トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ301号目次

救助訓練(大倉・丹沢山荘、新茅ノ沢)
服部 寛之
救急法1999年7月24日(土)於 丹沢山荘
実地訓練1999年7月25日(日)於 新茅ノ沢F1
講師山本信雄
参加者両日金子、服部、田原、荻原、小幡、高木(敦)、井上(博)、太田
24日のみ細川、成田
24日夕~小堀、藤井、田代、菅原、勝部、大泉
25日のみ飯塚

 一昨年(97年)6月の救助訓練(水無川・モミソ沢出合の懸垂岩)の時、雨のため大倉バス停前の「丹沢山荘」をお借りして救急法の講習をした。この時、うちら位の人数での催し物に使うには丁度いい大きさと間取り並びに立地条件の山荘だと思ったのが、今回「丹沢山荘」を救急法の講習会場兼宴会場兼宿屋として選んだ理由である。この山荘はだいぶ老朽化してはいるが趣があり、渋沢駅前からのバスを終点で降りて10秒以内に到着できるという便の良さに加え、一般車可の林道で行ける手頃な沢や河原に近く、しかも酒屋・旨い魚屋・スーパー・コンビニが数分のドライブ距離内に完備しているという好条件を兼ね備えているのである。2年前とは経営者が変わり、目下修理中で使用していないという状態であったが、何とか頼み込んでお借りすることができた。筆者は、今回久しぶりで大倉を訪ねたが、渋沢駅から大倉入口までの道は見違えるような舗装となり、大倉にはビジターセンターやら水無川を渡る歩行者専用の橋ができ、ガードレールで囲まれていた無粋なバス停も新たに作り変えられており、その一新ぶりに驚いた。こうなると、戦後昭和登山史の埃が幾重にも積みかさなったような丹沢山荘が、真新しいビジターセンターや停留所と対比されて一層古めかしくも感じられるが、しかしこの山荘は手の入れ方次第では深い趣のある建物として風景の中に立ち現われてくるだろうと思われる。経営者には是非とも手入れをよくして末永く建物を維持して欲しいものだ。

 さて、24日は、渋沢駅に集合して山荘に向かう予定が、服部のくるまが渋滞に引っ掛かって大幅に遅れてしまい、ご迷惑をかけた。
同じくくるまで来た細川さんには随分活躍していただいた。(この日は、学校が夏休みに入った最初の週末で、しかも好天気であったため、各地で大渋滞が起こっていたようだった。)
 予定より1時間ほど遅れて始まった救急法の講習会だが、午前中はテーピングを行なった。捻挫、こむら返りなどを二人ずつ組になって練習したが、テープの消費は予想以上であった。山行に携行するテープは5センチ以上の幅広のものをひと巻以上は欲しいと思われた。幅の細いものはあまり役立たないようだ。また伸縮性のあるものの方が有効である。
 昼メシと休憩をはさんで、午後からは三角巾の使い方を行なった。たたみ方から、手、腕、胸部、頭部、脚部の固定の仕方を、これも二人ずつ組になって練習した。
 3時半過ぎに切り上げて、お待ちかね、宴会の準備に入る。定員オーバーの服部車でスーパー・魚屋・酒屋へと騒々しく繰り出し、大量の酒・肴と食材を仕入れて来て準備完了。所用のため夕方から参加の者たちが順次到着し、騒々しさも増して行くなか、呑まない委員長は酒屋や魚屋を何度か往復するハメになった。我ながらご苦労さんであった。酔いと疲れとで三々五々隣室で雑魚寝となったが、好きな連中(誰とは言わない)は2時過ぎまで呑んでいたらしい。
 この日嬉しかったのは、会友の大泉氏が京都から馳せ参じてくれたことである。実家に所用があったとのことだが、盃酌み交わして旧交をあたためるべく、わざわざ大倉まで足を伸ばしてくれた次第である。久しぶりに大泉氏の顔を見て、皆嬉しそうであった。
重いねぇ  翌25日もよく晴れたが、この日は朝食後大泉氏のバスを玄関先で見送り、あと片付けと掃除をして山荘を後にし、金子・田代・服部のくるま3台に分乗して新茅ノ沢へと移動した。沢の手前の大きな駐車スペースで沢の仕度をして、F1前に集合。まずは、両手を離したまま下の者のザイル操作で滝を降りる練習。全体を二つに分け、ひと組が滝を降りる役、もう片方が下でザイル操作をする役を全員代わるがわる行なった。これは自分が降りるとき誰がザイルを握るか分からないというスリルがあり、仲間への信頼度を増す効果がある。勿論、上手く降ろしてもらえたときの話ではあるが。(ちなみに、F1の落差は7mである。)下でザイルを操作して降ろす方としては、微妙な緩め加減が求められるが、さほど難しいものではない。
 次は、人を背負って滝を降ろすのをやってみる。これは背負う者、背負われる者それぞれにザイルをつけ、何人かでそろそろとザイルを繰り出して行く。これを何組か行ない、次にその逆、即ちケガ人を背負った者を滝の上に引っ張り上げるのをやってみる。これは、背負って上がる者も大変だが、引っ張り上げる方もかなりつらい。これも背負う者、背負われる者双方にザイルを付けるのだが、ザイルを引く二組の呼吸というか速度が合わないと、力のベクトルがあらぬ方向へ働いて引き上げられる者達が大きく振られたりすることが分かった。降ろすにしろ引き上げるにしろ、机上や頭中で思い描くのは簡単だが、実際にやるとなると、人手も時間もかなりかかることが実感された。
引き上げの訓練  最後に、立木や流木を利用しての担架づくりと搬出を行なう。幸い、長い流木があったのでそれを切って枠を組み、ザイルを編んで担架を作る。担架は滝の下でつくり、実際に高木(敦)さんを乗せて林道まで搬出しようとしたが、ザイルを張らずにはその下の3メートルの滝を安全に降ろすことが出来ず、そこで搬出は断念した。滝とは呼べないような、わけなく越せるような小さな段差でも、条件によっては人を乗せた担架を安全に降ろすのは困難であることがわかった。
 今回の救助訓練はそれで終わりとし、くるままで戻って解散した。その後、数人はまだ時間があるので新茅ノ沢の遡行へ向かい、残りの者は渋沢駅へ戻っていつものごとく「いろは食堂」で打ち上げを行なった。
 皆さん、お疲れさまでした。また2日間講師を勤め指導に当ってくれた山本のゲンさん、誠にありがとうございました。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ301号目次