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田代山探鳥ハイク
服部 寛之
山行日 2002年6月2日
講師 石井省三氏(日本野鳥の会・茨城支部副支部長)
メンバー (L)服部、小堀、西尾、四方田、山口、遊佐、別所、箭内、広瀬(優)、鈴木(章)、牧野、藤本

 探鳥山行のアイデアを思いついたのは昨年(2001年)の5月だった。その月の半ば、富士山五合目の奥庭と山中湖近くの探鳥スポットを鳥キチの義弟に案内され、それが意外と面白かったのがきっかけである。義弟の鳥好きは筋金入りで、これまで見た鳥はナンと1300種! 鳥を見ることに無上のヨロコビを感ずるらしく、鳴き声はもちろん、シルエットを見ただけでも判別できるというから恐れ入る。彼に言われるまま、野鳥の水浴び場から少々離れたところに陣取って双眼鏡を構えていると、今やって来たのは○○で、××の特徴があり、生態は□□だと、即座に横から解説が流れてきてすごくよく解かる。全自動野鳥解説機を装備しているようなもんだ、などと言っては申し訳ないが、しかしその道の精通者と一緒だと知らぬことでもこうも楽しいものかと、いささか驚いたのであった。
 これを山でやってもらえたらさぞ面白いのではないか。そう思って、会で少しその話をしたら結構乗り気な人間がいることがわかった。そこで、山好きの探鳥家を紹介してくれるよう義弟に頼んだところ、連絡をつけてくれたのが、彼の古い探鳥仲間で日本野鳥の会茨城支部の役員をなさっている石井省三さんだった。石井さんと連絡が取れたのは6月も半ばにさしかかった頃だったが、一方義弟からは、「山での探鳥が面白いのは7月末頃がいちばんで、8月になると鳥は鳴かなくなり、9月では鳥は山を下りてしまう」とのアドバイスを受けていた。7月~9月の例会スケジュールはもう決まってしまっており、沢登りに忙しいシーズンでもある。先方のご都合もあることであり、相談の結果、翌年のゴールデンウィーク明けの時期が良いだろうということになって、4月~6月期の例会計画の時期に再度連絡させてもらうことにした。そして今年2月の再連絡で、期日は6月2日、場所は田代山に決めさせてもらった。
 足掛け1年、期待がふくらんだ計画であったが、実際の探鳥行はその期待以上に楽しく印象深いものとなった。

 山頂湿原で広く知られる南会津の田代山は、バードウォッチングの世界でも恰好のフィールドとして知られていることは今回初めて知ったが、東京から日帰りするとなるといささか遠い。それに「野鳥を楽しむのであれば出発は早ければ早いほど良いのが鳥見行の鉄則です」とのコメントを石井さんからいただいていたこともあり、「前夜発、猿倉北登山口駐車場で幕営、3時45分起床、夜明けの鳥のコーラスを聴き、簡単な食事後即撤収、5時出発」というスケジュールを立てた。講師の石井さんとは2日朝現地の駐車場で落ち合う手筈である。夜明けの鳥のコーラス云々というのは、それを聴いて何種類くらい居るのか見当をつけるのだという義弟からの入れ知恵である。
 出発した1日夕刻、東京は晴れており、翌日の天気予報も良好であったが、しかし東北道の宇都宮ICにさしかかった辺りから雨となり、一時はワイパー最速級のすさまじい降りとなった。西那須野塩原ICを降りると小降りになったものの、湯ノ花温泉を過ぎ田代山林道に入ってもまだ小雨がおちていた。雨天は鳥見には具合悪いのであすの天気が心配であったが、悪いことは重なるものだ。登山口まではまだだいぶありそうな地点で工事のため林道が通行止めとなっていた。仕方なく、鍵付きの鎖ゲート前で幕営とする。石井さんも朝方ここには来るはずなので間違いなく合流はできるだろうが・・・。ホトトギスの鳴き声の響くなか幕を張り終えると、「あすの朝早いから」とすぐシュラフに入る良識があったのはアッコさんだけであった。図らずもあとは全員「過去のことは忘れて物事は前向きに考える?」タイプの人間であることがわかった。懲りないメンメン11人が入った4‐5人用スタードームテントは限界に近かったように思う。幸いにも多少の良識的判断が可能な小生はまもなくひとり抜け出て寝たが、あとは何時まで呑んでいたのか分からない。眠りに就いたとき外では宵っ張りのホトトギスがまだ鳴いていたが、暗示的な「うづきどり」という異名を思いだして残りの者たちの行く末を、一瞬、心配したのであった。
 3時455分に起きると、まだ小雨が残っていた。懲りないメンメンはまだ肝機能の回復にグースカ取り組んでおり、前向きに考えるどころではないようなので放っておく。鳥は少し鳴きはじめたが、雨の所為か思ったほどではない。先日三ツ峠で迎えた朝は、一斉に野鳥の大コーラスが湧き起こって、それはそれはすばらしかった。今回もそうなることを期待したのだが、雨では鳥だって歌う気になれないのだろう。4時半頃ヘッドライトを点けた石井さんのクルマが到着。まだ薄暗くてお顔がよくわからないが、一応挨拶をする。「雨では動けないのでしばらく待機してましょう」ということになり、私はこの先の工事現場の様子を見にゆく。工事は法面工事で、機械が一台道をふさいでいるが人は通れるのを確認。戻ると西尾さんが起きていた。西尾さんは自称「元日本野鳥の会不良会員」だそうだが、しかしさすがにいろいろと鳴き声をご存知で、さっそく教えてもらう。そばから漏れ聞こえてくるイビキに、不良といっても程度はいろいろだなあと、朝から感慨がふかい。
 空が明るくなり雨が上がってきたので、皆を起こして撤収の号令をかける。案の定、一様にキビシイ表情でのたりながらテントをたたみお湯を沸かしていると、白いヘルメットをかぶった工事作業員風の人がやってきて、登山口まではここから歩いて1時間半ほどだと教えてくれた。ここには昨夜からうちらの他にも単独行の人のクルマともう1台ワゴン車も停まっていたが、新たに別パーティーのクルマも到着して、うちらを尻目に次々に出発して行った。
 簡単な食事がようやく終わり、さんざんお待たせした講師を皆に紹介する。石井さんは50代後半くらいの穏やかな方だ。タイプも感じもちょっと岩崎元郎さんに似ている。挨拶が終わると、さっそく石井さんから鳥についての話となる。
 「鳥は人間と同じく視覚と聴覚によって生活しています。同じ脊椎動物でも嗅覚が発達した犬などとは違って、感覚が人間に近いんですね。犬などは白黒で物を見ますが、鳥は人と同じくカラーで物を見ています。きれいな羽をもっているのは一般にオスで、色とさえずりでメスにアピールするのです」
 いきなり印象的な話で始まった。鳥が人と共通の感覚を持っているなどとはこれまで考えたこともなかった。また、鳥は光に反応して行動するので、雨や曇りでは夜が明けても活発にはならないという。今日のような日はこれから陽光がでるにつれ活発化してくるとのことで、ということはすなわち、うちらのようなあくなき夜宴型パーティーにとっては朝まで雨が残ってくれてかえって好都合だったということになる。鳥は年中早起きかと思っていたが、朝から雨だと不活発という点はうちらと共通している。
 各自持参の双眼鏡や石井さんが用意してくださった三脚付望遠鏡(20倍のスポッティングスコープ)の使い方の説明をうけたあと、出発する前に全員1分間目をつぶって何種類の鳴き声が聞こえるかというクイズをやる。3~4種類という者が多かったが、石井さんの答えは7種類。「慣れれば誰でも判るようになります」と言われるが、うちらの耳にはさえずりや声質の違いが判然としないのだ。外国語と同じく鳥語に対する耳ができていないということなのかも知れない。
 出発したときにはまだ曇っていた空も、まもなく雲が取れてすっきりとした青空が広がった。雨に洗われた大気がすがすがしい。周囲のあちこちから聞こえてくるさまざまなさえずりに、足を止めてはこれは何、あれは何と図鑑で声の主を確認しながら行く。これまで林道を歩いていても真剣に鳥の声に耳を傾けたことなどなかったが、注意して聴いてみるとどれも個性的で、声の主がわかると楽しくもある。お話では、鳥の声には「さえずり」と「地鳴き」の2種類があり、さえずりは繁殖期のオスが発するもので一年中聞けるものではないという。そしてその意味するところは、メスに対するラブコールと縄張り宣言だという。英語ではさえずりのことをSONG、地鳴きをCALLと呼んで区別すると聞き、「なるほど!」と両者の違いを合点した。さえずりは歌なのですね。歌で意思疎通をはかるとはまるでオペラではないか! そう思うと愉しい。朝から恋の歌とは女たらしのフランス人も顔負けではないか。ならば昨夜の「トッキョキョカキョク」は夜の窓辺のセレナード? イタリア野郎もびっくりだ。人間もうまく歌えると気持ちいいが、鳥も結構気持ちいいのかも知れない。ときにはメスなど関係なく好きで歌っている奴もいるのではないか、生き物なのだから。鳥にインタビューできるなら是非聞いてみたいものだ。
 そんな具合に鳥たちの歌を聴きながらしばらく行くと、谷側の樹林がきれて見晴らしの効くところがあり、そこでオオルリの歌が聞こえてきた。石井さんが双眼鏡で覗くとすぐに発見。手早く望遠鏡をセットして見せてくれる。丸い画面の中には、緑の梢で空に向かって盛んにさえずる姿が鮮やかに捉えられていた。朝日を浴びてルリ色に輝くその姿を、私は終生忘れないだろう。宝石のような衝撃的なうつくしさに、皆感嘆するばかりだ。しばらくそこで代わるがわる望遠鏡を覗いたり、それぞれの双眼鏡で眺めながら、飛んで行ってしまうまで溜息をついていた。
 その幸せな邂逅のあとも、ところどころ見通しのきく場所でオオルリの姿を望遠鏡で見ることができた。オオルリは梢にとまって縄張り宣言をする習性があるので見つけ易いのだそうだ。実際オオルリは姿もうつくしいが鳴き声もうつくしい。この日は幸運なことに同じくさえずりがきれいなコマドリとキビタキの声も聴くことができたが、この2種とオオルリとを合わせて三鳴鳥と呼ぶのだそうだ。鳴鳥にウグイスを加えることもあるということだが、いずれにせよオオルリは容姿と声の二拍子揃ったうつくしい鳥で、鳥キチ義弟の話ではこのような鳥は世界でも稀有であるという。初めてのバードウォッチングでの初実見がその鳥だったとは、実に幸運ではないか! そうした鳥たちを飾る衣装である羽について、石井さんから興味深い話をきいた。オオルリの鮮やかな青い羽も、カラスの黒い羽も、実際には色はついていないというのだ。色はすべて光の屈折によってそう見えるだけだという。それが証拠に羽を石などでたたいて潰すと色は失せるのだそうだ。何とも不思議な話だが、機会があれば是非実験してみたいものだ。
 こうして、あちこちで立ち止まっては観察を楽しんでいたこともあって、ずいぶん長く感じられた林道歩きだったが、9時頃ようやく猿倉登山口の駐車場に着いた。ここで少々長めの一本を取る。今日は雨上がりの快晴となった所為もあるのか、昨夏の終わりに来たときとは駐車場の印象がずいぶん違う。駐車場から見上げる周囲の緑がいきいきと輝いていて一帯にさわやかな空気が満ちている。澄んだ風に静かにゆれるその深い緑の中からのどかなカッコーの鳴き声が響いてくる。ポポッ、ポポッと筒を叩くような音は同じ仲間のツツドリの声だと教えてくれた。思えば今日は既にかなりの鳴き声を聴いている。手帳にメモしたものだけでも、ホトトギス、ヤブサメ、コルリ、ウグイス、コマドリ、オオルリ、ヒガラ、ジュウイチ、キビタキ、ビンズイ、メボソムシクイ、エゾムシクイと12種に上る。実際にはもっと聴いたはずだ。とても全部は覚えられないが、ザルアタマでもしつこく掬えば少しはひっかかり、「銭取り銭取り」のメボソムシクイと「日月(ヒーツーキー)」のエゾムシクイはなんとかなりそうだ。おもしろくしゃべるやつはやはり覚えやすい。
 25分ほど休んで腰を上げ、登山道に入る。時間的なものなのか、登山道ではあまり多種類の声は聞こえてこない。ウグイスの他にメボソムシクイ、エゾムシクイ、センダイムシクイなどを聞いたように思うが、××ムシクイというのは図鑑を見るとどれもウグイスの仲間で、姿形もウグイスとよく似ている。仲間は同じようなところを好むということなのだろうか。
 丁度1時間登ったところで小田代に到着。ここは山頂台地より100メートルばかり低い位置にある小湿原で、木道が敷かれている。元気な小堀氏はひとり先に行ってしまったが、木道の上で一本取ることにする。石井さんは早速双眼鏡を構え、しばらく覗いて「あっ、あんなところにいた」と望遠鏡をセット。ルリビタキと、つづいてノビタキを見せてもらう。少し風があり距離もあるので残念ながら声は聞こえなかった。
 小田代から一登りで山頂湿原に出る。ニッコウキスゲ、サワラン、トキソウなどの花の宝庫とのことだが、まだ殆んど茶色の世界。正面(西側)には会津駒から三岩にかけてのまだ白い稜線がくっきりと間近だ。振り返って南西方向に見えるのは日光連山だろうか。湿原には少々風が吹き抜けて、さざなみ立った小さな弘法沼が眼にさわやかだ。すごく気持ちいいので、湿原中央の山頂標識の前に座り込んでメシにする。ここは三方向からの木道が合わさってやや広くなった場所だが、うちらの他には少人数のパーティーが二、三散見されるだけなのでさほど迷惑にはならないだろう。それに大人数が休める場所は他にない。オレンジやらお菓子やらが回ってきて遠慮なくいただく。講師からはなんとソバガキのコッヘルが回されてきて、これまた乙な味である。小堀氏が湿原の東端まで行って残雪でビールを急速冷却してきてご馳走してくれる。ソバガキと一緒だと尚良かった。ここでも野鳥の姿を探したが、残念ながら見つからなかった。早朝に上がって来ていたらまた違ったのかも知れないが。腹が落ち着いたところで、この山は初めてという何人かが湿原南側の小屋まで往復し、彼らが戻ったところで全員で記念写真を撮って下山した。
 帰りは殆んど休憩をとらずクルマまで戻った。午後の林道は一転してセミの鳴き声が響きわたっていたが、脇の藪ではウグイスも依然頑張っており、またカケスのしわがれ声も聞くことができた。石井さんは鳥だけでなく花や虫もよくご存知で、所々であれこれ面白く教えてくださった。15時15分、クルマ帰着。
 今回は通行止めのため林道の途中からながながと歩くハメになったが、しかし終わってみれば林道部の方が登山道や山頂部より鳥の種類も個体数も多く、予定通り登山口から出発するよりかえって良かったのではないかと思う。前述のように、朝の残り雨とその後のオオルリとの邂逅等も考え合わせると、天の配慮があったのかも知れない。そう思うことにしよう。まさに禍変じて幸いとなった山行であった。
 一同石井さんにお礼を述べ、ご一緒に風呂でもと思ったが用事がおありとのことでお引止めしなかった。我々は湯ノ花温泉の共同風呂で汗を流し、山王トンネル付近のアッコさん・小堀氏お勧めのラーメン屋で精算のあと、そこで各自の帰宅経路に合わせクルマを乗り換え、帰京の途に就いた。ワールドカップ初戦〈イングランド×スウェーデン〉が戦われていた埼玉スタジアム前は予想に反してガラ空きだった。

*野鳥の記述に関して文中誤りがあるならば責任は筆者に帰します。

「田代山では食べるのみだった・・・」シャッターby四方田

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