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空木岳・大荒井沢
小堀 憲夫

山行日 2000年8月19日~21日
メンバー (L)小堀、鈴木(章)、福間、四方田

 三峰の先輩方に、岩魚のいる沢は?と聞くと、みなさん御神楽沢だとおっしゃる。なんでも沢を歩いていると、ボコボコ岩魚が足に当たるとのこと。そういうことであれば、ここのところトント釣り果に恵まれていない我輩としては、是非とも訪ねてみなくてはならん、と意気込んで立てた御神楽沢の例会だった。三つ岩岳から下るというアイデアは先輩方の拝借物だ。が、間際になって、メーリングリスト等で、雪渓とアブの恐ろしげな情報が流れた。加えて、頼りにしていた藪こぎ名人の藤井パパが仕事で行けなくなった。「どうすんべっ」と思案していたところへ、夏休みを使って長めの沢を北アルプスで計画していたアッコさんと福間さんが合流することになった。
「雪渓とアブ攻撃と詰めの藪こぎが無く、明るく広々とした沢がイイー」というアネゴさま方のご意向を尊重し、
「ぼくはどこでも良いっすよー」と大らかな四方田氏の快諾を得て、間際になってバタバタと代わりを見つけたのが、中央アルプスは空木岳・大荒井沢だった。偶然8月の頭にヨメさんと空木岳に登った際に、谷を覗いて、
「フムフム、気持ちの良さそうな沢登りができそうだなあ」と思っていたところだったし、自分で例会を出しておいて藪大嫌いな私としては、藪の無い沢になってホッとした、というのが正直な気持ちだった。
「御神楽は秋にしようっと」こだわらない、こだわらない。
 18日金曜日の夜、新宿駅西口スバルビル前に集合。今回は下山後の車回収に自転車を利用してみようと考え、車の屋根に折りたたみ自転車をくくりつけて出発だ。駒ヶ根まで3時間少しで到着。あたりをつけておいたスキーゲレンデの駐車場で快適にビバーク。みんな明日に備えて早めに消灯。月のとっても綺麗な夜だった。
 翌19日土曜日、元気に起床。快晴だ。少し離れた所では、空木岳ハイキングと思われる人が、朝方車で到着したらしく眠そうに準備している。手早くコンビニ朝食を済ませ、自転車をデポする為、林道を上へ上へ、池山尾根の終点にぶつかるまで車を走らせた。林道終点付近の7台程の駐車スペースには、すでに2~3台停まっていた。自転車をデポする時、タイヤの空気が大分抜けていることに気がついたが、今さらどうすることもできない。
「もう、ドジなんだからぁ」
まあなんとかなるさと、入渓点への林道入り口の目印である養命酒の工場を目指した。ところが、途中別荘地で道に迷い、犬の散歩中のおばさんに路を聞いたりして、どうにか目的地の工場に到着した。出だしからドジが続く。結局正しい道は、帰りに発見するのことになるのだが、古城公園のトイレ付近の分岐からを南へ山肌に平行に付いている細い巻き道だった。これをそのまま行くと、ちょうど養命酒工場裏を通る中田切川本谷沿いの林道に合流する。その時は養命酒の工場正門からわざわざその林道まで下から登るかたちになった為、そこまでの細く荒れたオフロードで車の底をボコボコ擦る破目になった。
 そのボコボコ道の途中、分かりにくい分岐でまた迷っていると、後ろから小型オフロード四駆が軽快に登ってきた。そして、この車の運転手が今回の山行に実に爽やかな思い出を添えてくれることになった。
 我がオンボロ車を脇に寄せ、小型四駆を先行させてから声をかけ、我々の目的地を告げると、これから自分もそこに向うところだから案内すると言う。車窓から覗いた運転手は、
「なんであんたがこんなところにいるの?!」と驚くほどの知的で穏やかな、どちらかと言うと女性的な感じのする美青年だった。当然、車内のアネゴ様達はぞよめき立った。
「キャー、ステキー! 早く後を追いなさいよ」
ところが向こうは車高の高いオフロード四駆、こちらは一応四駆とは言えオンロードタイプだから、すぐ離れされてしまう。ところが、その少女漫画のヒーロー風の美青年は離れる度に車を止め、窓から顔を出し、
「大丈夫ですかっ」、と待っていてくれるのだ。この時点でオジサンも少し心を動かされた。もちろん、アネゴ様達はウットリ。
「ふむ、珍しくウイやつだ。まだあんな若者が日本にも残っていたのか」
林道は池山林道からの巻き道に出てすぐに工事で行き止まりとなった。その若者と共に林道脇に車を止め、身繕いをして歩き始めた。
 8時15分、車を止めた地点を出発。工事現場を抜け、その青年と並んで歩きながら荒れた林道をさらに進んだ。その間の会話が楽しかった。好奇心のかたまりとなった我々の質問に対し、少しはにかむように、しかし気負うことなく自信を持ってたんたんと話すその態度に、好感度は倍加した。
 なんでも大学の研究者で、いわななどの渓流魚の生態を研究しているのだという。どうやって研究するのかというと、ウエットスーツを着て渓流に潜り、実際に生態観察をしたり、数を数えたりするのだそうだ。そして天竜川の支流はすべて潜ったとのこと。
 8時55分、荒れ果てた林道が終わると、そこが入渓点だった。ガレた踏跡を河原に下るところまで案内し、青年はこの少し下流から観察を開始するからと別れて行った。実の話、彼と会った後、おかげで迷うことなく入渓でき、大分助かった。爽やかな気分に心も和み、我々も早速遡行を開始した。水量は多い。全体に白っぽい色の大きな岩がごろごろする広い河原を、いつもの癖で食料を詰めすぎた重いザックを背負い、ヒーヒー言いながら歩いた。
 9時25分大荒井沢出合い到着。入渓してから最初の枝沢が荒井沢で2本目が大荒井沢だ。5万のガイド地図にはこの大荒井沢を小荒井沢とあり、紛らわしい。また、大荒井沢の出合いは意外と狭いので見逃しそうだ。しばらく、特に難しいところもないやや単調な沢歩きが続く。しかし荷物が重いせいか、遡行図の参考タイムだと2時間15分で着くはずの小荒井沢の出合いになかなか着かない。
 14時30分、高度的にはその辺りのはずだということで、疲れたので行動を打ち切った。ちょうど左岸に脇を清水が流れる良い幕場を見つけ、草を寝かせて幕を張った。当然のことながらその夜は天をも焦がす大焚火を大いに楽しんだ。
 翌20日日曜、8時10分幕場出発。25分程で小荒井沢出合いに到着。そこから面白い滝が出始めた。昨日よりは荷も軽いし、疲れも取れ、わりと良いペースで歩いているはずなのだが、やはり参考タイムよりは少し遅いようだった。
 9時50分、ついに圧巻3段120mの曇りノ滝下に到着。さすがに中央アルプスの沢だ、でかい、スケールが違う。はるか上方は水飛沫が雲のようになって、霞がかかったように見えた。この滝には人工登攀ルートがあるそうだが、とてもその気にはならなかった。ここはガイドどおり右岸のブッシュ帯を大高巻きすることにした。先頭はやはり一番のベテランアッコさん。実際はっきりしない踏跡を見事なルートファインデイングでのリードだった。一度左斜め上方に詰めて行くと大壁にぶつかる。一つ枝尾根を乗っ越す感じでさらに大きく左に巻き込み、一度下方に下がったあと、ブッシュのルンゼを詰めて滝上にやっとたどり着くといった感じだ。その所要時間約1時間。実際10時15分に登り始め、滝上に着いたのが11時10分だった。
 その後は幾つか簡単な楽しい滝が続き、最後に20mの滝が現れる。左岸に高巻きルートがあるのだが、それまで一度もせっかく持ってきたザイルを出していなかったので、時間もあることだしと、小堀のわがままでザイルを出して遊ぶことになった。遡行図では右から取りつき、爆水を浴びて左へトラバースして落ち口へ登るのだが、右から取りついた後、トラバースが滑りそうなので強引に直登してしまった。四方田氏がその後同じルートを登った後、ザイルを正規のルートに出しなおしてアネゴ様方が登った。上からでは分からないが、ガイドにあるように落ち口が悪いらしい。お二人とも力が入ったようだった。
空木小屋にて  そしていよいよ詰めだ。私はこれがこの沢の最高の魅力ではないかと思うのだが、実に素晴らしい! 大きな岩の間に細く流が続き、やがて両岸にこの世のものとは思われないような美しいお花畑が現れる。所々に樺の木が目の覚めるような青空に枝を伸ばしている。
「きれぃー、天国みたい!」そう、それまでの苦労はこの光景で十分報われ、アネゴ様方は天使になったのでした。お花畑にうっとりしながら流れを詰めていくと、人の声。小屋から水を汲みにきた人たちだった。
 15時空木小屋到着。それはカールの底にポツンと建っていた。10人位は泊まれる広さがあるだろうか。濡れた荷物を辺りに広げ、小屋の前の日向で残りの酒とつまみで乾杯した。あっこさんが酒も飲まないのに最後まで担ぎ上げてくれた刺身こんにゃくには感激。仕上げに食べた福間さん特製の夏野菜カレーがまた上手かった。四方田氏もホッとした様子。みんなそれぞれに二日間の戦果を反芻し、のんびりと幸せな一時を過ごした。
 翌日は小雨の中、池山尾根を自転車をデポしたあったポイントまでひたすら下った。途中で雨も上がり、小堀がパンクしかかった自転車で車を回収しに出かけた。皆、下まで一気に降りてタクシーで車を回収に行ったほうが良いと言ってくれたが、たぶんこの道だろうと感をつけて辿った道が、前出の正規の巻き道だったわけだ。無事車を回収し、作戦成功。駒ヶ根を後にした。


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