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集中山行・谷川岳
その4 中芝新道~谷川岳
さとう あきら

山行日 2004年7月25日
メンバー (L)佐藤、菅原

 中芝新道は土合から清水峠を越えて越後に抜ける、旧清水街道の芝倉沢出合から始まる。最初は沢沿いに登り、途中からその右岸の堅炭(かたずみ)尾根を一ノ倉岳にたどる、一般向けではないいわゆる破線ルートの登山道である。幽ノ沢を登ったクライマーが時折下降に使うものの、歩く人はまれだ。トマノ耳集合にあたり、マイナーな尾根道、しかも車の回収に便利ということで菅原さんにこのルートの同行を願った。
 湯檜曽川沿いに後年作られた新道終点付近に前夜幕営し、朝6時20分出発。カッコウの鳴く川沿いの登山道は深い緑に包まれすがすがしい。木漏れ陽がひんやりとした空気の中に差込み、柔らかな地面から湯気が上がる。私はこのような腐葉土の深く積もった道を歩くのが好きだ。ホンワカ、ホンワカ。今日も一日晴れるだろうか。
芝倉沢下部にて  虹芝寮から旧清水街道への登りで一汗かく頃にはもう夏の太陽だった。帽子を深くかぶり直して往時の石組みの残る街道を歩くことわずかで、芝倉沢出合だ。7時20分。
 小休止後、赤ペンキに導かれ右岸を登りだすが、直ぐにルートが不明瞭になる。斜面に付けられた登山道が崩落したためらしい。そこで沢登りのように水流沿いに登行し、対岸の左岸の高巻き道を。その後一旦川床に降りた後、再び左岸に付けられた頼りない登山道を進む。積雪量が多いためだろう。急斜面を横断するように設けられた登山道はいずれも不安定で、じきに雪崩や春の雪解け水で流される運命にあるに違いない。
 出合から標高差100m程度登ったあたりから雪渓となった。連日の暑さで雪塊はもう沢中を埋め尽くすことなく、家くらいの大きさでごろごろとしている。スプーンカット状の模様は側面も美しく、陽光を浴びて輝きながらちょろちょろと水流を垂らしている。ここで水分補給の小休止となった。
 堅炭尾根への取付付近には数多くの赤ペンキ表示があり、見落とす事はない。8時15分、沢を離れ尾根への直登ルートに入ると、登山道が急に明瞭になった。潅木が道の崩壊を防いでいるためだ。急登約1時間で堅炭尾根上に飛び出す。以降好天であればすばらしい大展望のはずだが、ガスのためひたすら登るばかり。しかし時折顔を見せるシモツケソウのピンクが美しい。
 一ノ倉岳頂上着、10時20分。ここからは一般縦走路だ。もう笹をかき分けることなく歩けるのはうれしい。一方両手に杖を持ち真新しい靴をはいた高齢登山者ばかりが行き交うのもちょっぴり寂しいものだ。自分もあんなふうになってしまうのかと、ヘロヘロ歩きながら思い遣ってしまう。病院通いを話題にするご老体同士ではなく、せめて美酒美食の話題ならいいな。幅広い年齢層の三峰パーティなら、自分も参加させてもらう事で少しは若返れるかな。  途中ののぞきから一ノ倉沢の荻原パーティに向かいコールするが、応答はなし。連絡が取れなく少々心配だが、天候も今のところ順調なため待たずに今回の山行の集合場所のトマノ耳に向かう。
 俊足の菅原さんは少し前に到着していたようだが、こちらは集合時間寸前の11時45分、改築された肩の小屋到着。先着の蓬峠大ギャル縦走隊と天神・西黒尾根おっさん隊は個室を占領し既に宴たけなわ。それぞれがこの2日間の充実を自慢し合っている。集中山行の最も楽しいひとときだ。
 赤谷川パーティは12時40分無事到着。乾杯後スイカなどを食べ、下山開始1時30分。2時半に天神平に到着するとやたらロープウエイの乗車待ちの人が多い。何でも雷警報のため昼過ぎから運休中とのこと。ずっと待たされ、5時頃にやっと土合口着となった。それまで西黒尾根を先行して下ったうえ、皆のテントを回収したり、車を回してくれていた三澤さん、大岩さんありがとう。


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