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明神岳・五峰基部まで
中館 敏子

山行日 2002年11月2日~4日
メンバー (L)松尾、小堀、脇坂、中館

 11月1日金曜日、職場の山好きの上司に自分の撮った山のポジフィルムを預けた私は、「もし私が還らなかったら○○さんが"遺稿写真集"を作ってくれるんですよねえ」と半分(?)冗談を言う。それ程、予報の天気は悪かったのだ。10月31日には2つ玉低気圧が通過し、その後真冬並の寒気が降りてきて、谷川岳や奥日光でも雪が降り、上高地でも20センチ積もったという。今後4~5日間は冬型の気圧配置らしい。そんな状況の時に、本当に"雪崩の巣"である滝谷に入れるのであろうか? マジにヤバイのでは? 新宿駅前で落ち合った小堀さんもかなり逃げ腰で、「クライミングシューズ持ってきた? あれば近場の岩場とかに変更もできるんだけど・・・」しかし、遅れて着いた松尾リーダーは、厳しい条件下の方がより燃えるのか、取り敢えず予定の『北穂高岳・滝谷第四尾根』登攀を変更する気は無い模様。が、突然の"冬"の到来に小堀さんの愛車『モビすけ』にはチェーン準備が間に合わず、チェーン規制で峠を越えられない。というわけで新穂高温泉へは行けないので、沢渡に車を停め、上高地入りして『明神岳東稜』登攀に予定を変更する。
 「よ~し、飲むぞぉ~」と松尾リーダー、『滝谷』が中止となって出発時刻と行程が楽になったので、途中のコンビニでワインのフルボトルを買い込んできた。
 11月2日深夜2時前、先刻まで降っていた雪も止み、満天の星空の下、沢渡村営駐車場のタクシー待合所白テントの下にエスパースを張り、盛り上がっているとあっという間に4時。タクシー運転手に立ち退きを迫られ、テントを畳んで車の中で6時過ぎ頃まで休憩を取った。共同装備を分担し、パッキングしてタクシーに乗り込み上高地入りする。未だ紅葉の残る唐松に雪が付いた風景など見ながら明神へ。「雪山初めて」、「上高地初めて」の真琴ちゃんは、何もかもが新鮮で感激の様子だった。
 明神橋を渡り、古い小屋の脇から赤布の付いた左の樹林へ向かう道へ入る。トップはL松尾、後続は真琴ちゃん、中館、ラストに小堀さんの順。樹林手前の小川に懸かる丸木橋でトラブル発生! 木橋は2段になっていて、皆、上段の滑りそうな丸木は避けて下段の少し細くて古い方を渡っていたのだが・・・、3番手の中館の重量のためか、ラスト小堀さんの重量のためか・・・、はたまた2人分合わせたためか、メキメキメキ・・・と橋は崩壊して川に落ちてしまった。幸い2人とも足を濡らしはしなかったが、それはその後の山行行程を暗示していたのかもしれない。先行していた松尾リーダーが戻って来て助けてくれた。
 所々赤布のある樹林の道を登ってゆくが、やがて下宮川谷の河原に出る。初めうっすらだった雪も高度があがるにつれ量を増し、中途半端に新雪に隠れた石の上は少々歩き辛い。ラッセルとなってきたのでトップを替わると申し出るが、松尾リーダー、ルートファインディングに責任を感じてか、私のは勿論、小堀さんの申し出にも応じない。ひたすら一人で頑張る。強いなぁ。天気は予想程悪くはなく、時折青空もチラと姿を見せたり陽も射したりしていた。
 やがて標高1745m付近の地点で赤布、その他ビニール袋、赤テープ3~4枚の印が河原を離れて左岸の樹林入口に付いている。松尾リーダーの後をついてしばし左岸の尾根沿いに進むが、少しして間の小沢を渡ってまた下宮川谷に戻ってしまった。「なんだ、結局また河原沿いに行くのか」と私がつぶやくと、松尾リーダー、「右の小沢の方は雪が深いから」と説明してくれたが、その時は"なるほど"と思っただけで何の疑問も持たず、地図も見ないでただ、以前来たことがあるという松尾さんを信頼してついて行っただけであった。後で地図でしっかり確認したところによると、ひょうたん池への正規の道は、ここから除々に北々東へ向かって傾斜の緩い所から尾根を一つ越し、更に斜上しながら次の尾根のコル状へ上がって行くのであった。
 下宮川谷を詰め上がって行くと徐々に雪も多くなった。松尾リーダーが『訓練』と称して真琴ちゃんにラッセルのやり方を教え、その後皆でトップを交代しながら上部へ。途中から松尾さん、「右の方へ向かって上がってくれ」と指示。右へ右へ行くとやがて小尾根が一つ現れた。「その尾根に上がってみよう」と松尾リーダー。ブッシュの上に柔らかい新雪の載った、足場の不安定な段差を、強引に乗っ越して小尾根上に立つ。「今度はこの尾根上を前進するのかなぁ」と思っていたら、尾根上から対岸を窺がっていた松尾リーダー、「よし、間違いないだろう」と言って元来たトレースを下るよう指示。途中、真琴ちゃんがスリップして少し滑落してしまった。対岸は顕著な谷となっているので、『下又白』に相違なく、左前方の岩峰が『長七の頭』であるということだった。小尾根下に戻って左上の岩峰を目指す。右から巻くのかと思いきや、「上にあがる」ということで、右からは登れそうにないので左に回り込む。左に回り込むと傾斜の緩くなった岩稜帯が現れた。傾斜は緩いがちょっと嫌らしそうで不安を感じていると松尾リーダー、初心者の真琴ちゃんだけハーネスを着けるよう指示してノーロープのまま岩稜を登ろうとするが・・・、残置シュリンゲはあるものの、逆層スラブでてこずっている。「ロープ出したら」と小堀さん。戻ってきたリーダー、全員にハーネスを着けるよう指示(私は既に着けていた)。ロープを付けて松尾リーダー、再びスラブに取り付くが、二、三歩登った所から動かない。あと、一、二歩登れば安全圏っぽいのだが、逆層スラブがどうにも悪く、その一歩が踏み出せなかったとのこと。「降りて別の所から取り付いたら」、とビレイヤー小堀氏も心配模様。松尾リーダー、戻って少し下の岩と雪のミックスにルート変更。出だしはスラブ帯より傾斜はあるものの、こちらの方が安定していてロープを伸ばして行く。斜上バンド状を右へ回り込んで行き、見えなくなる。ソロリソロリとしか動いていなかったロープの流れもやがて速くなってビレイ解除のコールが掛かる。2番手に真琴ちゃんが行くが、遅々として進まない。体が芯まで凍えてしまった。やっとコールが掛かり、1本のロープで間隔を開けて中館、小堀の順で登り始める。最初の一歩目が遠くて手こずると、小堀氏がプッシュして助けてくれた。斜上バンドも途中にブッシュがあってその乗っ越しが嫌らしい。ブッシュにすがってやっとこ通過するが、手袋は雪まみれとなり、手が凍ってとても進めず手を温めていると小堀さんに怒鳴られる。「進んでくれ!」同じロープで進むには、互いにペースを合わせないと動き辛いのだ。部分的に悪かったり、手が凍ったりでお互い余裕がなく、必死であった。最後は右上して雪稜に出、ロープをはずす。整地してテントを張る。夕食は松尾さんお薦めの『きのこカレー』。フリーズドライながら、なかなか美味だった。
 11月3日(日)、朝から雪が降っている。4時起床の予定であったが、降雪で視界不良では行動は無理と判断した松尾リーダー、「まだ寝てていいよ」。明るくなった7時前位に起きて朝食をとる。松尾リーダーからは衝撃告白・・・、「ここは五峰の基部かもしれない」「え~?!」皆で地図を見て検討。どうやら五峰の基部というのが正しい位置のようだ。今後どうするか?! 引き続き雪は降っているものの、岩峰方向の視界は100m位先まで開けてきている。「五峰登っちゃったなんて言ったら笑われちゃうだろうな」な~んて笑いながらも松尾リーダーは行ってみたそう。でも、この稜線手前の岩場ですら逆層であれだけ手こずっていた上、この降雪。初心者の真琴ちゃんもいる。ハッキリとは言わないまでも、SL小堀氏のためらい口調に、遂に松尾リーダーも撤退を決意。9時、テン場を後にし、ダケカンバを支点に懸垂下降して岩基部に降り立ち、後は雪稜をぐんぐん下る。途中、標高1745m辺り、左岸の樹林帯に赤布が付いたトラバース道入口で休憩。松尾リーダー、少し偵察に行き、地図を見ながらひょうたん池への道を確認して、「よし、次回、1月連休にはバッチシだ!」とつぶやいた。松尾リーダー先頭で樹林の中など、往路とは少し違う下りやすい所をルートに取りながら下り、11時53分、林道より明神池に到着。何を思ったか松尾リーダー、「拝観していこう」と言う。拝観料を払って明神池を見物し、今後の予定を話し合う。このまま帰京するか、それとも小梨平に幕営するか・・・。小梨幕営と決まって、キャンプ場管理施設の自動販売機でビールをしこたま買い込み、テントで盛り上がる。残念だったが安全圏に下った安堵感で皆明るい。ラーメンを食べ、マッサージ大会、腕相撲大会、指相撲大会等で大いに盛り上がる。勝気な真琴ちゃん、松尾さんに指相撲、すんでの所で負けて悔し涙。戦いは皆ヒートアップしていた。体自慢?とか称して"舌が鼻まで届く"だとか、"耳が動く"だとかいう珍芸も披露された。懐かしのフォークやアニメソングでも盛り上がった。
 11月4日、7時頃起床し、雪降る中、ターミナルよりタクシーで沢渡へ。松尾さんがお薦めの諏訪湖畔の温泉で入浴、お薦めのそば屋はつぶれたのか発見できず、分厚いチャーシューが大量にのったラーメンの店で食事して帰京した。

〈コースタイム〉
2日 バスターミナル(7:38) → 明神(8:28~46) → 下宮川谷途中(9:48~10:00) → 大岩(11:05~25) → 2300m雪稜上(16:10)(幕)
3日 2300m雪稜上(9:00) → 明神池(11:53)(見学) → 小梨平(13:00)(幕)
4日 小梨平(9:00) → バスターミナル(9:15)
無事に還ってこられてよかったね

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