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南ア・鋸岳
土肥 雅美

山行日 2002年9月21~23日
メンバー (L)小堀、福間、小林(と)、中沢(佳)、松尾、土肥

9月20日(金)
 新宿駅西口スバルビル前に夜10時半に集合。先週の山行もここに集まり、メンバーの何人かが今回とダブッていて、同じく小堀車で中央道だった。その後もメールのやりとりしてたので、あれっ、もう? また会っちゃったね、というような感じで今回は始まった。一ノ倉サンスラへ出かける小幡氏、俊介君もここを集合場所にしていたので、お互いの無事を祈り、バイバイして出発。中央道を伊那北I.C.で降り、戸台川の河原にテントを張る。「お疲れさま!」と、新車に祝杯をあげ、すでに明け方近くに仮眠。

9月21日(土)
 簡単に朝食をすませ、戸台川の広い河原を歩き始める。天気は上々、今年の夏の山は天気に恵まれないことが多かったので今朝は気分も軽い。晴れている中を歩くのは久しぶり。
 いくつかの堰堤を巻き、あるいは階段で越える。堰堤直登するのはM氏。ゴーロの石伝いに歩き、やがて左岸の道に出る。「至鋸岳」の道標のある角兵衛沢出合で対岸に渡り、ここでリーダーに今回の記録係を仰せつかったわたしはあたふたとメモ帳を取り出す。
 休憩後、シラビソやコメツガの樹林の中を歩き始める。ずっと急登が続きハァハァ状態。急ぐ旅でもないし、ゆっくり行く。福間姉、キノコを収穫。後半はガレ場となり、気をつけていても時々落石しながらの登りになる。11時過ぎには、大岩下の岩小屋に到着してしまった。大休止後、リーダーの発案で、(1)ここを今夜の泊場とする(2)角兵衛沢のコルまで上がる、のどちらかに目をつぶって挙手という妙案が実行に移され、なんと!(2)に軍配が上がった。(1)に手を挙げたのは、わたしとほかに約1名だけだったらしい。なんでみんなそんなに偉いの? やれやれ、またガレの急傾斜を登り始める。
 1時間20分ほどで、コルのすぐ下のテン場候補地に至り、周辺の偵察に赴いていた松尾氏を待つ。結果、ここに張ることになった。

 あとは焚き火をしていつもの宴会Aコース。
 ガレ沢の対岸に向かって、ある人は「××(三峰の人じゃないです、念のため)のバカヤロー!」また、ある人は「カネ返せー!」などと大声を張り上げ、しっかりそのこだまが返って来るのだった。日頃の鬱憤がよほど溜まっているらしい。しかし、叫べる者は幸いである。
 リコーダー(小学校で使ったアレです、縦笛ね)をかわるがわる吹いては歌う。夜は更けていく、お酒は減っていく・・・この日は4人用テントに6人寝た。寝苦しかったのは言うまでもない。

9月22日(日)
 6時に出発し、30分ほどで角兵衛沢コルに到着。やっぱり昨日、上がれるとこまで上がっておいてよかったなーとわたしはとりあえず皆に感謝かつ反省。
 ここからの縦走は樹林帯と岩場を出たり入ったりするが、どこも急傾斜だ。ほんの少し平らなところがあるとホッとする。7時過ぎに第1高点着。西を見れば、先週行った中央アルプスの全貌が見渡せ、南方向に目を転ずれば優しい仙丈、こっちからだとどこか弱々しげに見える北岳、その左に甲斐駒は今日もちゃんと根を張っているのだった。
 さらに20分ほどで小ギャップ。念のため懸垂で降りる。わたしは、アコガレだったこの鋸の登頂記念にシュリンゲを1本、支点に掛け足してもらう。小ギャップを越えて対岸を少し登ったところで北アの奥穂から槍がはっきりと見えた。やっぱり天気よくてナンボだな~。少し登り、8時過ぎに鹿窓を抜ける。残置+持参ロープのゴボウでガレのルンゼを下降。ここで小堀さんは前回、頭に落石を受けて大量の血を流していたとのこと。今回はその時のリーダーだった陽子さんに「ヘルメット必携よ!」としっかりアドバイスされていたので、落石しないように心して下った。その後、第3高点を巻く小尾根をトラバースして大ギャップ手前まで来る。今やこの鋸も、ハイキング+α程度の意識なのだろう、踏跡はどこもしっかりついている。
 しかし、大ギャップの底の横断地点はまたガレ場なので踏跡は消えており、ここでみんな血迷って稜線直登へとつながる左側のガレ沢を登り詰めてしまった。コルに出たところで、ここはちょっとヤバイなーということになり(ハーケンも打ってあった。登って越えた人もいるんだろうなぁと思いつつ)戻る。ガレ沢の対岸をトラバースしてから潅木混じりの登りで、鉄剣が奉納されている第2高点に着く。甲斐駒がだんだん近づいてくる。甲州方面から見慣れた甲斐駒は、いつも摩利支天を左の肩にのっけてダイナミックな印象の山だったけど、ここから見るとわりと平凡にピラミダルに静止している。
第2高点だじょ  第2高点からの下りはやはり急傾斜のガレで小雨に見舞われた。樹林の中、中ノ川乗越、三ツ頭を越える。途中、八丁尾根から大岩山へと続く(たぶん続かないでしょうね)しっかりとした踏跡を分けた(ような気がする)。気がついたらいつの間にか、甲斐駒の白い花崗岩の岩とザレに変わっていて、お昼過ぎに六合石室に着いた。

 ここから希望者だけ空身で甲斐駒をピストンすることになった。終始元気なトミ姉と福間姉は行く気満々。小堀氏と土肥は、行かない理由がないしなぁ、という感じで登り始めた。白砂・緑のハイマツと石楠花・珠玉のコケモモのコントラストがいいな!途中で、石室に残った佳子ちゃん提供のビールがあると知るや否や、誰もついていけないほどのペースで猛烈に登り始めたK氏を追いかけるようにして、次第にガスが湧き始めた中、ようやく甲斐駒の頂へ。
 山頂はガスっていて視界ゼロ、すでに登山者は皆無であったが、悲願のビールで乾杯し、頂上を後にする。往路を戻り、石室が見えてくると、ハイマツの深い緑の中にポッカリと浮かんだ大岩の上で笛を吹く佳子ちゃんと、その横で歌っているのか、ただのヨッパライなのか定かではないM氏の姿は、まさにメルヘンの中の小人のようだった。
 辿り着くと、2人で水汲みをすませておいてくれたので、感謝。2人ともそのお疲れか、ワインを空けてしまった後遺症か、とりあえず、石室内に張ったテントでお休みになり、残る4人でチビチビと始め、その間、仙丈と中央アルプスは、真綿の雲海の上に浮かび上がり、残照の中、刻々とその色を移ろわせていった。寝ていた2人も、同じ石室内にツェルトを張っていた女性2人も起きてきてその一瞬一瞬の変化の美しさに感嘆の声を上げた。
メルヘンの小人? いや、妖怪石室わらし!?  そして宴会Bコースに突入。今宵は、焚き火なし・歌なしのシミジミバージョン。ほぼ飲み尽くしたころには仙丈岳カール底の避難小屋の灯りも消えていた。

9月23日(月)
 朝起きると霧雨であった。朝食、撤収後、6時20分に出発。鋸方面へ少し戻り、祠のある地点から七丈ヶ滝尾根を下る。2時間半ほどで赤河原着。沢に出ると心安らぐ。帰るべきところに帰ってきたような気がする。河原沿いに歩き、知らない間に丹渓山荘を過ぎ、角兵衛沢分岐に戻ったのが11時前。さらに歩いて車に戻り、6人握手を交わして祝杯を挙げた。
 その後、戸台の真新しい仙流荘で汗を流し、途中、松尾氏知り合いの勝沼の葡萄農家でブドウ試食放題後、新宿駅で解散となった。

鹿窓クーロワール下降終了点から第2高点までのトラバース途中のルンゼ(ここを間違えてつめてしまった)
〈コースタイム〉
9月21日(土) 戸台川テン場発(7:00) → 角兵衛沢出合(8:10~30) → 大岩下岩小屋(11:10~12:25) → 角兵衛沢ノコル下テン場着(13:40)
9月22日(日) テン場発(6:00) → 角兵衛沢ノコル(6:35~50) → 第1高点(7:10~20) → 鹿窓を抜けルンゼ下降終了(8:35) → 第2高点(9:25~45) → 六合石室(12:35~13:10) → 甲斐駒頂上(14:30~55) → 六合石室着(15:55)
9月23日(月) 六合石室発(6:20) → 赤河原(8:50~9:10) → 角兵衛沢出合(11:00) → 戸台川駐車地点着(12:00)

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