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私の思い
松尾 修

その1 ハイ松漕ぎの勧め
 4月に長野に転勤して以来、5ヶ月ぶりにルームに顔を出すことができた。皆さんの顔を見ると不思議に我が家に戻ったような安堵感を覚えた。ルームでは土肥さんから70周年記念号への寄稿を要望され、テーマも「ハイ松漕ぎの勧め」を所望するとのことであった。
 「ハイ松漕ぎの勧め」これは、私の沢登りに対する拘りであり、また、自分自身に課せた目標のようなものである。私は、沢や岩登り対して妙な拘りがある。それは「必ず稜線へ抜け、ピークを踏まなければならない!」である。
 沢も岩もルートの美味しい所、楽しい所だけを登り、後は適当に尾根に逃げ下山ルートへ迂回するなどといった合理的かつ効率的な登りは許せないのである。沢でいえば、最後に待ち受けるハイ松のブッシュ帯の遊泳や三歩進んで二歩下がるザレ場の詰めになぜか血沸き肉踊るのである。悪戦苦闘の末、稜線へ抜け、さらにはピークに達した時、一つの仕事をやり遂げた達成感を実感するのである。
 この個人的な喜びの追求のため、以前、中アの沢登りでは、多くの方々に辛い思いをさせてしまった。その時、土肥さんに語った我が思いがこの「ハイ松漕ぎの勧め」なのである。この思想は、岩登りにも通じるものがあり、岩ルートもなぜか終了点がピークとなる岩稜が好きなのである。ピークに達する手段として、"岩を攀じり沢を詰める、そしてハイ松を漕ぐ" これが自分の求める"登り"のスタイルなのである。そう実にビューティフルである!

その2 なんとか年に一度は岩登りを!
 40歳をとうに過ぎ、近頃年齢や仕事・家庭の都合等から、岩を中心としたハードな山行から遠ざかりつつある。
 こう言うと以前はたいそうなクライマーだったように聞こえるが、実態はハイグレードなルートは登れず、ましてや人に誇れる遠征と称する海外登山の実績も無い。単なる「軟弱休日岩登り愛好家」であった。
 そのような私ではあるが、今でも気持ちの中には「アルパインクライマーとしての姿勢を持ち続けよう!・・・ いや、持ち続けたい!」という思いがある。
 この思いを実行に移すべく、一昨年より一つの目標を立てた。それは、過去に四苦八苦して登ったルート、取り付いたものの完登できなかったルート、事故等のアクシデントにより敗退したルートを今一度、「ゆっくり、のんびり、楽しみながら確実に登る」というものである。
 アンザイレンのピッチをスタカットで、フリーは人工で、とにかく確実に登れば良いのである。ピッチの区切りではパートナーと会話を交わす余裕を持って、ルートの特徴や個性を堪能し、味わうクライミングをしたいのである。
 昨年、名古屋で所属している会「千種アルパインクラブ」の代表が交代し、新代表(T氏)と酒を酌み交わしつつ語り合う機会があった。
 16年以上も昔のことになるが、私とT氏は4年ほど1月の成人式の休日には、北ア・唐沢岳幕岩の冬期登攀に通った。二人の間では「幕岩詣で」と呼んでいた。
 ある年、50歳過ぎのガイドらしき男と40歳過ぎ男の二人パーティと行き会った。当時、私達二人もそれぞれ20代・30代の半ばであり、「俺達も歳をとっても彼等のように冬壁に挑むクライマーでいよう!」と誓い合った。その後、T氏はクライミングの修行を積み、二度に及ぶ両足骨折にもへこたれず! K2の初登ルートを登攀隊長として落とした。一方の私と言えば、皆さんもご承知の通りの有様である。
 その時の事を思い出し、「俺達もあの時の二人連れのような歳になってしまったなぁ」と談笑しつつ、二人でまた、幕岩に行くことを約束した。
 話が逸れてしまったが、言いたいことは要するに、いつまでも"クライマー"でいたいということである。10回行く山行の内、1回でもいい!いや年に1度でもいいからクライマーとして、岩やバリエーションルートに取り付きたいのである。
 このような気持ちだけが先走り、ろくなトレーニングもせずにいつも本番に挑むため、敗退の連続であり、マイナス記録を更新している。冒頭に述べた山行の目標「ゆっくり、のんびり、楽しみながら確実に登る」の実現は、いやはや難しいものである。
 最後に再度、話を脱線させていただくが、私が岩を始めた頃、三重県の御在所・藤内壁がゲレンデであった。私に初めて岩登りを指導してくれたのは、東海山岳会のF氏であったが、ゲレンデのクライミングにも拘らず、腰にしっかり頑強なハンマーをぶら下げていた。F氏は、当時30代半ばの実績あるアルパインクライマーであった。そのトップで登るF氏のスタイルを見て、後続パーティの関西弁フリークライマー達が、ハンマーを携帯している事を嘲笑していた。
 その時、私は心に決めた。いつも腰にハンマーを携帯するオーソドックスなアルパインクライマーであり通すことを!
 なんだか年頭の所信表明のような文章になって恐縮ですが、そういう訳で皆様、今後ともよろしくおつき合いしてやって下さい。


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