トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ309号目次

救助訓練2002 その一
委員長・服部 寛之

山行日 2002年6月9日(日)
場所 丹沢・水無川モミソ岩(モミソ沢出合の懸垂岩)
指導担当 紺野
メンバー (L)服部、天城、金子、越前屋、小幡、高橋(俊)、土肥

 三峰は単なる仲良しハイキングクラブではないので、会として遭難救助に出動できる能力は常に維持しておかねばならない。その意味で、救助訓練は会の訓練山行の中でも重要なものだ。特に沢など難しい現場での二次遭難を避けるためにも欠かすことはできない。
 救助訓練というと、皆が皆ロープを使った岩場での行動に通じるようにならねばならないと考える人もいるようだが、それは違う。岩場での技術は救助技術の一部でしかない。易しいハイキングでも救助が必要となる場合はいくらでもあり、そういうときに役に立つノウハウもいろいろあるのである。そしてそれらは自分でやってみなければわからない。本を読んだだけでは実際には無力なのだ。
 救助訓練では毎年委員会が訓練内容の大枠を決めたうえで参加者を募集しているが、しかし顔ぶれに合わせて内容を対応させているので、自分はお呼びじゃないなどと考えずに参加して欲しい。救助訓練も救急法の講習もそうだが、遭難の場に居合わせることになったとき、実際にやっておけば何がしか役に立つ。自分が怪我をした場合でも、手をこまねいている人にどうしてもらいたいか具体的に言うことができるだろう。救急車もヘリも来られない現場で、それができるかできないかの差はものすごく大きいのだ。

 今年の救助訓練は、当初8日~9日の2日間を予定していたが、募集後の相談の結果9日だけとなった。8日の午後6時(紺野・天城+服部車)と10時(金子・小幡・高橋+越前屋車)に渋沢駅で待ち合わせ、幕営場所の戸沢出合に集合することになった。土肥さんだけは翌朝モミソ岩で合流の予定である。先発組が7時過ぎに戸沢出合に行ってみると、意外にもたくさんのキャンパーのテントが軒を連ね宴たけなわ状態。かろうじて駐車場の隅に2張分のスペースを確保した。学校が週休2日制となってファミリーキャンパーが増えたのだろうか?
 翌日は朝から晴天。各自簡単な朝食を済ませ、ただちに撤収。まだ前夜祭のヨインから立ち直れずにいる人もいたが、構わずモミソ岩へ移動する。アタマが疼いても文句を言わずちゃんと動くところはなかなか見上げたものだ。その点は毎回感心する。
 戸沢出合からモミソ岩入口の新萱橋まではクルマで2分。モミソ岩はモミソ沢の出合にある懸垂岩のことだが、新茅ノ沢が水無川の左岸に出合うところの対岸に立っている。昔から知られた岩の練習場だ。橋で皆を降ろし、クルマは3~400m大倉寄りの駐車場広場(烏尾山登山口)に停める。既に1時間ほど前大倉バス停から歩きだしている土肥さんを服部車が迎えにゆくと(戸沢出合では携帯電話が通じる)、ちょうど龍神の泉のところでピックアップとなった。
 モミソ岩には、20人ほどのおじさん・おばさん集団とお怒りムードの先生らしき人物に率いられた高校生グループが先着していた。怒りながら教えたら楽しい岩登りがつまらなくなって生徒たちがかわいそうじゃないか!と思いつつ、高校生たちのザイルが垂れる隣の岩棚を占拠して訓練にはいる。岩場前の釜には既に初夏のパワーをもった陽光がキラキラ反射し、そよ風に揺れる周囲の森からはウグイスやミソサザイの歌が流れてきて、なかなか気持ちの良い舞台である。
 今回、訓練内容の立案は企画委主任の紺野氏に担当してもらった。(立案に当っては紺野氏ひとりに負担がかかってしまい、委員長としては委員会の運営方法に配慮が足りなかったと反省しています)訓練の状況設定は「沢の途中でメンバーが怪我をし、安全に下ろす」というもの。まず、片手が使えなくなったときの下降方法で、半マストを利用しての片手懸垂を練習。全員片手でセッティングして下降する。
 つづいて両手を使えない負傷者に一人がつきそって下ろす練習。これは、トップロープにつないだ負傷者を確保者一名が降ろし、負傷者が振られないようもう一名がつきそって降りるというもの。付添人は片手で負傷者を支えながら半マストで片手懸垂し、状況に応じて両手でも対応できるようプルージックを併用する。これを何組か繰り返す。
 次に、負傷者を背負っての懸垂下降。これは文字通り人をおんぶして懸垂で降りるのだが、負傷者を輪にしたザイルを使って背中に固定したうえで、さらに安全のためトップロープの確保を付ける。これも何組かで練習したが、意外にも一番大変なのは負傷者を背負って立ち上がるときだったりした。練習ではふらつきながらフーフーいって立ち上がる様子を笑って見ていられるので、下降者役・負傷者役以外は楽しい。背負われて降ろされる側はスリルを感じるようだ。
 そして、午前中の最後に、3分の1(4分の1?)の力で引き上げる方法でザイルをセットして負傷者を引き上げる練習を行なった。これは70m超の長い沢の場面を想定し、2本のザイルを連結して1本にしたものに負傷者をつないで引っ張り上げる。ザイルのセッティングもやや複雑だが、最大のポイントはザイルのつなぎ目がカラビナのところ(3箇所ある)にやってきたときに如何に通過させるかにあった。これは別に用意したブレーキに一時的にメインザイルの負荷を代替させることで解決できる。しかし計算上は負荷が小さくなるとはいえ、一人の体重に岩やカラビナとのザイルの摩擦も加わるとかなり重く、引き上げ役は4~5人必要であった。
 昼の休憩になると、俊介くんは早速パンツ1枚になって釜に飛び込んでいたが、沢の水はまだ結構冷たかった。昼メシ後は各自昼寝や日向ぼっこでゆっくりする。
 午後からは、ハングの個所を利用して墜落時のプルージックによる自己脱出をしばらく練習。そして最後に持参した角材とザイルで担架作りを練習して終わりとした。クルマに引き上げてきたのは3時頃だったと思う。
 そして、渋沢に来たときの通例通り「いろは」に直行して乾杯したが、夜8時半からワールドカップの日本対ロシア戦が予定されていたので、あまりゆっくりせず引き上げた。お疲れさまでした。

(尚、横浜国際総合競技場でのこの試合で日本はロシアを1‐0で破り、念願のW杯初勝利をあげた。日本は後半6分にMF稲本のシュートで先制、逃げ切った。これで日本は勝ち点を4に伸ばし、決勝トーナメント進出に向け大きく前進したのであった)

救助訓練2002 その二
越前屋 晃一

 いよいよ沢登り・岩登りシーズン本番をむかえて恒例の救助訓練が丹沢で行われた。前日8日夜、渋沢駅を先発(6時)、後発(10時)の2隊に分散して戸沢の出合に集合、幕を張る。
 この訓練の設定と課題は沢を遡行中にパーティーに負傷者が出て遡行困難になったとき、負傷者を迅速に安全な場所に移動し救助する能力を会員が身につけること、あるいは確認することに置かれた。
 翌朝、モミソ沢にある懸垂岩に移動し、紺野氏がチューターになり、照りつける日差しのなかで訓練は実施された。

 訓練メニューは次のとおり。
(1)片手が使えなくなったときの片手懸垂下降
 本来、懸垂下降自体は下降器あるいはカラビナなど代用品を使っておこなう場合(肩がらみ懸垂以外の時といってもよいであろう)は片手でするものだ。しかし、その場合バランスをとるために残された手を下降器の上のロープに添えていることが多い。
 この手が使えないときのバランスのとり方、さらには各人には得意な手での下降があるが、その手が怪我で使えなくなったときには左右どちらの手でも片手懸垂ができるようにトレーニングを繰り返した。
 なお、紺野氏からはこの片手懸垂をする場合に、「半マスト」を使用することが提起されている。細いロープ、1本のロープ、重いザックなど条件が重なったときに制動がきかなくなる事があるからだという。過去に彼自身がきかなくなった制動に手を血に染めた経験があったのだそうだ。
 ただし、付け加えておかなければならないが、半マストの懸垂下降のロープにかかる負担は大きい。使用は必要最小限にとどめておくべきだろう。

(2)両手をつかえなくなった負傷者に介助者がついて下ろす
 3人1組でおこなう。しっかりした支点を2ヶ所つくる。1つの支点を使って負傷者を半マストで確保して下ろす。介助者はもう1つの支点で懸垂下降しながら負傷者のハーネスを持つなどして安全を確保する。この場合両者の間をスリングで固定しておく必要がある。両手の使えなくなった負傷者は思わぬ所で身体を振られて介助者から離れてしまうことがあるからだ。

(3)自力で動けない負傷者を背負って下りる
 加重がさらにおおきくなる。支点はより念入りなものにして2人の体重に耐えられるようにしておく。
 ロープをループに捲いたものを半分にわけ負傷者を座らせ背負う。肩から前に回ったロープはスリングとカラビナを使い固定する。
 もう1人いた場合は上から半マストなどで確保して下ろすことが出来る。2人だけのときは、マッシャー結びあるいはシャントなどでバックアップをとり慎重に懸垂下降する。この時負傷者のハーネスからもスリングでのばしたカラビナを8環にかけておく。

(4)負傷者を3分の1の力で引き上げるシステム
 理論的には3分の1にすることができるはずだが、滑車をもっていない場合、カラビナを使ってのシステムになる。沢登りの現場で滑車を持っていることは多くないだろう。結果としてカラビナとロープの摩擦、岩とロープの摩擦で3分の1の力では引き上げることができなくなると考えておいたほうが良い。
 さらに、今回の設定では墜落者が70メートル下にいるものとして、ロープを結びつないでシステムを通過させることにしたが、極めて複雑な通過システムを3度にわたって繰り返すために多くの時間と労力を要することがわかった。事故現場で使うためにはかなりの習熟を必要とするだろう。

(5)宙吊り状態からプルージック結び、捲きつけ結びなどを使いロープをずりあがる脱出
 ロープスリング、テープスリングなどの太さ、幅、捲きつけ回数を変えてみて、もっとも自分に合ったやり方をマスターしておく必要がある。いかなる場合も自己責任で問題を解決すべく努力することが遡行あるいは登攀のマナーであろうからだ。

(6)ロープを編んで担架をつくる
 豆講座でやった棒状のものの結び方(角結び)を使って担架の外枠をつくる。ロープの末端を外枠頭側に固定し、ロープをハンモック状に編み上げる。
 下ろした負傷者を乗せて車などを入られる場所まで移動する。

 おこなわれた訓練はロープワークが中心になった。勿論、時間の制限などにより残された課題もまだある。しかし、大事なことは共通の意識で救助という課題を考え直す機会を持てたことではないだろうか。
 実際、負傷者を引き上げる作業の労力はあまりにおおきい。このこと知れば「安全登山」という言葉の持つ意味の大事さがわかってくると思う。スローガンはスローガンで終わってはならないのだ。
 一人でも多くの会員が「救助訓練」に参加することが会の意識とスキルの向上につながるはずだ。救助活動は会員のさまざまな協力なしはありえない。

 ある人がしみじみ話していたことがあった。新人時代に救助の現場に出たときの話だ。「きみはここで待っていてくれ」と言われたという。
 「もともと自分は岩登りをするつもりはなかった。しかし、救助の最前線に立つことの出来ない自分が歯がゆかった、残念だった、くやしかった」と彼は語った。彼の岩登りはそこから始まったのだそうだ。
 もちろん、みんなが最前線に立つべきだというわけではない。もっと役に立ちたい、自分にもできることが何かあるはずだという思いに打たれるものがあった。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ309号目次