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ザックと私
中沢 佳子

 初めは、すぐにでも新しいザックを買い直すつもりだった。7年前に山道具を揃えた時貧乏学生だった私は、予算の都合上、やむなく今のザックを買ったのだ。なのに、未だに使い続けてしまっている。そして、当面新たなザックを買うつもりは、ない。
 7年前の6月、苗場山がザックと私の山デビューだった。新人たちの真新しい「MILLET」や「LOWE ALPINE」「KARRIMOR」のザックについて、先輩が「重い」だの「背負いやすい」だの「機能が充実している」だの、コメントを発していた。
 が、私のザックについては、一言「そんな名前、知らんな」・・・悲しいデビューだった。
 学生時代は、夏山縦走にしか行かなかったが、雨が降り、皆自分のザックにカバーをかけるとき、「MILLET」も「KARRIMOR」もただの緑や黄色のザックになるので、妙にほっとしたのを覚えている。
 そして、3年前の5月。どうしても冬山への憧れを断ち切れず、三峰山岳会に入会した。
 冬山に登ってみたい、と言った私に、三峰の方々は、熱く熱く熱く「沢も良いし、ブナもいい。焚き火も、岩も、山スキーだって最高だよ。ヤブにも行けるし、山菜も、キノコも採れるんだよ」と、山を丸ごと楽しむ方法を教えて下さった。
 沢靴を買い、ギアを揃え、冬装備を整えているうちに、ザックの買い替えは後回しになってしまった。それに、買い換えようという思いも薄らいできていた。多分、パッキングは下手くそだと何度も笑われたが、ザックについては、いまどき珍しく幅が広くて使いやすそうだ、と誉められた(?)からだと思う。
 だんだんと、確実に、ザックに愛着が沸き始めていた・・・にも拘らず、3年前の12月とんでもないことをしてしまった。
 広沢寺でトレーニングをした帰り、厚木の駅前で忘年会を開いた。盛り上がって、二次会に突入し、屋台で日本酒を飲んだ・・・、ことまでは覚えている。次の記憶は、成城学園駅。「ううっ。気持ち悪い」と思った瞬間、私はいとしのザックに自分の胃袋の中身をぶちまけていた。隣で、当会の高橋(俊)が死んだように眠りこけていたのが、かすかに目に入ったが、変色したザックとともに成城学園の駅で降りた。朦朧としながら階段を上がり、トイレを探し、ザックを洗った。嗅覚も感覚も感情も麻痺していたのか、ただ「このザックを洗って家に帰らねば」とだけ思っていた。
 新宿で降りたとばかり思っていた高橋は、真冬の小田原城址公園でビバークしていた。

 以来、何事もなかったかのように使い続けている。このザックは、背中の部分に、伸縮を調整する機能はないし、腰ベルトの部分も破れてきた。コの字型の、なぜか取り外し可能なアルミフレームが付いているし、「付けると楽になる」と言われて、肩のところに20センチくらいの紐(通称・お助け紐)も付けてしまった。
 私のザックはニッピンオリジナル『BLIKIA』(9600円くらい)。
 こいつと、三峰の方々とともに、今後も山を楽しみ続けていきたいと思っている。


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