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残雪の北鎌尾根
荻原 健一
高橋 俊介

山行日 2004年4月30日~5月3日
メンバー (L)荻原、小幡、越前屋、高橋(俊)、橋岡

 「今年行かねば次は何時になることやら?」との思いから、3年連続で妻と幼子三人を残して参加してしまった正月合宿(北鎌尾根)。結果は深い雪に阻まれ、P4を越えたところまでしか到達出来ず、まさに惨敗の合宿だった。天気は冬の北アルプスの通常の気象の範囲内であり、あまり人の入らなくなった現在の北鎌尾根を登るだけの体力、技術、経験ともまだまだ不十分だったという一言に尽きると思う。重たい気持ちで下山していた途中、確かP3あたりで一本とっていたとき、何となく口に出した私の一言「5月にもう一回行きたいっすね」に小幡さんが即反応してくれた。「是非行こう!」と。
 こうして、正月合宿のリベンジメンバーに越前屋さん、俊介の二人を加えた最高のメンバーで5月とはいえ、雪の北鎌に再トライする運びとなったのだった。

〈4/29~4/30〉
 4/29の夜に新宿に集合。夜行で出発して、翌朝5時過ぎに信濃大町に到着。そこからタクシーで高瀬ダムまで入る。正月は葛温泉までしか入れなかったので大分得した気分だ。
 ダムを7時に出発する。湯俣までは、遊歩道(雪の影響で一部崩壊)を順調に進む。湯俣から先も雪はほとんどなく、夏道の踏み跡をたどって進む。心配していた徒渉は3回。何れも正月より大分水量が多く、千天出合手前の徒渉点は人によっては腰上まで浸水してしまい、スクラムを組むかザイルを出してもいいくらいだった。最後のP2基部へは、スノーブリッジがあった為、徒渉せずに対岸に渡れ大分時間が節約出来たが、それでも到着は16時くらいになってしまい、非常に疲れた一日となった。
〈コースタイム〉
高瀬ダム(7:00) → 湯俣(10:00) → P2基部(16:00)

〈5/1〉
 今日も先が長いので、3時起床、5時出発とする(実際の出発は5時半)。P2までもやはり雪はほとんどなく、ピーク下の急登部分も正月は大分苦労して登ったが、今回は露出した根っこ等をつかみながらノーザイルで簡単に登ってしまった。P2からは多少雪も出てきたが、アイゼンは不要。P4手前の急登は、雪がグサグサなのと浮き石が多く一ヶ所ザイルを出した。このあたりは細かいアップダウンが多く非常に時間がかかる。ようやくP4を越えて正月の到達点に着く。季節は違うが、ここから先は正月の悔しさを取り戻す為のアルバイトだと言い聞かせ気合いを入れ直す。P5は天上沢側からトラバースするが、トラバース地点の手前で5メートル程懸垂する。トラバースは雪が不安定であまり良くない。P6は逆に千丈沢よりトラバースする。途中、氷結している箇所があり誰がリードするかで揉める(決して前向きな話ではありません)が、一応名目上リーダーの私がリードする。見た目程は悪くなかったが、なにせ5人いるのでザイルを出すとやたら時間がかかる。本日はP8くらいには行く予定だったが、この時点で目標を北鎌のコルに切り替える。
 コル手前の下りも急なので懸垂する。結局コルに着いたのは15時半で、体もよれよれだったので迷わずテントを張る。本日も引き続き快晴でご機嫌の小幡さんは明日以降のことも忘れてガボガボウィスキーをのどに流し込み、大いに歌っている。他のメンバーもつられて大変にぎやかな晩餐会となった。
〈コースタイム〉
P2基部(5:30) → P2(7:10) → 北鎌のコル(15:30)

同じ日〈5/1〉 (高橋記)
 幕場からP2までの急登で始まる。木の根をホールドに使いながら高度を稼いでいく。いたるところに残置シュリンゲがあるが結構古いものが多いので要注意である。1時間程で急登も終わりP2に到着。今日もピーカンで朝から皆汗だくである。P2にはビバーク跡なのだろうか、Primusの空き缶やテルモスが転がっており、テルモスを持って帰ろうかどうか真剣に悩んでいる橋岡さんの横顔が素敵だった(?)。
 いよいよここからが北鎌尾根の始まりである。P2からヤセ尾根が続き何箇所か悪いところもあり気が抜けない。P4からは双六・三俣蓮華をくっきり見渡せる。P4から短いがいったん懸垂で下降し、天上沢側を長いトラバースでP5を巻く。トレースはあるものの不安定なトラバースの為三点支持で行動し、抜け口はコルに向けかなり急登になるのでダブルアックスで突破した。ほっとしたところで今度はP6で千丈沢側を氷化したルンゼに取り付く。中間支点が取れないものの、氷結状態が良くダブルアックスで見た目より簡単に突破できたが、氷の状態が悪ければなかなか手ごわいと思われる。今日中に独標まで行けるかも、とP4まで来たときには思っていたがやはり長大な尾根である。アップダウンが多く見た目以上に時間がかかる。P7からようやく北鎌のコルが見えた時にはもうバテバテだった。P7から30mほどの懸垂でようやくコルに到着。ちょうど2張くらいはれるスペースである。
 整地し早々に幕を張り終えたところで宴会突入。今回は軽量化に努めてきたが、これだけはっ?!としっかり隠しビールを持ってきていたので公表すると「えらいっ!よくやったっ。天才っ!」とのお褒めの言葉を。巨大なチーズ+ベーコンの塊を持ってきていた橋岡さんは「これだったらビール持って来い!」と非難囂々だった・・・
 長期山行になると、【ビール持参=天才】
 この三峰図式を早く理解しないとね。ただし350cc缶だったので、1人70ccしか飲めないのだが。
 さぁさぁ、じゃウイスキーだ、焼酎だと各人のエンジンがかかり始めてしまったので、この夜、小幡氏の雄叫び+おえおえ攻撃が止むことが無かったのは言うまでもない。

〈5/2〉
 さすがにみんな疲れが出てきたが、今日もやっぱり3時起床の5時出発。といってもやっぱり30分遅れの出発となる。雪稜歩きとなるが、朝方で雪がしまっているので非常に快適に進む。若干1名昨日飲み過ぎた人がつらそうだが、いつものことなので心配せずにそのまま進む。順調にP8、P9を越えていよいよ本ルートの核心である独標への登りにかかる。積雪期は直登が一般的なようで、トレースも直登していたので、その通り進む。
 最初の10メートル程の登りはかなり急で、一部雪も不安定だったので、登ったところで後続用にロープを出す。そのうえは特段難しいところもなくノーザイルで登り、独標頂上に飛び出す。ここからは、いよいよ槍ヶ岳が眼前に聳えている。昨日から一日ステイして槍ヶ岳のシャッターチャンスを狙っている単独行者に出合うが、素人目からみても、ここからの槍ヶ岳ならそれだけの価値が十分にあるように思われた。独標からはナイフリッジの稜線伝いに沿って進む。P14の登りは念のためザイルを出す。北鎌平到着が13時半。時間によっては、北鎌平で幕にしようかなと思っていたが、時間も早く天気も引き続き最高なので予定通り肩の小屋を目指す。穂先の登りは3ピッチで3ピッチ目は天上沢側より回り込むようにして登る。最初の1、2ピッチは雪稜、3ピッチ目は3級程度の岩登りも混じる。我々は2、3ピッチ目でザイルを出したが、途中ザックからザイルを出すのに苦労したので、北鎌平よりコンテで行ったほうがスムーズに行けるだろう。3ピッチ目の終了点が槍の穂先という最高のフィナーレをガイドブックではなく、実体験で味わえて本当に最高の気分だった。全員が到着するまでに30分以上かかり、頂上の強い風にすっかり冷え切ってしまい、写真撮影後早々に下山にかかる。雪は少なくアイゼンは外して降りた。16時半頃肩の小屋に到着してビールで乾杯。今日はこのまま飲み明かしてもいいくらいの気分だったが、夕方から出てきた風はいよいよ強くなりテントを張るのにもかなり苦労した。テント内の声も通らない程、風の音がうるさく疲れてもいたので、俊介特製の辛くて癖になるカレーを食べたら直ぐに消灯となった。
〈コースタイム〉
コル(5:30) → 独標(9:30) → 北鎌平(13:30) → 槍ヶ岳(16:00) → 肩の小屋(16:30)

槍ヶ岳登頂 旗が裏返しだよー

〈5/3〉
 昨日からの風はますます強くなっている。6時起床後、1時間程様子を見ていたが一向に弱まる気配がないので、強行に撤収して下山を開始する。肩の小屋でパッキングを整え8時下山開始。下山路の槍沢はこれから天気が下り坂になるのに、登ってくる人でいっぱいだ。スキーで快適に下っていく人をうらやみながら、雪に足をとられながらふらふら下る。3時間ほどでようやく横尾に到着、あとはビールを飲みながら疲れと酔いで更にふらふら下っていく。昨年の岳沢定着から始まった「嘉門次小屋の一匹の岩魚」で締めて、上高地までもうちょっとだけ歩いて本合宿を無事終える事が出来た。
 来年は、是非複数のパーティー、複数のルートからそれぞれの目標を達成して集中出来るような本来の合宿形式で臨みたい。
〈コースタイム〉
肩の小屋(8:00) → 横尾(11:00) → 上高地(15:30)

同じ日〈5/3〉 (高橋記)
 昨夜の強風でテントが揺られ、いまいち良く寝られなかった。すっぽりと絞っていたシュラフのドローコードを緩め顔を上げると、ちょうど顔の真上でテントが破けているではないか?! どおりでなんとなく冷たかったはずである。そのとき、荻原さんも起き始め、あーあ、やっちゃったなぁという顔を見合わせたが、しょうがないのでお構いなしにもう一回寝た。といっても寝られるわけは無く暫く様子を見ていたが一向に収まる気配が無いこと+このテント場はコルにあるので風の通り道になっているはずとの推測で、強行にテントを畳み、いったん槍山荘に逃げ込むことにした。読みどおり槍沢に入ってしまえば、風は収まるはずなのでパッキングし直し出発。天気は下り坂に向かっているにも関わらず、やはりGWだけあって続々と登ってくる。息せき切らして登ってくるのを尻目に、こちらはシリセードを交えながら下る。恒例となった(?)嘉門次小屋の岩魚を目指して。
 横尾で飲んで、徳沢で飲んで、嘉門次小屋で飲んで、飲んで、岩魚を食べて飲んで。1匹の岩魚を5人の大人が箸をつつき合い、ビンビールが5本並ぶその姿はまさに【欠食児童】の他に言葉が見当たらない。無事にこの儀式を終え帰路につく頃には穂高はすっぽりと雲に覆われていた。


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