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谷川岳東尾根
峯川 正行

山行日 2005年3月27日
メンバー (L)荻原、峯川

 三月の下旬は予定では北八ヶ岳に行く予定であった。そんな時荻原さんから谷川岳東尾根のお誘いを頂いた。私は谷川岳に一度も行った事がない。そんな人間が三月の雪の「魔の山・谷川」に行っていいのか。迷ったが雪山初年度の総決算としていいかもしれないと参加表明をする。
 事前にいろいろとWeb等で調べるが、この東尾根の入山期間は四月からの入山禁止となり、実際は雪が締まるこの三月しか入れないような山域のようである。一応、谷川の雪稜の中では初級と記載しており条件がよければ、私でもすんなりいけるのではと高をくくっていた。「谷川は魔の山」であるのに・・・。
 3月26日冬型の気圧配置により谷川は朝から大雪のようであり、とんでもない降雪のようである。予報では明日、冬型は緩み高気圧に覆われ天気は崩れることはないらしい。
圧倒させられた豪雪の一ノ倉沢  ロープウェイ駐車場で仮眠をとり、3時起き4時出発で雪深い旧道を進み一ノ倉出合に着いた時には初めて見る一ノ倉沢に朝日が差し込んでいた。見るものを圧倒する一ノ倉沢には相当雪が付いていた。アイゼンと登攀用具を装着し、多少のデブリを越し、一ノ沢へ入っていく。とにかくここは一気に駆け上がる。この降雪の後での好天は非常に雪崩の危険がある。デブリ等はほぼ無い状態であり、前方に1パーティーが入っておりラッセルで大変そうであった。私は花粉症で体調が芳しくなくペースがあがらない。登っていると突然下部でもの凄い音がした。本谷で大規模な雪崩があったのだ。下界は真っ白になっている。緊張感が増す。これは後戻りできないと思った。一ノ沢上部はある程度雪は締まっていてなんとかシンセンのコルに着く。ここでやれやれと一本とったが、私達を含め3パーティーが集まった。群馬の境町山の会、関西岩峰会の方達であった。今日はこの6名が運命共同体となっていった。
 コルからすぐに第二岩峰である。事前の調査ではここは右から巻けて大した事がないとのことであったが、どう見ても雪の付き方が半端ではない。右から巻けそうもなく、直登することになる。ここでザイルを結ぶ。群馬のパーティーが果敢に雪を払いながら進んでいく。荻原リーダーは途中の草付でランニングを取り、上部へ抜けた。私が最後の雪壁に多少戸惑ったが何とか抜けられた。好天の為、すでに雪質が悪くすぐに崩れてしまう。ここからはザイルを解き、観倉台までの急登となるが、ここがある意味の核心であった。ラッセルをしながらの登高なのだがもの凄い雪壁で、また悪雪の為に足元が非常に不安定であった。ダブルアックスではない私は一歩一歩慎重に進んでいく。体勢を崩せばマチガ沢へ一直線である。一箇所嫌らしい所はシュリンゲを出してもらう。他のパーティーとラッセルを交代しながらやっとのことで観倉台へ着く。ここも安心して一本取れる所ではなくシュルンドがあり非常に危ない所である。
 ここからはザイルをまた結ぶこととなったが、国境稜線まで結んだままとなった。この観倉台からの出だしにシュルンドがありなかなか一手がでなくてズボズボ潜ってしまい、下に空間が見えてゾッとしてしまう。この先は東尾根の見せ場であるマチガ沢へ張り出したナイフリッジ状の巨大雪庇である。一ノ倉沢側をトラバースするが、コンティニュアスではなくスタカットのつるべでどんどん進んでいく。ランニングも取れないので、もし滑り落ちたら止められないであろう。途中にバケツがなんとかあったのでそこでスノーバーでセルフビレイを取り、スタンディングアックスビレイを行ったがなんとももの凄い高度感である。しかし、風も無く視界も良好でトレースもあったのでトラバースしていてもそれ程の恐怖感はなかった。関西岩峰会の方達と写真を撮ったりして第一岩峰を目指して行った。先にはオキの耳も見えるが、巨大雪庇が見え、一体どうやってあれを乗っ越すのか?
 雪稜での本格的なザイルワークは初めてであったのだが、やはり場慣れしておらず、スピーディーに行えない。荻原リーダーから激が飛ぶ。
第一岩峰とオキの耳を望む  いくつかの雪庇を越していき、14時前にいよいよ第一岩峰の基部に。ここの基部は広く、一息つける所であると情報があり、確かにコル状になっていてかなり広い印象を感じた。ここで最大のアクシデントが起きる。関西岩峰会の一人の方がちょっと左側の方に足を向けた際に突然もの凄い轟音とともに基部の左半分が崩れ落ちてしまった。雪庇の踏み抜きであった。実は左側が雪庇の上であったのである。初めてこのような光景を目にしたのだが、スローモーションのように雪塊が崩れていく場面には本当に血の気が引いた。その方は崩れた雪片の上に辛うじて乗っていて、パートナーに手を掴まれ、ザイルを結んでいたので岩の支点を使い半マストでなんとか救出する事ができた。本当に無事でよかった。もしあと10cm足を進めていたらマチガ沢へ一直線であったはず。雪山の恐ろしさを肌で感じてしまった。
 気を取り直して運命共同体の3パーティーは第一岩峰を乗っ越すことに専念する。雪質が良ければ一ノ倉沢側の右側から下がり気味のトラバースが出来るのだが、今回の状況では直登しかないようである。まず関西岩峰会の方が取付いたが出だしが嫌らしい。多少被り気味になっている。なかなか難しく、時間も押しているので境町山の会の方がユマールを出してくれた。私はこれを始めて使用することとなる。何しろここまできたらいかにして抜けるかが重要であり、ビバークの文字も頭によぎり焦り始めていた。下から見ていた時は何とかいけるかと思ったのだが、いざ取付いてみるとなかなか一手が出ない。体をよじるような感じで右足を伸ばして岩角に押し付け何とかスタンスを取ることが出来た。ここまででかなりの時間を費やしている。そこからは右手でピッケルのピックを草付きに打ち込みながら意地で登っていった。上部では長い間荻原さんを待たせて寒い思いをさせてしまって本当に申し訳なかったと思っている。ユマールを使ってA0だというのにこの有様、自分の技術の無さ、焦りに負けた精神力の無さ。情けないの一言。
第一岩峰 出だしが嫌らしい  ここからはオキノ耳に向けて直登である。雪は締まっていて安全ではあるが、一応アンザイレンして登る。オキノ耳上の雪庇の下部ですでに16時前になっていた。この雪庇を越せば国境稜線である。通常はオキノ耳の右手から雪庇を突き破り抜けるそうだが、どう見ても無理であり、先行パーティーは雪庇の左側から抜けていた。といっても雪庇のトンネルのような所を下りながらのトラバース。最後に気の引き締まる所である。まず荻原リーダーがリードで途中岩角にランニングを取り、そのまま抜け後に続く。一歩一歩慎重にマチガ沢を見ながらトラバースし出口に近づく。そこを抜けるとトマノ耳、万太郎山など素晴らしい光景が待っていて開放感に包まれた。ここで運命共同体の皆さんと素手で硬く完登の握手をする。これで今日中に下山できるという安心感もあり、私にとって初めてのトマノ耳にも立ち寄り天神尾根で一気に下山する。後ろを振り返ると今日一日格闘した東尾根が目に入った。
 東尾根は私にとって初めての試練であり、試金石となったかもしれない。初めての雪山の総決算でもあり、ザイルワークの不慣れ、岩登りの未熟さ、また精神面の弱さ。私にとっての欠落部分をすべて露呈する事となってしまった。荻原リーダーには多大な迷惑をかけ、境町山の会、関西岩峰会の方々にも本当にお世話になってしまった。帰って布団に潜る時は初心に戻って一からやり直そうと固く決心したのであった。

〈コースタイム〉
ロープウェイ前駐車場(4:00) → 一ノ倉沢出合(5:30~5:50) → シンセンのコル(8:00~8:15) → 第2岩峰(8:30) → 観倉台(11:20~11:35) → 第1岩峰(13:40) → オキノ耳(16:00~16:20) → ロープウェイ前駐車場(18:00)

ルート図

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