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怒涛の葛根田川
金子 隆雄
山行日 2002年8月10日~13日
メンバー (L)金子、越前屋、天内、小堀、福間、小林(と)、鈴木(章)、飯塚、中沢(佳)、土肥、松尾、天城

 言っとくけどこれは溯行した記録じゃないよ、溯行できなかった記録だからね。
 出発日が近づくにつれ私はだんだんと疲れ果ててきていた。例会山行計画表にあまりにも魅力的なうたい文句を書いてしまったためか、次から次へと参加者が増えて、ついに12名に達していた。出発二日前のルームで最後の打ち合わせを終えると肩の荷が下りたように力が抜けてしまい、飲み会にも参加せずに早々に帰宅した。
 9日夜に東川口駅に集合し車3台を連ねて出発する。今回車の都合が付かず1台はレンタカーを使用することになった。長丁場なので途中何度か休憩を入れ、その日(既に翌日の10日になってたけど)は阿武隈PAで泊りとする。
 遅くなったからといってそのまますぐに寝るような面々じゃないので、ザックの中をゴソゴソ、手に手にビールやら焼酎やらカクテルなんぞをぶら下げてベンチの周りに輪ができる。『山行=山へ行って宴会をすること』と心得る人達だから。
 翌日更に東北道を北上し滝沢ICで降りて、迷いながら滝ノ上温泉の駐車場に到着したのは正午頃だった。駐車場で準備を整え始めると待ち構えていたように雨が降り出してきた。雨の中、準備を終えとりあえず出発する。
 両側に地熱発電所の施設が並ぶ車道を歩き、車道が尽きて林道に入る辺りで雨が激しくなり雷も轟き始めた。とても沢に入れるような状態ではなく、発電所の作業場でしばらく雨宿りさせてもらう。作業場で仕事をしていたおじさんの話では1週間ほどこんな天気が続いているということだった。雨が小降りなったので作業場を後にするが、増水が心配で今日の入渓は見合わせることにした。
 泊まる場所を探して林道に分け入ってみるが12名もが泊まれるような良い場所がなく引き返す。対岸に広そうに見える場所があったので渡渉して対岸に渡る。結構流れが速くてロープを使用した。対岸のその場所は平らで広くて申し分ない場所だった。タープとテントを張り、焚き木を集めてキャンプの準備はまたたくまに完了。しかし焚き火がなかなか燃え始めてくれない、濡れきった焚き木ばかりで苦労する。燃え始めたかなと思うと雨がザーときてまた振り出しに、そんなことの繰り返しだった。だが、諦めずに頑張れば何とかなるという見本のように、とうとう勢い良く燃えてくれたのであった。
 翌11日も朝から雨模様であった。大雨注意報が出ている中、溯行を決行するか止めるか私は大いに悩んだ。あと何日間か待っても天候が回復する見込みはない、はるばるここまでやって来てこのまま帰るのも癪に障る。昨日あんなに降ったのに増水もせず逆にわずかではあるが水量が減っている。これはもしかしたら行けるかも知れない、だが安全な場所に行き着く前に増水されたら大変だ、などなど起きてからずっと考え続けていたが、最終的に決行する道を選んだ。当初予定していた大深沢へ降りるルートは割愛して葛根田川のみに変更して途中で停滞してもいいように日程を組み直した。
 対岸に戻って林道を少し行った所で葛根田川へと降りる。広い川幅いっぱいに水が流れる中、右岸を進んで行く。水の濁りが気にかかるがまだ大丈夫そうだった。岩盤が張り出して右岸が進めなくなり左岸へと渡渉する。まもなく左岸より秋取沢(大ベコ沢)が出合ってくる。秋取沢から10分も進まないうちに雨が激しくなり水の濁りも増してきた。上流ではかなり前から激しく降っていたようだ。キジ撃ちに行った松尾さんを待っている間にもどんどんヤバイ状況になってきているので引き返すことにする。秋取沢の出合いに泊まれそうな台地を確認してあったのでそこまで戻ることにする。
 秋取沢出合いまで戻って30分もしないうちにとうとう限界を超えてしまったらしく葛根田川はあっという間に濁流と化してしまい、ただただ唖然とするばかり。あのまま進んでいたら今頃はゴルジュ帯の真っ只中、抜き差しならない状況になっていただろうと思うとこの狭い台地も天国に思える。
ビバーク地のすぐ下まで土色の竜と化した濁流は迫っていた  タープを張り、その下で焚き火に挑戦、約2時間の苦闘の末どうにか火が燃え出した。水はタープに溜まった雨水を使う。5分ほどで2リットルのポリタンがいっぱいになる程の激しい降雨が幸いして水には困らない。テントは念のためもう一段高い所に張った。
 長かった一日も終ろうとする夕方にはだいぶ水も引いてきていたが、明日以降のことは明日の状況で判断することにして私は早めに寝てしまったが、タープの下では深夜まで飲めや唄えの宴が続いていた。この連中、自分たちの置かれている状況が解っているのかねぇ、まっ、そういうところが頼もしいところでもあるのだが。
 12日、夜中の雨でテントの中は水浸しで何もかにもぐしょぐしょだ。葛根田川は再び濁流となり撤退を決断する。地図を見ると上に林道があるので少しヤブをこげば林道に出られるはずだ。
 それほど濃くもないヤブをこいでしばらく登ると、所々にかすかに踏み跡も現れてくる。約1時間で林道に出ることができた。その場所は一昨日に泊まる場所を探して来た所なので駐車場まではそれほど遠くはないはずだ。
 駐車場に戻ると10日に我々より数時間先に駐車場を出て葛根田川に入ったという東京の3名のパーティーが戻って来ないということで警察も出動する騒ぎになっていた。戻って来ないパーティーの仲間が心配そうに色々と情報を求めていた。
 このまま帰ってしまうのももったいないということでその日は国見温泉の湯治場に泊まることにした。途中で酒を大量に仕入れてやけくその大宴会となる。
 13日、帰宅後、戻って来ない3名のパーティーのことが気になっていたので岩手日報のウェブサイトを見てみたら記事が載っていた。それによると13日の午前中に2名は無事救助されたが、1名が渡渉中に流されて死亡したという最悪の結果となっていた。無理して行動せずに待っていれば、あるいは助かっていたかも知れないと思うととても残念だ(合掌)。


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