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夏合宿 ― 黒部川上ノ廊下 ―
金子 隆雄

山行日 2001年8月11日~16日
メンバー (L)金子、鈴木(章)、藤井、野口、紺野

 沢登りを愛好する者なら誰でも一度は訪れてみたいと思うだろう憧れの地、黒部川の上ノ廊下へいまさらながらではあるが行ってきた。集まったメンバーは平均年齢を計算するのも恐ろしくなりそうなオジサン、オバサンばかり(私を含めて)。大丈夫かなとちょっと心配になるが、そこはそれ、そんじょそこらのオジサン、オバサンとはわけが違う、百戦錬磨の強者ぞろいなのだ。だが、直前になり「泳ぎなら俺に任せておけ」と豪語していた小堀が抜けてしまって大きな痛手だ。でも何とかなるさ、なるさ、なるよね、どうかな。

 10日夜に八王子駅に集合し車で出発。藤井さんは遅れるとのことで途中のサービスエリアで待ち合わせる。長野道の豊科ICで降りて七倉へと向かう。藤井さんの車を七倉にデポし、野口さんの車に乗り移って扇沢へと向かう。4時頃扇沢に到着、駐車場はほぼ満杯状態。ベンチで仮眠する。

 8月11日 晴れ 夕方小雨
 一番のトロリーバスで黒四ダムへ向かう。荷物は例によって後続するトラックに積み込む。いつものあの黒部に関する車内放送を聞きながら一眠りと思ったが、乗車時間が短いのですぐに着いてしまう。大勢の観光客に交じってダムへの階段を降りる。食堂で朝飯代わりにうどんを食べたが、高い・遅い・不味いと三拍子そろっていて朝っぱらからついていない。
 気を取り直して出発する。黒四ダムには幾度となく来ているがダムを対岸に渡るのは初めてだ。湖岸の道は最初はだらだら道だったが途中には急な梯子の登り下りがあったりして結構大変だ。観光船が黒部湖を行き来しているのが望まれる。12時の船に乗るつもりだったのでのんびり歩いていたが、だんだん10時の船に間に合うような気がしてきて、ならば急ごうということでピッチを速めた。平ノ小屋がすぐ近くに見えるまでになったが道は真っ直ぐではなく湖岸に沿って入り組んでいるため、やっぱりダメだと諦めまたのんびりする。平ノ小屋は建替え中だった。
 11時に渡船場に着いたが船が出るまでまだ1時間もあるので階段に座り込んでボーッと時間を潰す。後ろに座っていた関西から来たらしいオバサンが藤井さんを見て、吉川栄一さんじゃないですかと言う。えー全然似てないぞ。
 定刻になり小屋から人が来てやっと船に乗り込む。人数が多く一回では渡りきれず何回か往復するらしい。船内で乗船名簿を書かされたが、こんな船でも乗船名簿を書くのかと驚く。行先を見ると上ノ廊下ヘ行く人が結構多い。15分程で対岸に着く。ここから奥黒部ヒュッテまでの道がまた大変で、いたる所で崩れた箇所を迂回するために梯子の登り下りがありもう勘弁して、と言いたくなる。途中で河原に下りて歩く人たちもいたが、その方が楽だったかも知れない。やっと梯子から開放されると日本庭園のような素晴らしい景色が広がる。間もなく東沢谷だ。東沢谷の河原にいい場所があったのでテントを張ったが間もなく雨が降り出す。奥黒部ヒュッテの管理人がやって来て、ここは雨が降ると危険だと言うので忠告に従って奥黒部ヒュッテのテント場へ移動する。テント場も悪い所じゃないが焚火ができないのが残念だ。

 8月12日 小雨のち晴れ 夕立あり
 いよいよ今日から本格的な溯行が始まる。まだ雨が残る中、踏み跡を辿り東沢谷に降りすぐに黒部川本流に出る。しばらくは広い河原が続く。水量は少な目のような気がするが、奥黒部ヒュッテで聞いたところでは例年並ということだった。熊ノ沢は気づかないまま過ぎてしまいやがて下の黒ビンガにかかる。水量のせいか、さほど苦労もなく通過できた。
 最初の難関の口元のタル沢出合いに着く。対岸の枝沢は雪渓で埋まっている。この先は短いが結構厳しいゴルジュとなっている。右岸を胸まで浸かりながら流れの中央にある岩に這い上がる。更に激流の渡渉となるが、さすがにザイルなしでは厳しいのでザイルを使う。その後も何度か厳しい渡渉を繰り返し、廊下沢出合いを過ぎると広大な河原となる。川幅は200m以上もあるのではと思えるこの場所は、黒五と呼ばれていた自然ダムの跡ではないかと思う。
口元のタル沢出合いのゴルジュ  中ノタル沢出合いを過ぎ左岸の赤いガレを見送りしばらく行くと素晴らしい景観が広がる。上の黒ビンガだ。雄大、荘厳、何と言い表したらいいのだろうか、私は未だこのような景色を見たことがない、畏敬の念さえ湧き上がる。写真に収めようとするがあまりの大きさに全貌が収まり切らない。景色に見とれながら渡渉を繰り返して行くと左岸の花崗岩の側壁より美しい滝が、更にその先には苔むした黒いスダレ状の滝が対照的な美しさを見せている。
 やがて金作谷出合いに着く。時刻はまだ正午だが予定通りここに泊まることにする。モレーン状の台地は格好の幕場を提供してくれているし、焚き木も豊富にある。天候も回復し夏の暑い日差しが降り注いでいるので濡れた物を全て広げて乾かす。
 口元のタル沢ではすぐ後ろにいた4~5人のパーティが3時間ほど遅れて通過して行った。16時頃から激しい夕立となり一気に増水してくる。今日は岩魚が釣れなかったのでトビウオの干物で我慢する。

 8月13日 晴れ
 朝になると水も引いて昨日と同じ水量になっていたが、心なしか濁りが取れていないようでエメラルドグリーンの水の色は戻っていなかった。
 今日の溯行は核心部のゴルジュから始まる。金作谷の先のゴルジュはどう頑張っても泳ぐしかないようだ。真夏とは言え朝一番の泳ぎは気が進まない。皆なんだかんだ言って泳ごうとしない。そんな中、藤井さんが意を決してザイルを付けトライする。一回目は対岸の岩をつかめず失敗して流されて戻って来る。再度のトライで対岸に渡ることができた。残りの連中はザイルで引いてもらえるので水の冷たさだけ我慢すればよいので楽なもんだ。更にその先にも泳がなければ通過できない所がある。ここは紺野さんに頑張ってもらった。左岸のテラスに這い上がってそこから飛び込んで流れの中央にある岩に這い上がる。しかし紺野さん、ザックをテラスの上に残したまま飛び込んだので後続がザックの回収を試みるが流されてしまいなかなかテラスに這い上がれず諦める。全員泳ぎ渡ってから紺野さんはザック回収のため再び飛び込んで行った、ご苦労さまです。
金作谷出合い先のゴルジュ  次の淵は泳がなくても左岸をへつって越えることができたが、野口さんと章子さんは泳ぎたいらしく上流から流したザイルに引かれて泳ぎ渡って来た、何ともご苦労なことです。これでゴルジュは終り開けてきて陽も当るようになる。
 ゴルジュ内は陽が射さず、また水に浸かりっぱなしだったので日向で休んでいても震えがなかなか止まらない。ゴルジュを抜けた所に高台があり幕場に使えそうだ。しばらくは淵やトロもなく順調に進む。
 右岸より枝沢が入るとその先が深い淵となっている。左岸に残置ピトンがあるのでそれを利用してへつって通過する。右岸より赤牛沢が出合うと続いて岩苔小谷が出合う。岩苔小谷から先はへつりが多くなる。右岸、左岸とへつりを繰り返して行くと左岸より大きな滝で出合う沢が流入し、その少し先には立石奇岩がいつ崩れるかわからないような危うさで聳えている。平凡になった流れを坦々と歩きながら幕場を探す。左岸に砂地のちょっとしたスペースがあったので行動を終了する。砂地で寝心地は良さそうだが増水したらやばそうな所だ。この日は夕立もなく焚火も調子良く燃えてくれた。

 8月14日 晴れ 夕立あり
 今日も天気がよい。出発して間もなく大きな淵を過ぎるとゴルジュっぽくなり、やがてE沢出合いとなる。特に困難な所もなくD沢、C沢と過ぎて行く。右岸から入る沢を数えていったが一本沢が多いようだ。大きな淵を左岸よりへつってクライムダウンして降りるとB沢出合いとなる。古い残置のシュリンゲがあるが信頼できそうにないので使わないほうがよいだろう。
 ここからは登山道が通じているので人が多くなる。なおも水線通しに進んで行くとA沢が出合い、その先からはまたあの澄んだエメラルドグリーンの水の色が戻ってきた。登山道を行くのも水の中を歩くのも同じなので、真夏の太陽を映してキラキラと輝く水の感触を楽しみながらジャブジャブと歩いて行く。途中の深い淵は登山道を利用して迂回したが、藤井さん、紺野さんは泳いで突破したようだ。
 やがて遠くに薬師沢出合いに架かる吊橋が見えてくる。薬師沢出合いには大勢の登山者が小屋にも河原にもいたが、我々は休みもせずにこの場所を足早に通り過ぎる。ここから先はもう源流域となる。
 穏やかな流れを坦々と溯って行くと下降してくる登山者に会う。溯行者には見えず、足回りは登山靴だ。えっ、と思ったがこの後も何組かの下降してくるパーティに会ったので岩苔乗越から薬師沢までの下降路として使う人が結構多いようだ。中には子供連れのパーティもあり、彼らは東沢谷を溯行して源流を下降して来たそうで畏れ入ってしまった。
 赤木沢出合いには川幅いっぱいの1mの滝があるが、誰が言ったかこの滝はミニナイアガラの滝と言うらしい(本当か?)。赤木沢はゴルジュで中はよく見えないが大変美しいそうなのでいつか溯行してみたいものだ。3mの滝を左端より簡単に越えるとまた滝が現われる。この滝は登るとしたらちょっと厄介で、右壁に残置のシュリンゲが垂れているが、先に登った人が下に戻していないため届かない。左岸に簡単に捲ける捲道がついているのでこれを使って捲くことにする。捲道は田んぼのようにドロドロだ。
赤木沢出合い付近  兎平を過ぎると高原の中の穏やかな流れとなり、下流、中流域のような威圧感もなくなりのんびりできそうだったので竿を振りながら行く。次々に毛鉤に飛びついてくる岩魚たち、しかし腕が悪いのかちっとも釣れない。竿をしまい先に行った皆に追いつこうと急ぎ足になる。五郎沢手前で藤井さんに追いつく。五郎沢出合いには良い幕場があったが、3人はもっと先に行ってしまったようである。祖父谷を過ぎた所でようやく追いつき、今日は祖父平辺りで泊まることにする。湿原の端の藪っぽい所にテントを張る。虫が多くて快適ではないがガマンするしかない。今日も雷を伴った夕立に降られ焚火もショボショボだった。

 8月15日 晴れ 夕立あり
 さすがに黒部川は長い、溯行を始めてから4日目だというのにまだ沢の中に居るのだ。今日は長丁場だと判っているのに出発した時刻は既に7時半だった。巨岩帯で次第に高度を上げていく沢を登りつめ、ようやく登山道に出合った頃には相当バテがきていた。疲労が蓄積してきているためだろうか。
 右へ行けば三俣蓮華岳、左は祖父岳、真直ぐ行けば岩苔乗越だ。沢はまだまだ続いているが、ここからは登山道を行くことにする。岩苔乗越まではえらく長く感じて、着いた時はもう一歩も歩きたくない気持ちだった。大休止とする。黒部川の最源流は鷲羽岳の斜面で、ここの大岩には赤ペンキで「黒部川はここから初まる」と書いてある。字が違っている気もするがご愛嬌ということで勘弁しよう。  ようやく再び歩き始めようという気力が戻ってきた頃重い腰をあげて下山にかかる。と言ってもここからすぐ下りになるわけではなく、下山路に予定している竹村新道まではしばらくは稜線上の登山道を歩かなければならない。水晶小屋まではまあ何とか順調に来た。小屋で休んでいるとなんだか怪しい雲行きとなってきて遠くに雷鳴も聞こえる。近くにテント場はないし、適当な場所に無理やり幕営しても水がないので辛い、湯俣までなんとしても降りなければならないようだ。
 水晶小屋から一旦急下降し、緩く登り返して真砂岳の山腹を巻いて竹村新道に入る。この竹村新道がまた曲者で最初は良かったが、アップダウンが激しく入山5日目の中高年にはかなり厳しい。南真砂岳に着かないうちに本格的な雷雨となってきた。雷に怯え、顔の周りに群がる虫を払いつつ、ズルズル滑る道を下って行くのは精神的に滅入ってしまう。湯俣岳まで来てようやく雨が上り、少し気分的に楽になるが、この先は更に急傾斜の道となる。長く辛い急下降に気力も尽きかけたころ、ようやく湯俣に着いた。暗くなる寸前だった。あーこれで終ったと思ったが試練はまだ続くのであった。
 薄暗い中、テントを張っていると目に見えないような小さな虫にあちこちと刺されまくる。一息ついてとりあえず風呂にでも入ろうということになり晴嵐荘の風呂に入る。風呂上りはやっぱりビールでしょ、と考えたのが間違いの元だったか。食堂には『冷えたビールあります』とのお品書き、値段は5百円でまあ相場だしこれは飲まねばと注文する。しかし、それ以後の従業員の対応が非常に不愉快なものだった。外にあるから自分で持ってこいと言う。忙しいならまだわかるが自分は雑誌読みながら酒飲んでいるだけだ。紺野さんが取りに行ってきてくれたが、その缶は何と発泡酒だった。従業員に問いただすと面倒臭そうにそれしかないと言う。またまたカチンときた。いらないから金返せと言いたかったが、やはり飲みたいので我慢して飲む。しかしやっぱり騙されたという気持ちが強いので聞こえるように文句を言っておいた。そうしているうちにその従業員、何かの拍子に飲んでいた酒をひっくり返してしまった。それがさも我々のせいであるかのようにイライラし始め、遂に我々以外にもまだ食堂に人が居るというのに照明を消してしまった。消灯は9時と書いてあったのでまだ1時間ちかくもある。なんともあきれ果てた奴だ。もうこれ以上関りたくないので食堂を後にしてテントに戻る。しかし、こいつの嫌がらせはこれで終りではなかった。

 8月16日 晴れ
 朝トイレに行こうとすると掃除中なので使えないと言う。1時間後に行くとまだ掃除中なのでダメだと言う。これはいくら何でもおかしいと感じた。だいたい宿泊客やテント場利用者が一番多く利用する朝の時間帯に掃除するというのが普通では考えられない。普通は利用者の少ない日中にやるでしょう。
 出発前に水を汲もうと水場に行くと水が止められている。これらは私の考え過ぎかも知れないが、昨日のことがあったので意図的に嫌がらせをしているとしか思えなかった。
 後味の悪い思いを残したまま湯俣を出発する。高瀬ダムまでは結構長いが平坦な道なのでただ黙々と歩いているだけでよい。高瀬ダムには夏のシーズンにはタクシーが客待ちしているので、2台のタクシーで七倉まで下る。七倉に駐車しておいた車で扇沢の車の回収に向かう。扇沢は駐車場の少し手前から大渋滞だった。車の回収後に薬師の湯に寄って、八王子駅で解散となった。
 今回の沢旅は大変満足のいくものではあったが、入山・下山は結構大変だったので普段の体力維持の必要性を痛切に感じた。(いつも感じているが何もしない私って・・・)

〈コースタイム〉
11日 黒四ダム(7:15) → 平の渡し(11:00~12:00) → 奥黒部ヒュッテ(14:00)
12日 奥黒部ヒュッテ(7:05) → 口元のタル沢出合(8:55) → 中ノタル沢出合(10:50) → 金作谷出合(12:00)
13日 金作谷出合(7:00) → 赤牛沢出合(11:20) → 幕場(E沢出合の少し前)(14:40)
14日 幕場(7:30) → 薬師沢出合(9:30) → 赤木沢出合(11:30) → 祖父平(14:00)
15日 祖父平(7:30) →岩苔乗越(11:05) → 真砂岳(竹村新道分岐)(14:30) → 湯俣(18:50)
16日 湯俣(8:00) →高瀬ダム(10:15)

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