トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ313号目次

庚申山(こうしんやま)
さとう あきら

山行日 2003年6月14日~15日
メンバー (L)佐藤(明)、山沢、鈴木(章)、成田、山北、他1名

 各地に残る庚申塔などに代表される庚申信仰は平安時代が起源で、江戸時代に広く庶民に受け入れられたらしい。何でも人の体の中には三尸(さんし)の虫がいて、庚申の日の夜、人が寝ているあいだに体から抜け出し、天帝にその人の悪事を告げに行くという。その報告により寿命が決まるというので、人々は十干十二支の組み合わせより60日に一度回ってくる庚申の日には寝ずに酒食し、三尸虫の脱出を防いだという事だ。その庚申講の総本山が今回の目標の庚申山である。
 いにしえに習い自分の罪をここで告白し、延命招福を願おうではないか、という趣旨で例会山行を企画し参加者を募集したところ、賛同してくれたのは善行を常に心がけている美しき女性を含めた仲間5名。本来参加すべき罪深い連中にも声をかけたが、庚申の日に限らず寝ずに酒食し、それなりに努力しているとの事。狭小な天幕の中でも空キジを連発するような諸悪の根源的連中ではあるが、仲間のよしみで代わって祈願してくれとの懇願をしぶしぶ了承し、我々は東京を後にした。
 本日の宿はわたらせ渓谷鉄道沢入(そうり)駅。終電の出発した駅は照明が落とされ真っ暗だが、ログハウス造りの駅舎のフローリング床は暖かく、闇にまぎれての一夜は思いのほか快適だった。
 さて、今回の第一目標は備前楯山。この山の下には足尾銅山が蟻の巣のような坑道を広げる。何でも昔は黒岩山と呼んでいたようだが、400年前に備前国(岡山県)から移住した農民が銅の露頭を発見したことで備前楯山と改名したという。楯とは鉱脈の露頭のことである。
備前楯山の林は健在だ  銀山平から車で15分程登った舟石峠の広い駐車場に車を停め、雑木林を登ること約30分でもう頂上とは、私好みとは言えあっけない。気懸かりだった備前楯山のピークから望む松木沢渓谷には、もう岩だらけの月世界のような荒涼さは無かった。最も影響を受けた精錬所対岸の斜面でさえ草色に変わり、足尾町の努力も大きいのだろうが、自然は回復しつつあることを確信した。また日本の公害の原点といわれる足尾鉱毒事件の煙害区域図によると、この備前楯山自体も激害区となっている。しかし今立っているこの場所には幹径20cmを越える木々が生い茂り、そのような過去があったことさえ信じられない。あと30年も経てば、足尾にも豊かな森が戻るのだろう。
備前楯山頂上にて ここでのんびりと朝食を摂り、銀山平へ戻る。そして泊りの荷物を背負って9時、再出発だ。ゲートで閉ざされた林道を歩くこと1時間で登山口の一の鳥居。さらに石畳や石段の残る参道をたどること更に1時間で守護神である猿田彦神社だ。ここには既に社殿は無く、ぐるりと取り巻く石垣のみが寂しく残る。高くそびえる木々に囲まれた境内広場は昼なお薄暗いが、薄い紫色の清楚な花を付けるクリンソウが美しい。
 5分ばかり先の庚申山荘に荷を置き、12時15分、サブザックで庚申山を目指す。しかし稜線までは城砦のような岩だらけの急登で苦しい。やっと登った庚申山頂上は樹木のため視界が効かないため、5分ほど先の展望台で大休止とする。シャクナゲが美しく咲いているが、ガスのため周囲の展望を楽しめないのが残念だ。
 ピークから少し戻り、稜線直下をたどるお山巡り道に入る。岩壁をトラバースする巧みに作られた行者道には感心させられるが、右側はスパッと切れていて少々恐ろしい。
 その中ほど、岩戸庚申の祠のところで山沢女史が早速コウシンソウを発見する。モヤシのような高さ5cmほどの花ではあるが、思いのほか小さく目立たない。そして写真を撮ろうにも高度感あふれる岩角に咲いているため、おいそれとは近づけない。やはりコウシンソウはシロートさんお断りの花だ。
コウシンソウは食虫植物だ  3時半、再び今宵の宿庚申山荘に戻る。広々とした屋内の一階にはロビー兼食堂、台所、2つの宿泊室に加え、こちらに引っ越した猿田彦神社の祭壇が、そして2階は大広間となっている。そのうちこの小屋の留守番と自称する人が現れ、食堂のテーブルでくつろぐ我々にこの席は自分の場所なので空けて欲しいという。小屋番の印象が悪いと、その山域全体の好感度が低下してしまい残念だ。更に火気の使用も厳しく制限されたため、狭い台所に銀マットを敷いての夕食となった。アーア、テントを持ってくれば良かった。
 翌朝、夜通し降った雨が上がり、青空も見えてきた。6時、鋸山に向けて出発する。ガイドブックの説明とは相違し、道は比較的明瞭で迷うようなところはない。若い山北君は荷物を全て背負っての歩行だ。ハンデ20kgでも全く疲れるようなそぶりは見せず、終始元気そのものだ。ゴム長靴のいでたちの章子嬢も、続くハシゴの岩尾根でもグイグイ進んで行く。
 鋸山到着9時10分。ここからやっと土の道だ。六林班峠への下りはぬかるみ少々滑るが、新人とはいえ山歩きの長い成田さんもバランスよくこなし、あっという間に峠を通過。そして笹がかぶり歩きにくい登山道を辿り庚申山荘に戻る。有料山小屋であれば、周囲の一般向け登山道の刈り払いくらいを行うのは当然の責務だろう。そして銀山平に2時半に下山し、かじか荘の露天風呂でのんびりと手足を伸ばした。
 なお今回お試し山行ということで参加してくれた山北君と成田さんはめでたく入会となった。これからもよろしくね。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ313号目次