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追悼集発行にあたって
金子 隆雄

 70年という年月は途方もなく長い、ほぼ人生に匹敵するような長さだ。会の70周年の年が過ぎ次の10年に向けてスタートを切った矢先に宮坂さんの訃報がもたらされました。週末であったため山行にでかけていて連絡がとれなかった会員も多かったのですが、5月16日に通夜、17日に告別式が練馬区の本立寺で行われました。
 宮坂さんと面識のない方も三峰山岳会を創立した3名(宮坂和秀、高木真次郎、森瀬茂)のうちの中心人物であり初代の代表者(会長)ということは聞き及んでいると思います。
 ここに宮坂さんの死を悼んで岩つばめと合併という形ではありますが追悼集を発行することになりました。古くから付き合いのあった方々の追悼文や宮坂さん本人が35年前に書かれた「随想 丹沢の山々」等からいくつか選んで掲載しました。
 私も会に在籍して20年になりますがついに宮坂さんとは山行を共にする機会を得ることはできませんでした。私が入会した頃は一線を退いておられルームにもあまり顔を出されないという状況でした。もっとも既に70歳近かったはずですから無理もないことと思います。
 1933年(昭和8年)に三峰山岳会を創立し、戦争という辛い時代を乗り越えて会を育て、そして見守ってきた宮坂さんにあの世で「こんなはずではなかった」と嘆かれないように、後を託された我々は初心に帰り気を引き締めてやっていかなければと思う次第です。
 皆さんと共にご冥福を祈りたいと思います。合掌

 最後に宮坂さんの略歴を記しておきます。

宮坂 和秀 (本名 宮坂 文夫)

大正3年12月1日  茨城県石岡市に生まれる
昭和8年3月      昭和8年3月 現在の都立第一商業高校卒業
昭和8年4月      第一銀行に入行
昭和8年10月     三峰山岳会創立
昭和17年5月     応召入隊
昭和20年9月     召集解除、復員
昭和22年10月    結婚
昭和42年10月    第一銀行退職、有終会に入社
平成16年5月     永眠

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