正月合宿については、まず8月28日の委員会で小幡、服部の両名から7つの候補案が出された。そして続く9月11日の委員会で「鹿島槍ヶ岳~爺ヶ岳」の小幡案に五龍岳をつけ加えた「爺ヶ岳~鹿島槍ヶ岳~五龍岳」案に落ち着き、11月2日~4日の連休に高橋(俊)がリーダーとなって恐らくは小幡と二人で偵察に出る段取りが決まった。五龍岳をつけ加えたのは、年末年始に最大9日間の休みが見込まれたため、短期の日程以外に長期の日程で入るパーティーも想定したためである。
11月の偵察行の直前に高橋(俊)が急遽行かれなくなり、小幡が単独で偵察に入った経緯は、別稿で述べたとおりである。
偵察行は異例の早い大雪のため失敗したが、委員会では正月合宿の山を変えることはしなかった。大雪だからといって山を変えるのではなくチャレンジしてみて敗退するならそれも良かろうとの意見が支持されたことに加え、小幡がリーダーとしてこの山に再挑戦することに意欲を見せたからである。そしてルートを、上りを赤岩尾根、下りを爺ヶ岳南尾根にとることに決めた。(小幡は97年の5月にこのコースを経験していた。)鹿島槍~五龍の縦走パーティーについては応募状況をみて決めることにしておいたが、これは結局実現しなかった。
その後、急遽ハイキング派向けにも正月山行を考えようということになって頭を悩ましていたところ、鈴木(章)さんが個人山行として温めていた安倍奥から七面山への縦走をそれ用に当てても良いとの助け舟を出してくれたので、12月11日の委員会でそれを正月合宿パートIIとして採用させてもらうことに決めた。
募集の結果のパーティー編成と予定ルート等は次の通りであった。
コース: | 赤岩尾根(高千穂平泊)~鹿島槍ヶ岳(冷池泊)~爺ヶ岳~爺ヶ岳南尾根下山 |
日 程: | 12月28日(夜行発) ~ 1月2日(3日予備日) |
メンバー: | (L)小幡、(SL)紺野、飯塚、荻原、越前屋、天内、高橋(俊)、脇坂、中沢(佳)、鈴木(渚) |
コース: | 興津駅~大平~青笹~地蔵峠~十枚山~大光山~安倍峠~八紘嶺~七面山~身延駅 |
日 程: | 12月29日(朝出発) ~ 1月1日(2日予備日) |
メンバー: | (L)鈴木(章)、藤井、谷川、服部 |
結果、パートIは深い積雪に悩まされながら冷池まで上がったものの、天候悪化の予想に鹿島槍の頂上はあきらめ、31日爺ヶ岳頂上を踏んで南尾根を扇沢に下り、1日大町温泉郷に寄って帰京した。尚、冷池では後から追いかけてきた『もみぢ』の小林(健)パーティー(店のお客さん1名同伴)と合流するというハプニングがあった。
パートIIは、当初稜線に雪はないとの情報だったが、年末になって雪を被ったため、伊藤(め)さんは残念ながら不参加となった。そして結局この雪に足を取られて思うように距離が伸びず、31日にやっと安倍峠に辿り着いたところで梅ヶ島温泉の湯煙に気がそぞろとなる隊員が続出、1日リーダーの苦渋の決断を梅ヶ島の湯で洗い流し、静岡駅に出て帰京した。
合宿を終えて、課題を見つけた者、更なる登攀意欲を掻き立てられた者、失敗を学んだ者、限界を感じた者、課題を残した者等々各人各様の感想が聞こえてくるが、振り返ってみれば誰も愉しんだ思いが膨らんで苦しい記憶は薄らいでいるのではなかろうか。
では、詳しくはそれぞれの報告をお読みください。