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葛葉川
宮坂 和秀

 丹沢の沢を歩いているうち、沢は滝とガレと藪とで構成されていることに気がついた。迂闊にやたらの沢を奨められないので、沢歩きの初心者に「この沢は大丈夫」といって安心して奨められる沢はないものかと心掛けるようになった。
 この葛葉川は菩提(ぼだい)に行ったとき、村の人に様子を尋ねると
「あゝ、本沢かね。これは悪い滝が多いから、気をつけて行きなよ」と教えられた。
葛葉川遡行図  葛葉川というのは金目川の一支流であって、羽根沢、堂屋敷沢、滝ノ沢、モトデイリ沢、大音沢などを集めている川で、この辺りでは私達が現在葛葉川と呼んでいるものは「本沢」といわなければ通じないことも判った。
 最初の頃は大秦野からのバスは、戸川経由渋沢駅行がなく、菩提止りで現在の郵便局の所から入った大銀杏の所がその終点だった。
 坊部落の数件の人家を通りぬけ、小径を登って行くと、やがて下りとなり桜沢橋につく。沢沿いの径を登って、この径は手白子(てじろご)堰堤の上で終りとなった。「物凄い沢」のイメージを抱きながら、ワラジに足を固め恐る恐る遡行にとりかゝったが、「物凄い沢」ではなかった。軽い滝が数多く次から次へと現われて、私を楽しませてくれた。
 三股から最後のこの沢最大の滝を登り越すと、平凡な沢となり次第に傾斜を増して来た。源頭を通りすぎると、狭い谷あいを一歩一歩と登ってゆく。と、突然沢は扇状に展けて、天にも続くかと思われる大崩潰が出現した。この崩潰を突き上げた所が、三の塔の頂上に違いないことは想像が出来た。
 一歩一歩と石を崩さぬように、石をだましだまし、その崩潰の中央部を登って行ったのである。土の崩れに到達するとすぐ草原となり、そこが三の塔の頂上であった。
 初心者に奨めるには持って来いの沢であったが、最後の大崩潰だけはまずいと思って、次回入ったとき、大崩潰の基部から左へ歩き易い箇所をトラバースして尾根に取付いて見た。ナタを持って行ってルートを開発したら簡単に三の塔尾根の尾根径へ出ることが出来た。これがほゞ現在のルートになっているのである。
 滝の名も仮称でつけてみた。現在の葛葉山荘の所から沢に入って、ゴルジュの突当りの釜を持った滝が「釜の滝」次の滝が横を向いているので、「横向の滝」左からの小沢を入れて直立した「板立ての滝」次が四段に曲って続く「曲り滝」となり、三股の手前が富士山の形をしているので「富士形の滝」ということにしたが、これが現在一般に通用しているのは嬉しいことである。
 私の発表した案内記の書出しは、次の通りである。
 「滝、滝、滝の連続で諸君等を息をもつかしめず、天に馳け上げる如き思いをさせる沢がこの丹沢山塊にあるであろうか?。ある!。それはこれから案内せんとする葛葉川の本沢なのである。
 と書くと、如何にも物凄い登攀を強いられるように感じられるが、実際は小規模の滝ばかりで危な気のない明朗な溪谷なのである。丹沢の沢歩きは初めてだという人に対しては、まずこの沢の遡行をお奨めしたい。その人は必ずやこの葛葉川を、そして丹沢の谷々を好きになることであろう」


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