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中央アルプス 摺古木山から南越百山
鈴木 章子

山行日 2000年11月3日~5日
メンバー (L)飯塚、福間、小堀、鈴木(章)

 このルートには心に残る思い出がある。その懐かしさも重なって、前回の光岳で傷めた脚のことも忘れ参加するが、相も変わらず前回と同じメンバー。気心が知れているのが長所、新しい情報に出会えないのが短所、そして何時も祈るのが全工程の好天気。
 13~14年前、胸突き八丁の頭から摺古木山まで一人で歩いたことがある。今回と逆コースだ。南越百山から摺古木山までの笹薮の中、出会ったのは男性の2人組パーティのみ。高く伸びた笹の中、忘れた頃に現れる朽ちかけた指導標。「私は本当に帰れるだろうか」と何度も考えさせられた。そのとき泊まったのが松川避難小屋。あの時もドアはなく雨風をしのぐ程度。その中にテントを張り不安な気持ちもあったが、疲れが重なり朝までぐっすりと寝させてもらった。下山して野田さんにこの話をしたところ、「私も行ったことがありますが女性一人で行くところではないですよ」と言われたことが思い出される。
 出来ればもう一度松川小屋に寄ってみたいと思っていたが、現在は廃小屋。松川乗越からわずかに残っていた踏み後はなく、緑の笹の中、遠くに丸い茶色に錆付いた屋根が見えるだけ。遠くからあの時の感謝の気持ちを伝える。山は数多く登ったが大きな一歩、心に残る山は多くない。私にとってこのルートは宝物の一つだ。

 前夜(2日)急行アルプスで新宿を離れる。翌朝飯田駅で飯塚さんが予約していたタクシーに乗る。運転手の話では、ここから光岳へ行く人も多い。光岳の方面は道が良く走り易い。料金も私たちが考えているほど高くないようだ。
 車は大平宿~摺古木自然園へと向かう。江戸時代、木曽へ行く唯一の街道、大平宿はその中間点、徒歩で一日のところ。現在は廃村になっているが当時の面影は充分あった。が、昨年不審火で焼けたと運転手は言う。大切なものを無くした様でなぜか寂しい。
 大平宿から自然園までの悪路、運転手は快く行ってくれる。本当に有難い。外は霧、今日は晴れると天気予報。沢沿いを車が通過したときカケスがゆったり飛んでいた。羽を広げたときの瑠璃色が美しい。
 車を下り自然園休憩舎で雨具を身に付け出発。山道は笹が良く刈り込んである。緩い登り道と小さな沢をいくつも横切る。水の豊富な山だ。摺古木山山頂への道は自然園経由で行く。霧は小雨に変わり天気の回復は望めない。しかし、紅葉と笹の緑が美しい。紅葉の時期としては本日は二重まる。
 摺古木山頂には立派なケルン。懐かしさよりも驚きが先に出る。さらに驚くことに安平路に向かう登山道は笹の刈り込みが素晴らしい。恐らく安平路を訪れる人が多くなったのだろう。刈り込みがしてあるなんて考えても見なかった。
 摺古木山から白ビソ山・安平路小屋までは平坦な道。予定より早く小屋に着く。少し時間が勿体無い気がしたが、昨夜は殆ど寝ていないので今日はここまで。小屋の中は先客1名、後客4名、そして私たち4名(私たちが一番若いようだ)。それでもう小屋は一杯。こじんまりしているが頑丈そうな小屋だ。ここのトイレは小屋の裏に穴が掘ってあり二本の橋が渡してあるだけ。それでも文句を言う人は今夜はいない。山登りのマナーを心得ている人たちばかりだ。夕食を済ませてから後客パーティ4人と煙い焚火を囲み暫くの間交流を深めるが、明日は早いからと全員8時半に床に着く。
 翌朝4時半起床。東の空が力強く明るくなっていく。快晴だ!!とんこつラーメンで力をつけ小屋を6時出発。途中で水汲み、トイレに走るが、約2名本日は不調。
 安平路山頂へは7時10分着。先に着いていた昨夜の小屋の人たちと話が弾みルートを誤る。反射板方面に下山していた。この道は手入れが良くつい誘われてしまうのは私達だけではないだろう。下山45分で見知らぬ小屋発見、すぐ引き返すが1時間半のロス。
 山頂で地図確認。正規ルートの指導標のお粗末さ、笹で道は不明瞭、要注意、要注意。
 折角戻ってきたのだからと記念撮影。気分を取り直して再出発。ここから先南越百まで背丈を越す藪の中、特に浦川から奥念丈までの藪はひどい。遠くで見ている限り笹は美しいが、体力がいる。下る時は泳ぐように歩けるが上る時は(私は)息を吸うと笹の葉が鼻に張り付く。どうも今回の笹薮歩きは今ひとつ私に合わない。私以外の3人は力一杯楽しんでいる様子。一人遅れながらも、このルートを歩いたことを思い出して心は十分楽しい。地図の予定時間よりかなり短い時間で歩ける。恐らく初心者が入らないように長めにしてあるのだろう。安平路でロスした時間は直ぐに取り戻せそう。
 松川乗越から2人と6人パーティに出会う。今回この山は賑やかだなーと思わせるほど明るいメンバー。振り返ればお互い藪の中から声が聞こえる。南越百も真近な所に黄葉した草原があり木曽谷からの展望が良い。ここで大休息。このままテントを張りたい気分。後一息、頑張らなくては・・・・・。
 夕風が出始める頃ようやく南越百山頂に到着。少し脱水症状とかなりのシャリバテ、しかし山頂から見る山々は美しい。朝からずーとお供してくれた大きな御岳、美しく連なる北・南アルプス、そして途中から顔を出した富士山、どれも懐かしいが又嬉しい。山頂で再度記念撮影。あと20分でテント予定地。頑張、頑張、越百小屋跡目指し下山。水場が近く、テントは3張張れそうないい場所だ。暗くなり始めたので、急いでテントの中に入り夕日を見ながら一杯。うまい!実にコーヒーがうまい!
「好天でなければ、あのルートは歩く気がしないね」
「雲ひとつ無い空って、今日の空を言うんだよね」
今日一日すべてに感謝。会話は少ないが手・口は忙しそう。暗くなってから3人のパーティが隣にテントを張る。空木岳から来たという。声の大きさはやっぱりこっちが勝っている。星空がきれいだったが、夜中にぱらぱらとテントを叩く音。
「アーア」
ため息に近い声。しかし、すぐに寝息と変わる。
 翌日は4時起床。今朝もとんこつラーメンで力をつけて6時20分出発。雲は低く、降られる覚悟で下山。ところが天気のやつ好い方に向かってくれた。ドンドン、ドンドン雲が切れてゆく、日の光は山々の紅葉を輝かせる、特に唐松の色は素晴らしい。この山域にはブナは見当たらない。何時もならブナの黄葉にこころを奪われるが、ここでは唐松の黄金色がまぶしい。青空のためか水の音も活き活きと響き、白い岩肌をアクアマリーンブルーの水が流れる。美しい、実に美しい。つい見惚れてしまうが、雨が降ればこの道は使えないだろう。「カモシカ落とし」など、危険な個所が多い。この道を開いた人に感謝。
 伊那谷は暖かい。「北風と太陽」の話さながら私たちの服を一枚一枚脱がせる。紅葉も下山すればするほど色を増す。錦の屏風のようだ。言葉が見つからない。
 林道を歩き始めて間もなくすると、父娘の親子が車に乗せてくれ温泉まで連れて行ってくれた。親切さと車はとても嬉しかったが、飯島駅までも紅葉が素晴らしく歩いても良かったねと全員少し後悔した。
 黄金色の山々、青い空、水も美味い、温泉も有る。のんびりするにも不満は無い。中央アルプスにまたまた惚れ込みました。まだ行ってない人、一度は行くべきです。

追伸
 私以外の3人の話では、飯島駅前の食堂で食べた「モツ煮」、安くて美味かったとのこと。

〈コースタイム〉
11/3 飯田駅 → 摺古木自然園休憩舎(9:15) → 摺古木山頂分岐(10:30) → 摺古木山頂(11:30) → 白ビツ山(12:30~12:45) → 安平路小屋(13:10)
11/4 安平路小屋(6:00) → 安平路山頂(7:10) → 反射板方面 → 安平路山頂(9:05~9:30) → 松川乗越(11:10~11:30) → 袴腰山(12:00~12:30) → 奥念丈岳(13:15~13:30) → 南越百山頂(15:25~15:50) → 越百小屋跡・幕場(16:20)
11/5 幕場(6:20) → 乙女の滝(8:30) → 林道出合い(9:45) → 風呂

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