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甲斐駒ヶ岳集中
その4 うなだれて、北沢峠 ~集中するのは風雨ばかり~
服部 寛之

山行日 2000年9月16日~17日
メンバー (L)服部、四方田、小幡

 15日午後、アッコさんから電話で、中ノ川本谷パーティーは途中ダム工事に行く手を阻まれやむなく下山したとの連絡を受けた。尾白川本谷の小堀パーティーは今朝東京を発ったはずだ。しかし、天気予報は朝からずっと明日からの大雨の予想を繰り返している。うちら北沢峠隊は、15日に入山して先に仙丈を登る予定の遊佐さんのパーティーと、16日入山のオレのパーティーとに分かれて行くことになっていたが、遊佐パーティーは既に中止を決定していた。鋸岳隊は疾うに取りやめている。従って、入山しているのは小堀パーティーだけだが、これも天気次第では明日下山してくるかも知れない。さて、オレたちはどうするか? 明日早朝オレのワンボックスで出発の予定だが、今夜中にどうするか決定しなければならない。
 今回も5年前の集中の時と状況が似ている。北沢峠は、大雨だと夜叉神トンネルからの林道が閉鎖され、最悪閉じ込められてしまう可能性があるが、5年前北沢峠にいたオレたちはまさにそのためにアタフタと撤収してきたのである。そのときと同じような状況下の北沢峠に今回オレは再び戻ることになるのか。自ら発案した計画とはいえ、ナンタル因縁!
 予報通り大雨なら明日入山して幕を張ってもすぐさま撤収となる公算が高く、結局小林勝夫さんと入会希望の高山さんには取りやめていただくことにした。菅原氏も子供が急に高熱を出したと電話してきて山どころではなくなった。オレは行ってもどうなるか分らないが、小堀パーティーが入山している以上、行くだけ行ってみることにする。夜勤明けに追いかけて来る手筈の小幡氏と連絡が取れないことも気掛かりだ。本隊が行かず小幡氏ひとり行くはめになっても申し訳ない。四方田氏は、あまりうれしくない状況ながら持ち前の気の良さから付き合ってくれることになり、オレとしては心強い連れができてうれしい。
 日朝JR八王子駅で四方田氏と待ち合わせ、6時40分にそこを発つ。家を出るとき神奈川の沿岸は既に激しい雨に見舞われていたが、八王子へと北上するにつれ止み加減となり、八王子駅では雲の切れ間さえのぞくようになっていた。これなら甲斐駒あたりではひょっとしてひょっとするかも知れないなと期待したが、やはり高速の途中で降りだしてしまいまったくひょっとしなかった。ひょっと予想が甘かった。
 「甲府昭和」で高速を降り、小雨模様のなか夜叉神峠へ向かう。峠へ上がる御勅使川(みだいがわ)沿いの道に入ると、川は真っ茶色の濁流と化している。「そうかそうか、既にこれだけ降ったのなら小堀パーティーは黒戸尾根にエスケープして竹宇駒ヶ岳神社へ下りてくるかもしれないな」と考え、Uターンして神社へ向かう。小堀パーティーは、きのう尾白川林道の末端から尾白川に下降し昨晩は本谷と黄蓮谷との二俣あたりで幕を張ったはずだった。ところで、川があんなに濁流化したらそこに住んでいる魚はたまったものではないだろうな、こういう緊急事態に魚たちはどう対処しているのであろうか?とハンドルをひねる手にフト疑問がわいたが、今は四方田氏とお魚たちの身の上を案じている場合ではなかった。小堀パーティーの身の上を案じる場合であった。途中公衆電話を見つけ、下山連絡先の金子会長に電話して小堀隊から連絡が入っているか聞いてみるが、何も連絡は入ってないという。
「そうかでも下りてきたら奴らを拾って風呂寄って帰れるかも知れないな」と思いつつさらに走って竹宇駒ヶ岳神社の駐車場に到着。一時は強く降っていた雨も微かな霧雨状態となってほとんど止んだ。しばらく待ってみることにして、時間があるので心ゆくまでキジを撃ったり、片隅で営業中のお店をのぞいたり、10台ほど停めてあるくるまを順番に眺めたり。すると、スポーツタイプの乗用車が1台、なぜか神戸警察の黄色い駐車違反の鍵付き札をフロントグリルにくくりつけたままドードーと広い駐車場の中央に停めてあるのを発見。目立つ駐車違反の札をつけたままなぜこのくるまは山梨の山麓の駐車場くんだりまでやってきたのか? 警察に出頭できないのっぴきならぬ事情でもあるのか? 走り屋風のくるまは山屋のものではないだろう。しかも、知ってか知らずか人気の高い黒戸尾根の登山口に停めるとは、大胆不敵な奴め。目的は南アルプスの天然水か? うーむ、ナニカありそうだ。怪しい。くるまの色も灰色だ。これは勤め先の事務所の金庫から金を奪った土木作業員苅谷慎一(仮名29歳、パワーショベル担当)が、その足で三宮のガード下のバー「バラード」に赴き、社長の三番目の妻で不倫相手の細面の美人木下友里子(仮名31歳)と落ち合い二人連れ添って150m離れた路地に停めておいたくるままで戻ってみると、酔客が多くなる連休前夜の重点パトロール地区をミニパトで警邏中の神戸東署の巡査中野慶子(たぶん仮名25歳)に駐車違反の切符を切られていたが、現金窃盗および愛の逃避行におよんでしまった身の上では出頭することもできずそのまま高速の料金所のビデオに写るのを避けて一般道を夜通し走りとりあえず人気のない山麓方面に来たところこの神社の駐車場に行きつき停めてあった登山者の白いカローラを友里子のヘアピンを使ってこじ開けそれに乗り換えてさらに逃避行をつづけているのではあるまいか。その際二人ともそこのトイレでキジを撃っていったに違いない、ニオウのはどうもその所為であろう、などと慎重に推理を重ねていると、しばらく姿が見えなかった四方田氏が戻ってきて、
「尾白川見てきましたけど、水量少なくて水も澄んでますよ。この分じゃ突っ込んだかもしれませんねぇ」
 と言う。そこで愛の逃避行の推理はやめにして地図を出して小堀パーティーの方の推理に移る。
「そうか、その可能性はあるな。あるいは、黒戸尾根に逃げたにしても、七丈小屋に上がって明日頂上に向かうということも考えられるよな」
 そこで、広河原12:30の北沢峠行きバスに間に合うよう11時までここでねばってみて、それまでに下りて来なければ広河原に行くことにする。だが、やはり下りては来なかった。
 そこでまた早くも黄色く色づきはじめた田んぼの中の道を引き返して夜叉神トンネルを越え、広河原に急いだ。雨が再び強くなってきた。12:30の北沢峠行きには間に合ったが、念の為金子会長に電話を入れると、「小堀氏から二度電話がかかってきたが電波の状態が悪くすぐ切れてしまいどこでどうしているかわからない」と言う。う~ん、そうか。小堀氏が携帯からかけてきたなら黒戸尾根に上がったのだろうが、そこから上がるのか下るのか? そこで、再度小堀氏から電話が入るかもしれないと考え、14:10の北沢峠行き最終便までここで待つことにする。小幡氏も来るのならそれに間に合うように来るだろう。直前にまた会長に電話してみてそれまでに下山連絡があれば、小幡氏を拾って帰ればいい。
 待っている間、雨足は強まったり弱まったり曖昧な態度を繰り返していた。見送った便と入れ換えに北沢峠から下りてきた便には下山者が満載されていた。それまで雨音だけが響いていた待合室は、メシを食ったりタクシーを呼んだりする人たちでひとしきりにぎやかになった。ぶらぶらしていると、入口のテラスでカッパを絞っていたずぶ濡れのあんちゃんが話しかけてきた。単独で四国からやってきたらしい。
「北岳から三山縦走したいんですけど、天気どうなんですかねえ?」
「予報では台風が来ていてこれからさらに悪くなるらしいけど・・・」
「そうかあ、今夜はどこか宿にでも泊るかなあ・・・。タクシー待ってんですか?」
「いや、うちらはこれから入るとこ。でもどうするか迷ってんだけど」
 14時ジャストに金子会長に再び電話を入れる。ここの公衆電話は衛星回線を使用しているとかで、タイムラグにフェイントをかけられ話しがもどかしい。小堀氏から何らかの連絡があったことを期待したが、その後も連絡はないという。
「わかりました。それじゃこれから北沢峠に入ります」と言って電話を切った。
 とうとうバック・トゥ・ザ・北沢峠である。
 北沢峠行き最終便に客は10名ほど。乗り込んで出発を待っていると、この便に接続している甲府からのバスがやってきた。湿気でびっちょり曇ったバスの窓越しにドタドタと降りた乗客たちの影が待合室の方へ流れてゆく。誰もこちらには乗り継いでこないのかと思っていると、まだひとり青い人影が残っている。ひょっとして?と思って窓を開けると、やはりひょっとした。雨の中、戦い終えたマジンガーZのように四角い顔した小幡氏がヌッと地面に突っ立っていた。背にはいつもの青いデカザック。「モートー」と呼ぶと、ニカッと笑って乗り込んできた。
「あー、いましたか!」
 そして四方田氏とオレの顔を見て、
「これだけですか・・・?」
「まあね・・・」
 でも、まあ良かった。これで一応我が隊のメンツは揃った。小幡氏もアルカトラズへの道連れになるかも知れぬが、彼がいるなら心強い。
 北沢峠の幕場にはこの雨の中20張ほど張られていた。やはり三連休の北沢峠だけのことはある。しかし雨のためかどのテントも入口を閉じ、皆静かである。小屋泊りの客も少ない様子。一人用と二~三人用を二張設営して、二~三人用の方で三人で早々と飲みはじめる。他にやることもない。雨は相変わらず断続的に降りつづいている。16時と18時の定時にシーバーで呼びかけてみるが、まったく応答なし。もっとも七丈の小屋にいたとしてもここでは入感する可能性は薄いが。明日の頂上集合時刻は8時なので、2時半起床3時半出発ということにして、19時にはシュラフにもぐった。しかしシュラフに入ってもオレはなかなか寝つけなかった。小堀パーティーはどうしたのだろう? 七丈小屋で宴会してるのだろうか? それとも下りたのだろうか? 下りていれば奴ら今ごろ電車の中か・・・。いや、やはりあしたの朝頂上でモートーコールをかけてくるに違いない、きっとそうだ・・・、そう信じよう!、でなきゃやってられないゼ・・・。でも、ホントに来るかな? やはり下りちゃったんじゃないかな、予報が予報だもんな・・・。いやいや、そんなこたあないだろう、きっと登ってくる。そしたら一緒に下りることになるのかな。あっちのパーティーは、ええと・・・5人か。あっ、オレのくるまじゃひとり定員オーバーだぜい。マ、料金所通るときひとり後部座席の人の脚の下にでも隠せばいいか・・・。
 隣のテントからラジオのくぐもった音が小さく漏れてくる。ときどき音が高まって、どうやらヤワラちゃんが優勝したもよう・・・。そうか彼女とうとうやったか、3回目にして! ガッツあるなあ。うちらは2回目だもんなここ・・・。
 翌朝2時半に起きて外を見ると雨は降っていない。おお、このままもってくれるとありがたい。ラーメンを食い、予定より30分送れて4時出発。生憎小雨が降り出した。カイデンを点け、真っ暗な樹林の中を小幡氏先導で行く。このコースは小幡氏には年中行事になっており、もはや目をつぶってもコースから外れないので安心だ。北沢沿いから仙水小屋への上りにかかると森からあふれ出てくる水で道はところどころ沢化した。仙水小屋の前には起きぬけの登山者のシルエットが二、三人。道はその先で一旦緩やかになるが、そこまで来てオレの右足の付け根が痛みだした。これまでこの道を登ってキツイと感じたことはなかったが、今回は違う。足が故障してからこの方、運動量が減って体が寒冷地仕様へと変態途上にありその影響も大なることは確かなのだが、久しく忘れていた右足の付け根問題がここで浮上してくるとは思いもしなかった。少々ショックである。オレはぐんとスピードが落ち、先頭の小幡氏からみるみる引き離された。平坦な樹林帯を抜けると岩石の堆積する一帯にかかるが、石伝いに跳んで歩けないオレには苦手な地形である。じきに石の段差にも右足が上がらなくなってきた。途中で脱落するにしてもせめてここを越えた仙水峠までは頑張ろうと思ったが、それもどうも無理のようだ。これ以上行っては時間に間に合わなくなるし二人に迷惑がかかる。撤退を決めて、後ろから付いてきてくれた四方田氏にシーバーを渡し、申し訳ないが二人で行ってもらうことにする。今回は甲斐駒の頂上まで行けるかどうか初めから自信はなかったのだが、しかし早くも1時間で脱落とは何ともまったく情けない。
 下りは上りより難しいとはよく云われることだが、足が悪くなってみるとそれが痛切に解る。話は逸れるが、駅の階段などでも上りはなんとかなっても、下りは恐怖感が伴って時に足がすくむ。だから下りのエスカレーターは足の悪い人間にはとてもありがたいのだ。結局、足の不甲斐なさに気分がうなだれたことも手伝って帰りは往きの1.5倍もかかり、テントに帰り着いたのは薄暗さも消えようとする6時半だった。
 濡れた靴下を乾かしながらテントに寝転がっていると、二人は意外に早く10時半頃戻ってきた。さっそく話を聞くと、あれから二人はすっ迅ばして6時には駒津峰を越え、そこで定時の交信をしたが応答なく、さらに遅れてはならじと迅ばしに迅ばして甲斐駒の頂上に7時40分に着いた。そのとき登頂を祝うかのようにいっとき雲が切れて青空が見えたが、しかし寒いのなんの。ガタガタ震えながらそれでも8時5分まで頂上で待ったが、小堀パーティーも誰も現れず。そこで仕方なく再び降りだした断続的な雨のなか往路をすっ迅ばして駆け下りてきたとのこと・・・。
 そうかそうか、まっこと御苦労であった!。雨ニモマケズ、風ニモマケズ、よくぞ頂上まで行ってくれた。頂上に集中したのは二人のほかは雨風だけとは寒苦身に沁む思いであったろうが、しかし三峰の気概だけでも摩利支天に見せつけてやれてよかったよかった。我歓喜高如天、我感涙大量如海。謝謝、謝謝!!。小幡氏も、四方田氏も、苦労させて5年前と同じようなムナシイ結果になってしまったが、そのムナシサは胸にしまってこらえてくれ~い、よよよっ、と感極まって泣き崩れるオレであった。(ウソ)
 それからしばらくラジオのオリンピック中継など聴きながらウダウダと時間をつぶし、再び強まってきた雨から逃げるように13:15のバスで広河原に戻った。雨だれにうなだれた北沢峠よいざさらば。
 そして帰路、雨にけぶる芦安村の白峰会館でしみじみと温泉につかり、途中の飯屋でひしひしと慰労の乾杯をした。
 飯屋を出ると雨は止んでいた。高速のインターへ向かう途中、嵐が明けた正面の空には、うちらの気持ちを逆撫でするかのように、大きな虹がかかっていた。


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