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熊に出会った話
野田 昇秀

 今年は熊の話題が多く聞かれます。養鱒池で行水をしたり、病院へ診療に行ったり、街中を散歩する姿がテレビや新聞に出ました。熊出没の看板も多く見られます。
 熊を身近で見たのは、2年程前わたらせ渓谷鉄道沢入駅から登る大萱山の枝尾根でした。雑木林の丸やかな尾根で目前数米の所を黒い塊がドーと走り抜け、熊だと思った時には視界から消えていました。この周辺の山の要所には桐生工業高校山岳部による立派な指導標があるのですが、そのほとんどが板をみごとにへし割られています。極真空手の上を行く熊手なのです。その上キバがあります。残馬山頂上のものは柱の上部がかじり取られていました。
 今年8月、別所さんと元会員の松谷さんとその息子さんの4人で奥多摩小室川谷を登りました。早朝泉水谷を渡って出合に入ると、すでに釣人が竿を出しており、魚が逃げるというので私達が左岸の作業道をしばらく登ってから沢へ下ることになりました。少し先で別所さんが時々立ち止まり茂みの中に注意を向けています。小さなガレ場を渡ります。別所さんに続いて私。足元に注意して渡る途中、砂ぼこりを上げながら黒い塊が接近してきました。気がついたのがほんの1~2m手前。落石と思い反射的に1m程先にある立木に飛びつきました。30m程下で熊が体勢を立て直しています。落石ではなく熊でした。熊が私を襲ったのです。もし気がつかず避けなかったら、熊と共にガレ沢を落下して、熊手とキバのエジキでした。胸をなでおろします。3番目を歩いていた松谷Jrさん、目の前を通り過ぎた熊に驚き父親の後ろ迄逃げていました。ガレ沢の15m程上には子熊がウロウロしています。子熊の写真を撮ると云う別所さんをなだめて早々と現場を離れました。別所さんは獣の気配を感じて茂みに注意をしていたそうです。子連れ熊が人の気配で威嚇をしていたが、近づいたので攻撃に出たのだろうと解説してくれました。
 長い沢登りの後、稜線に出たのは夕方、大菩薩嶺を越して丸川峠を下り泉水谷林道に入る頃日が暮れました。夜空を行く飛行機の音に別所さんは2度熊だと声を上げます。熊の威嚇はそんな音だったのでしょう。
 今回は飛びかかって来ましたが、ばったり出会った時はどうするか。昔から死んだふりをすると云われていますが、熊手とキバを思うととてもできません。背中を見せて逃げるのは最悪で、じっと見合うのがベストだそうです。ばったり出会わないためにも熊よけの鈴やラジオが必要です。熊にも人間を恐れる本能があり人を避けながら生活をしていますが、奥多摩の熊は人を恐れない新世代の熊と「山渓」に載っていたそうです。
 三峰山岳会70年の歴史の中で熊に襲われた話は聞きませんから、襲われる確率は少ないのでしょうが、私の熊恐怖症は当分の間続きそうです。


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