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三峰との10年
小堀 憲夫

 三峰に入会してから10年が経とうとしている。三十路を少し過ぎて、学生時代から続けてきた縦走やハイキングだけではもの足りなくなった。家庭生活と仕事だけの生活を物足りなく感じ始めたという方が正確かもしれない。岩登りを習い、沢の面白さも少し覚え、仲間が欲しくなった。「岳人」に「岩つばめ」が表彰されているのを見て「なるほど、こういうこともしっかりやっている会は良いかもしれない」と思った。いくつかの候補の中から新人募集広告の内容で相性の良さそうな会を選び、最終的に2つの会が残った。そして入会案内を取り寄せた時の便箋に可愛いキリンの絵が画いてあった三峰を選んだのだった。もう1つの山岳会とはその後北岳バットレスを登っている時に挨拶を交わしたことがある。三峰は当時飯田橋の雪印乳業の健保会館でルームをやっていて、狭い部屋だったせいもあり、最初に出たルームは満員に近い状態だった。例会報告を聞いていて女性陣が頑張っているなとの印象を受けたのを覚えている。沢の例会募集に手を挙げたら、田原元会長に「沢はオタメシ山行に参加した後入会し保険に入ってからだ」と言われ、大久保元委員長の例会に参加し、晴れて三峰山岳会会員となった。
 三峰に入って何が変わったか、何を学んだか、この10年を振り返ってみた。
 まずは、何と言っても山仲間が増えたことが一番の収穫だろう。本来人見知りで非社交的なので、それまでは一部の例外を除いてこのような濃い人付き合いをした経験がなかった。今では三峰会員との付き合い抜きで自分の人生を考えられないまでになった。
 次に挙げられるのは山の活動範囲が広がったことだろう。会社にワンゲル部を作りそれなりに活動はしていたが、せいぜいハイキング+α止まり。冒頭にも少し書いたが、そもそも三峰に入ることになったのは、2人目の子供が生まれ、ただの給料配達人になったころ、勧める人がいてICI石井の登山学校に通い、岩登りの面白さを覚えたのが始まりだった。落ちこぼれに近い生徒だったが安全な確保技術だけは身に付いたと思う。ワンゲルメンバーにその面白さを伝えようとしたが、それに応えてくれるメンバーはいなかった。企業に所属するクラブの限界だったのだろう。そして社会人山岳会に仲間を求めることになったのだった。選んだ三峰は同じ沢でもレベルがちがっていた。中でも印象的だったのは今でも苦手な「高巻き」技術。最初のころ東北の沢に行った時、「えっ、こんなところをザイル無しに降りるのか!?」とショックを受けた。恐る恐る頼むと、怖い顔の金子現会長がしぶしぶザイルを出してくれたのを覚えている。それが今では普通に降りられるようになった。当然のことだが、山の活動範囲が広がるということは、それに伴い技術の習得も必要となるということだ。縦走、雪山、その他の山行も同様。活動範囲広がると同時に技術を知らず知らずの内に教えてもらったのだと思う。
 そしてもう一つ大事なお宝を手に入れた。この10年三峰の仲間と共に色々な山で数え切れないほど焚き火をした。焚き火の楽しみは何物にも代え難い。それまでの山でも焚き火はやっていたが、三峰に入ってからの焚き火は一味違うものになっていった。そう思い込んでいるのは私だけかもしれないが、宗教に近い精神性がある。良い焚き火をするためにはそこに辿り着くまでに色々なステップが必要で、それは山登りの技術であったり、山仲間との信頼関係であったり、人生の垢であったりする。すべてを覚えているわけではないが、中には思い出に残っているものが幾つかある。盛大な焚き火、賑やかな焚き火、しんみり味わい深い焚き火、中には悲しい焚き火もあった。一日の行程が終わり幕場に到着する。程よく疲れていて腹も減っている。幕場に着いて真っ先にやることは勿論天幕張りで、次が薪集めだ。沢の場合はその前にビールを冷やす大事な儀式がある。一晩分の薪が集まりノコで適当な長さに切り揃え準備完了。風の通る向きに対して平行にまず太めの薪をいかだのように並べる。この最初のいかだを並べた範囲がその日の焚き火の大きさとなる。次に中くらいの薪を何段か平行に並べた上に少し多めの小枝を盛る。着火材は紙、樺の皮、ガムテープ、メタ、何でも良い。以前キャンプ用品売り場にあった、スティック状に固めたノコ屑に、油を染み込ませたものを「焚き火の素」と称して長いこと使っていた。最近は店に置いてないので、仕方なくメタを常用している。小枝の中心に着火材をセットして火を着ければ程なく炎が立ち登る。幸せの香りが辺りを包む。仲間と共につまみと酒を持って火の周りに集まる。暖かさも手伝い程よく酔い、話が弾む。その内メシもできて腹も落ち着く。そして至福の一時「焚き火の時間」が訪れる。おしゃべりをしても良いし、歌を歌ってもよい。何もしないでただ炎を見つめ静かに酒を飲むのも良い。フッと気が付くと、可愛く光る視線が森の奥からこちらを窺っていたり、ユラユラとホタルが飛んでいたり、ヨタカが直ぐ近くで鳴いたり。立ち上がり背伸びをしながら顔を上げれば、頭上には満天の星空が広がり、夜風が頬の火照りを冷ましてくれる。こんな焚き火の楽しみを教えてくれたのも三峰だ。
 先日80歳のご高齢にもかかわらず、元気に薮をこいでいるご老人に山でお会いした。私もいつまで現役でいられるか分からないが、身体と心を鍛え、テントを担ぎ三峰の仲間と共に山登りを続けていきたいと思う。


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