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僕の槍ヶ岳
中村 順

 槍ヶ岳は好きな山です。まだ山屋をやっていない頃から登ってみたいと思っていました。就職した夏に大学のワンゲルをしていた友人が一緒に山に登ろうというので、なら槍ヶ岳にと決めました。富士山に登ったくらいで本格的な登山はしたことがなかったのです。
 槍平に泊まり、槍ヶ岳を目指しましたが、天気は快晴ですが暑いのと山小屋でも余り寝られず、食料、シュラフ持参ということで初めてにしてはやたらと重いザックで足は鈍ってきます。そのうちにのどは渇くし、息はぜいぜい、頭はガンガンで、高山病です。ジグザグの登山道を曲がるたびに立ち止まる。やっとの思いで肩の小屋に着きました。槍ヶ岳の頂上の眺めは抜群で、初めて本格的な山に登って見たあちこちに残雪のある景色に感動しました。
 翌日、友人の立てた計画は、西鎌尾根から笠ヶ岳までの縦走コースです。私は全く知らないから任せたのですが、今考えても長すぎたと思います。しかし前日と異なって快晴の中どんどん進みました。西鎌尾根から見る北鎌尾根はすさまじく感動的で、出来るはずもないけど登れたらいいなと思いました。秩父平を過ぎ抜戸岳にきて、もう笠ヶ岳はすぐなので一本とろうということになり、疲れてもいたので何気なくザックを置いたところ、とつぜんゴロッと転がりだし、あっという間に岐阜側に転んでいってすぐ見えなくなりました。あわてて登山道から脇のハイマツ帯に入って追いかけていくと、その先もハイマツだが角度は急になり、ザックは見あたりません。笠ヶ岳山荘に泊まり、翌日戻ってザック探しです。ハイマツは上から見ると平らに見えますが、その中はでこぼこで動くだけでも大変と知りました。半日がかりで、200m位下のハイマツのくぼみに落ち込んでいたザックを見つけたときはほっとしました。ハイマツでなくお粗末な経験でした。
 翌年、今度は一人で裏銀座コースを通って西鎌尾根から槍ヶ岳を目指すことにしました。友人に聞いたら、それならおもろい小屋番とインチキな画家のいる船窪岳から入るのがおすすめとのことでした。そこで葛温泉から入山しました。それほど高い山ではないし、静かな山とのガイドブックの解説で軽い気持ちで入ったのに、ずっと樹林帯の中の登りで行けども行けども景色はなく誰とも会わず不安がよぎります。水もみんな飲んでしまいへとへとになってやっとの思いで天狗の庭に付いたとき、あこがれの槍ヶ岳が見えて感動しました。そこからは高山植物が咲き乱れるお花畑の道で、山の上にこんなすばらしいところがあるのだとまたまた感動しました。その平らの道の途中で麦わら帽子をかぶったかわいらしい少女に会いました。ウソッ! この山の反対側に駐車場があって家族連れで来ているのだと思いました。おもろい小屋番に親切にしてもらい、インチキな画家とは小屋番の兄貴だと教えられました。これが江村兄弟との出会いで、三峰のルームに出てみたらと紹介されたのが三峰に入るきっかけでした。
 その後、槍ヶ岳はスキーで行きました。肩の小屋から真っ青な空と真っ白な雪の中を槍沢を滑っておりたのは、山の経験の中でも最も印象に残っております。そしてついにはあこがれの北鎌尾根も登りました。北鎌尾根の最後のつめである槍ヶ岳直下の場所でテント泊しましたが、その晩は緊張の登山の疲れと感動と興奮で一睡も出来ませんでした。
 最近はやや山から遠ざかっていますが先年家族で槍ヶ岳登山をしました。女房も子供も軽く登り家族で行った山では一番良かったと話しております。やたらと老人グループの登山者が多かったです。若いときになんであんなに苦労して登ったのだろうと思うのですが、その感動はいまだに失せることなく、何かあると槍ヶ岳で経験したことを思い出すこのごろです。


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