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刃物ヶ崎山~雨ヶ立山
越前屋 晃一

山行日 2004年3月19日~21日
メンバー (L)越前屋、橋岡

 遠くから小さく雪崩の音が聞こえてくる。
 上越国境稜線・桧倉山の直前に張ったテントの中で、核心の刃物ヶ崎山東南稜を登り終えた満足感にひたり橋岡君と静かに酒を酌み交わす。しかし、表現のしようのない何かが気持ちの片隅に残っていた。申し訳がないような、残念なような・・・。
 もともと、この例会は昨年同じ計画が敗退したことを受けて、金子会長が「今年こそは・・・」と予備日を加えて万全の構えで計画していた。ところが、その会長が2月の阿弥陀岳中央稜の例会で負傷してしまい、リーダーをすることが出来なくなったので私が代わることになったという経緯がある。
 もっと正確に言えば、病院に見舞いに行ったときに「刃物ヶ崎の例会が出来なくなってしまいましたね」と言った私に、「代わりにやっていいよ」と会長が言ったといういきさつがある。
 昨年、家ノ串山の手前で春の大雪に見舞われて敗退。一昨年は、雨ヶ立山ピストン。両方に参加していた私としても「今年こそは・・・」と考えていたから、ありがたくこの提案を受けさせてもらうことにした。
 問題は、誰がパートナーとして名のりをあげてくれるかということになった。予備日を1日とることにしたために休暇を2日とらなければならないとなると、そうおいそれと名のりをあげる人もいないだろう。ここは、一番、目下売り出し中の橋岡君に登場してもらうしかあるまい。「年度末で休暇がとりにくいんですよ」としぶるのを口説き落として何とか例会が成立した。

3月19日
 早朝、仮眠した谷川岳ロープウェー駐車場を出発。休日前の6F売店前はいつも仮眠の山ヤでいっぱいだが、今日は一日早いので私たちしかいなくて静かなものだった。おまけに平日駐車料金無料の看板が立っていて、いつもはがっちり徴収される1000円の駐車料金が浮いて朝からご機嫌だ。
 矢木沢ダムのゲート前に車を止めて身支度をしていると、ダム関連の整備工事をしている須田建設のおじさんが出勤して来て「なんだまた来たのか」と言って近寄ってきた。一昨年は雨ヶ立山のピストン、昨年は大雪になって家ノ串山手前で敗退、と3年連続できているので顔を覚えられてしまった。このルートを登る山ヤは少ないらしく「毎年、ひとりかふたりだな」と言う。見張っているわけでもないだろうから、まったくその通りとまでもいかなくても私たちを除くとほとんどいないことになる。
 現場事務所から少し下にあるデンコさんの電力館の駐車場に車を止めて須田貝ダムを7:30に出発。舗装されたダムの取付け道路には雪もなく矢木沢ダムに9:20到着。刃物ヶ崎尾根の末端に取り付けられた鉄はしごを登ってアンテナが立ち並んだコンクリート製の基礎のあたりから登り始める。昨年に比べると雪の量は半分にも満たなく取り付きはすぐわかった。朝からの好天で早くも雪が腐り始めて、少し足がぬかるが上々のスタートになった。
 1113mから奧利根湖の対岸の山並みを望む。このあたりから1250mくらいまで広々としたブナ林が続く。せっかく持ってきたのだから輪かんをつけることにしたが、いままでスカスカぬかっていたのが嘘のように歩きやすくなった。ずぼらをしないで、さっさと付ければよかった。
 14:00。少し早いが1400mの小ピークに幕営。のんびりと山々を眺めながら落日を迎える。

3月20日
 6:15出発。7:00、家ノ串山(1534.3m)東峰。雪庇が大きく張り出していたので踏み抜きに注意しながら樹林のギリギリを進む。7:15、西峰に着く。ついに刃物ヶ崎山が姿を現した。昨年は大雪と強風にはばまれ家ノ串山の直前で引き返したので、2年越しの初対面ということになる。1607mと小ぶりではあるが、その山容は見事である。
刃物ヶ崎山東南稜  登攀開始、8:00。刃物ヶ崎山東南稜。その名のとおり刃物のような姿であり、残雪が刃紋のようにも見える。ザイルも30mと短く、ギアも少なかったので細かくピッチをきる。
 最初の3ピッチあたりでいったん安定するが、すぐにナイフリッジが続き、ハモン沢側はスッパリと切れ落ち、矢木沢側はいつ雪崩になってもおかしくないシュルンドが口を開けていてビビリまくり・・・。逃げようがなく、ラインの中央を攀じる。
 第一岩峰は正面を登る。岩峰のうえのキノコを切り崩して下り、2つ目の岩峰はシュルンドの縁を岩を伝いながらすり抜ける。3つ目の岩峰は右に回りこんで、最後の雪壁を雪庇が最も小さくなったところめがけて慎重に登る。ピッケルで雪庇を切り崩し山頂に飛び出した。
橋岡君、はいポーズ!  8:30から11:30まで、3時間半。目一杯の登攀だった。
 中間のピッチでいっきに視界がなくなり、雪が舞い始めた。これが、ある意味で幸運であった。昨日、早めに切りあげてしまったために登攀開始が少し遅くなってしまっていた。もし、朝から好天が続いて雪がゆるんでいたらわずか20~30センチの厚さのナイフリッジの先端につかまってトラバースすることなど恐ろしくてできなかっただろう。
 山頂は雪に覆われ、きびしい登りからは想像のつかない穏やかな姿だった。ゆるやかな稜線が白い視界の向こうに続いていた。視界はないが穏やかな降雪なのが助かる。
 稜線上にどこまでも動物の足跡がある。もう、春の知らせを聞いた者たちが動き始めたに違いない。
 今夜はなだらかに走る尾根の先端のあたりのブナ林に幕を張ることにする。さあ、いよいよ明日は上越国境稜線だ。

3月21日
 昨日の雪もすっかりあがって、国境稜線が目の前に横たわっていた。正面に桧倉山、続いて大烏帽子岳。巻機山方向に柄沢山。
 橋岡君とふたりで「いいネエ、いいネエ」と連発する。あんまり言うと格好が悪いし、わざとらしいかと思うがまた「いいネエ」とどちらからともなく言う。
 9:50、大烏帽子岳山頂。山頂を省略してトラバースして布引尾根に乗ろうとしたが上部の雪面に大きな亀裂があり、結局山頂まで登ことになった。東面にのびる大烏帽子岳山頂からの布引尾根の下りはゆるやかだったが朝の日差しを受けてすでに腐りきっていて猛烈な勢いでアイゼン団子をつくった。高下駄状態になって危険なのでこの傾斜でいかにも情けなかったが後ろ向きで降りることに・・・。
 雨ヶ立山(1626.7m)の山頂についたのはちょうど正午。予備日もあり休暇もとっていたので最後まで悩んだがここで予備日を使わずに下山することに決めた。
 須田貝ダムに向かってゆるやかに延びた布引尾根右稜は、ブナ林に包まれてこのまま下山するのがもったいないようなたおやかな尾根である。後ろ髪を引かれる思いであった。1300mあたりでは尾根を横断している小熊にあった。母熊に遭うのもいやなので「ホーホー」叫んで歩く。思いのほか上手にできて熊撃ちの勢子かなんかのような気分になっていい気持ちだ。アイゼンをはずしてしばらく駆け下りるとやがて1200m付近に送電線の鉄塔が立っている。さらに少し下って一旦1132mに登り返し次の最低鞍部を沢沿いに須田貝ダムをめざして一直線に降りる。15:00、桧の植林帯をぬけると舗装道路に出た。

桧倉山から大烏帽子岳を望む

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