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カモシカ山行・高尾山から陣馬山へ
菅谷 征弘

山行日 2003年6月28日
メンバー (L)菅原、鈴木(章)、菅谷

 静かだ。空気が重い。時々はらはらと雨が降るが、その音が聞こえそうである。
 高尾山のリフト乗り場を少し過ぎて、道の脇にあるベンチに独りで座りこんでいる。道をはさんで向かいに街灯が1本、ベンチの両脇には自動販売機が並んでいる。その向こうは、両側とも真っ暗だ。私の居る周囲だけ切り取られたように明るい。カッパを着ているが暑くはない。汗をかいているため、むしろ、カッパが無いと寒いくらいだ。
 私が登ってきた暗がりから、楽しそうな声が近づいてくる。
 「あのカップルか・・・。登ってきたんだ」
 そう思いながら、正面の街灯をぼうっと見つめていた。

*  *  *

 「後をついて行っていいですか?」
 急に声がしたので、振り返ると、傘をさしたカップルが立っている。勢いで高尾山まで来たが、明かりがないので困っているとのことだ。私は、これから降るだろう雨に備えて、登山口を登りかけた道の真ん中でカッパを着ていた。高尾山口駅で落ち合うはずの2人とは会えず、仕方なく独りで登ることにしたのだった。
 「はあ、どうぞ」
驚き半分、羨ましさ半分で答えて、私はすたすた歩き出した。ヘッドライトがないと足もとさえ見えない。どうせ、すぐ帰るだろう。しばらく行くと声も聞こえなくなる。

*  *  *

 「どうも」と声をかけながら、手をつないで視界を横切って行く。女性は黒のワンピースを肩紐でつっている。20代半ば。ハイヒール。男性は、ジーパンにスニーカー。暑いのだろう、Tシャツを片手に握って、腹は出ているが筋肉質。40代後半~50代。ペンライトと、携帯電話の表示の明かりを頼りに登ってきたようだ。
 異形な格好に見とれて、「あ、どうも」と答えたときには、彼らは視界の正面に居なかった。ワンピースの背中は、がばと開いていた。
 「これからどうしよう。ここで寝るか・・・。」心細さがつのる。屋根があるから、濡れることはない。シュラフもある。でも、ここで寝るなら、風呂にはいって自分の布団で寝たい。時間は午前零時。もう帰ることはできない。しばらく街灯を見ていたが、取りあえず上までは行ってみようと思い直し、ザックを背負いなおして、彼らの後を追うことにした。
 少し行くとまばらだが、街灯も立っていて、道幅も広い。本当にお寺の参道のようだ。仏舎利塔まで登ってくると、彼らが右往左往している。聞くと行き止まりでこれ以上は登れないという。ヘッドライトで看板表示を確認しながら、彼らがたどった跡をもう一度まわる。夜間の迂回路でさえ行き止まりで、階段下の扉は堅く閉じられていた。夜間は通行禁止らしい。仕方なく引き返すことにした。
 降りていくと、下から鈴の音が聞こえてきた。浄心門が見えるところまで降りると、傘をさした人が2人、登ってきていた。
 「これから登るのか、物好きだな」
自分達のことは棚にあげて、そう思った。彼らと同じ高さまで降りていくと、それは菅原さんとアッコさんだった。高尾山口駅での集合時間は、23時45分で、計画当初の23時から変更になっていた。メールに書かれていた最終行を、私は読み落としていたのだ。申し訳ない。でも、会えてよかった。
 事情を話し、別の登山道を行くことになった。彼らとは、その入り口で分かれた。残念そうな顔をしながらも、また手をつないで、楽しそうに降りていった。ハイヒールで無事に降りられるのかしら。
 4号路を登り直す。今までの1号路(表参道)とは違い、細くて暗い登山道だ。自分の足もとをきちんと確認しながら登らないと危険だ。他人の心配などしている心の余裕はない。途中で何回か足を滑らせながらも登り、一丁平のあずま屋のベンチで、シュラフに潜り込んで寝た。

 翌日も似たような天候だ。時たまぱらっと雨が降るが、気温が高くないため、カッパでも不快ではない。城山から小仏峠を過ぎて、景信山へ。途中とちゅうの階段が気になる。斜面を階段状に削り、ステップの角のところに直径数センチの丸太を渡してある。自分の歩幅と合っていないうえに、丸太が滑って、歩きづらいことこのうえない。いっそのことなければいいのに。でも、無いと滑って歩けないかもしれない。
 右手に杉林、左に檜林を見ながら歩く。木のにおいが気持ちいい。ところどころに野いちごもなっている。口に含むと甘さとすっぱさが丁度よく、水など必要ない。
 最後の階段を登ると、急に視界が開けた。陣馬山頂だ。
 「うあっ」
 声にならない声をあげた。疲れが抜けていく。360度の視界。向こうに南アルプスも見える。いすに腰掛けてぼーっとする。雨はやんで薄日がさしていた。テーブルの上に食べ物を並べて、しばらくの休憩をとる。お茶がうまい。
 そう、みんなにも感謝しないと。独りでは登って来ることはできなかったのだから。かすむ山々を眺めながら思った。


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