス停でザイルワークのおさらいをしてすごすごと帰ってきた。
 被害に遭われた方々のご冥福をお祈りすると同時に再び思う。
やはり山は恐ろしい。

編集 小堀 憲夫

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