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阿弥陀岳中央稜
金子 隆雄

山行日 2004年1月31日~2月 2日
メンバー (L)金子、越前屋、小堀、紺野、荻原

 阿弥陀岳の山頂に至るルートは沢山あります。最もお手軽に登れる行者小屋から中岳を経て登るルート、雪の状態が良ければ中岳沢を詰めてもいいでしょう。ちょっと長いけど御小屋尾根から山頂に至るルートもあります。バリエーションルートとしては北稜、北西稜、南稜、中央稜などがあります。このうち今回はまだ登ったことのない中央稜から阿弥陀岳を目指すことにしました。○○稜なんて名前がついているので難しそうに思えるかもしれませんが、そんなことはありません。
 中央稜は広河原沢を二分する尾根で下部は樹林帯で上部は岩稜となっています。途中に二つの岩峰がありますがいずれも捲いていけるので容易です。ザイルを要するような所もありません。

 金曜の夜に八王子駅に集合し、車で八ヶ岳を目指す。船山十字路方面への入口がわからず行ったり来たりを繰り返したがどうにか見つけることができ、雪はあったがチェーンをつけることもなくゲート前までは順調に来られた。ここで止めておけば良かったのだが魔がさしたと言うか、ゲートが開いていたのでもう少し行ってみようと入り込んだのが運の尽きだった。50mも進まないうちにはまり込んでしまい、にっちもさっちもいかなくなってしまった。チェーンをつけても空回りするだけで、進むも退くもできない状態だ。1時間くらいかけて押したり引いたりしながらどうにかゲート前まで戻ることができた。
 そんなわけでテントを張って中に潜り込んだのはかなり遅い時間になってしまった。ずっと外に出ていたので体も冷え切ってしまった。

1月31日(土)
 昨夜寝たのが遅かったので起きたのも遅かった。周りに停めてある車の連中はとっくに出かけたようで誰もいない。しかし慌てる必要はない。中央稜は短いので日帰りも可能なのだ。そこを2日かけようというのだから急いでも仕方ない。
 準備を整え出発したのは8:20だった。ずっと踏み跡が続いていたのでラッセルすることもなく1時間強で広河原沢の二俣に到着した。中央稜に取付くには右俣に入って枝尾根を登るか、または左俣に少し入って末端近くから登るかのどちらかだが、我々は左俣に入ることにした。取付けそうな場所を探しながら上流へと遡って行くが、どこも急で適当な所がない。ずいぶん奥まで入り沢もゴルジュっぽくなってきたので、諦めて右俣側から取付こうということになり引き返すことにした。
 二俣まで戻ったところで赤テープを発見した。あまりにも二俣から近くて注意を払っていなかったので見落としていたようだ。この赤テープのある場所から取付くことにする。
 雪は少なく、傾斜が急で滑るのでアイゼンをつけてしばし急登に喘ぐ。1時間弱で傾斜も緩くなり一息つく。尾根上もラッセルに苦労する程の雪はなく、天気も良くて日溜りで昼寝でもしたい気分だ。
 前方に岩峰が見えてくると樹林帯も終わりに近い。樹林帯を抜けてしまうと幕場がなさそうなので少し早いが(少しどころじゃないな)幕営することにする。4時間程しか行動していないが我ら中高年にはこの程度がいいのだ。このまま先に進めば今日中に抜けなくてはならなくなる。それではせっかく担ぎ上げてきた酒がただの重しになってしまう。ここは是非とも泊って宴会をやらねばならない。それが重要な目的の一つでもあるのだから。

2月1日(日)
 今日も天気は申し分ない。6:40に出発する。樹林帯が終わりかける辺りは雪も深くなり交代でラッセルを続けると浅いルンゼ状となり、目の前には一つ目の岩峰が聳えている。下から見上げると巨大なドームに見える。
ドーム状に見える一つ目の岩峰  この岩峰は右側の基部をトラバースして廻り込み、短いルンゼを登り切ると二つ目の岩峰とのコルに出る。目の前には二つ目の岩峰が控えている。二つ目の岩峰は左から岩峰に絡むように登って越える。この辺りより視界が開けてきて南稜なども見渡せるようになる。
 しばらく岩稜帯が続き、慎重に登って行くと御小屋尾根に合流して中央稜は終わりだ。荷物を置いて阿弥陀岳を往復する。
 下山は当初からの予定通り、御小屋尾根を下って途中から広河原沢に降りてゲート前に置いてある車まで戻るというルートをとることにした。御小屋尾根をどんどん下って行くと「不動清水入口」という木の看板がある。ここから広河原沢を目指して一気に下ると約20分で沢に降り立つことができた。降りた所は左俣の奥で更に二俣になっている左沢の方だった。少し下ると右沢との出合だ。出合には4~5mの滝があり凍っている。荻原、小堀、越前屋の3名は右岸側の凍った部分をクライムダウン、紺野さんは左岸側をトラバース気味に下降した。最後の私は紺野さんの後に続いて左岸側を下ろうとして後ろ向きに一歩を踏み出し、目についた木の枝をつかんだ。ポキッという乾いた音とともにバランスを崩した私の体は宙に浮いた。ちょうど後ろ向きに飛び降りたような格好になり両足から着地した。この時、下が柔らかい雪だったら何事もなかったのだろうが、残念なことにそうではなかった。着地と同時に右足に強い衝撃を受けて転げてしまった。
 「やってしまったー」と思いつつ恐る恐る足首を動かしてみると何とか動くので大したことなかったのかなとホッとする。しかし、いざ歩いてみると激痛が走り一歩も歩けない。どうやって下山するか、這って降りるか、いやそれも現実的ではない。やはりここは同行のメンバーに頼るしかない。ここは携帯も通じないので救助を要請することもできない。また、パーティーによるセルフレスキューが充分可能と考えたので救助要請は思いとどまってもらった。結果的にはこの私の拘りが同行メンバーに多大なる苦労を強いる結果になってしまった。
 私を搬出する前に邪魔な荷物を運んでしまおうということになって4人は一旦下降して行った。シーンと静まりかえり時折風が木々を揺らす音だけが寂しく響く沢の中で待つこと1時間程で4人が戻ってきた。車までは行けずに二俣に荷物を置いてきたそうだ。
 最初は背負って搬出することを考えたがこれはうまくいかなかった。人間を一人背負って足場の悪い沢の中を下るのは容易ではない。すぐによろけてあちこちにぶつかるので背負われている私もかなり辛い。次の手として空のザックを連結して担架代わりにして運ばれることになったが、ザックは先ほど二俣まで下ろしてしまったのでまた取りに行くことになった。3人が帰るまでただ待っていても時間が過ぎるばかりなので少しでもいいから降りておくことにする。ストックを杖代わりにして小堀の肩を借りて歩き始めるが、なんせ右足が全く使えないので1回に歩けるのは3歩がやっとだ。小さな滝の上まで来た所でザックを取りに戻った連中を待つことにする。ここまで時間は結構かかったが距離は100mも進んでいないと思う。
 程なく皆が戻ってきた。すぐ先の小さな滝はザイルで吊り降ろしてもらい、その後は担架代わりのザックに乗せられ引きずられるようにして運ばれる。どうにか荷物をデポした二俣までは辿り着いたが既に暗くなりかけていたのでその日は二俣で幕営することにした。
 テントを張り終えると皆が気を使ってくれて2~3人用テントを一人で使わせてもらうことになった。4~5人用テントでは明日の対応について話し合っている声が聞える。救助装備もろくにない状態での自パーティーだけでの搬出は時間がかかるばかりなので救助を要請しようという結論のようだ。話の内容は全て私にも聞こえていた。これ以上皆に負担をかけるわけにもいかず受け入れることにした。事ここに至っては皆にどうこうしろと言える立場ではなくなっていることを自覚せざるを得ない。
 ここは携帯が通じたので警察や消防などに連絡をとったがなかなか現在地をわかってもらえないようだった。最後に諏訪の遭対協と連絡が取れて現在地や状況などをわかってもらうことができて、明朝7時に救助隊がここまで来てくれることになった。緊急連絡先の田原さんにも連絡を取ることができた。各方面への連絡には小堀委員長があたってくれた。

2月2日(月)
 7時半頃、救助隊より林道まで来て欲しいとの連絡が入る。何だかよくわからないが車が立ち往生しているようなので何名かが迎えに行く。到着した救助隊は2名だった。茅野警察署の若い警察官と遭対協のベテラン救助隊長だった。
 早速、救助隊が用意してきたソリに乗せられて搬送される。搬送は実にスムーズだったように思う(運んでいる方はそうは思わなかったかも知れないが)。雪上でのソリの威力は絶大だ。運ばれている方の負担も少ない。
 林道に出て軽トラックの荷台にソリごと積まれてしばらく走って待機していた救急車に収容された。
 こうしてお気軽に阿弥陀岳を登って降りてくるはずの山行はとんでもない結末で幕を下ろすことになってしまった。
 ケガの程度は、右足首の関節が3ヶ所骨折、関節の内側の骨が潰れているということだった。手術を担当した医師からは、最善は尽くすが最悪の場合は一生痛みが残って歩けない可能性もある。その場合は関節を固定してしまって曲がらないようにしなければならないと散々おどされた。しかし、今手術から3ヶ月程経過した時点でその心配はほぼなくなったようだ。まだ普通に歩けるまでには回復していないが、山に復帰できる日もそう遠くはないと思っている。

〈コースタイム〉
1月31日 ゲート(8:20) → 広河原沢二俣(9:40) → 中央稜上幕場(12:30)
2月1日 幕場(6:40) → 麻利支天(10:15) → 阿弥陀岳(10:30) → 不動清水(11:40) → 広河原沢左俣(12:00) → 二俣(17:30)
2月2日 幕場(8:00) → (10:00) 救急車収容

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