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黄蓮谷右俣
土肥 雅美

山行日 2005年9月17日~19日
メンバー (L)紺野、天内、成田、土肥

9月16日
 当初は車を竹宇駒ヶ岳神社の駐車場に置いて渓谷道を歩き、右側の林道に上がって尾白川に入る予定だったが、この渓谷道歩きは長そうだということで、9月16日金曜日の21時新宿発のあずさ35号で韮崎ヘ向かった。韮崎からは予約しておいたタクシーで尾白川林道を日向山登山口ゲートの手前まで行く。ゲートをくぐり、少し先の地点にテントを張る。いつも金曜日の夜は真夜中に目的地にたどり着くのが当たり前なのに、今回はまだ金曜日のうちに着いて気分的にかなり楽である。

9月17日
 7:15に出発、尾白川林道の途中でトンネルを3つくぐり、ちょうど1時間ほどで林道終点に着いた。ここからフィックスロープの張ってある急な斜面を少し下ると、もうそこは尾白川。天気は快晴、谷はきれい、水は淀みがない、行く先すごく明るい。文句なし。先行パーティーがすでに身支度をしていた。
 わたしたちもゆっくり準備して8:45に入渓。すぐにエメラルドグリーンの淵が出てくる。いつもの沢のように、最初は長いゴーロ歩きとか、大岩を攀じ登るとか、そういう助走がないので最初から爽快だ。そしてネットで見覚えのある深い釜をもった5mほどの滝は右岸の外傾しているスラブを登る。フリクションだけに頼らなければならない微妙な数歩がある。まっ、もしまちがっても釜の中にドボンするだけだけど・・・
微妙なここは左側を登った  その先、登れないナメ滝がいくつか出てきて、右岸にしっかりついている巻き道をたどる。鞍掛沢出合直前の幅広の滝は頭の上になぜか太いワイヤーが渡っており、一部分水流の中に垂れ下がっている。滝の左側を登る。この滝の釜が透明でとってもきれいだったので思い切ってダイビング!(^_^)v!
 雲ひとつない快晴だったから濡れた服はすぐ乾いた。さらにいくつかの滝を短く巻き、淵をへつり、ナメ床を登っていくと釜の中から小さく上方に吹き上げている噴水滝にいたる。その先は右壁が被り気味の外傾した垂直のスラブの岩壁になる。まるで観光地みたいな絶景だ。獅子岩というらしい。
 しばらく行くと、前方から先行した2人組パーティーが戻って来た。どうしたのかと思っていると、「どうも西に進んでるんですよね、黄蓮谷を見逃して尾白川本谷に入ってしまったのでは?」と。黄蓮谷に入れば、最初は方向は南のはずだ。しばらく前から現在地がわからなくなっていたわたしも、そう西に進んでるんですよねーと彼らの不安に同調してしまったが、紺野さんが、行く手の真正面に坊主岩が見えるからまだ黄蓮谷出合の手前だ、と自信を持って言い切る。それは正しく、まもなく黄蓮谷出合に到着した。
 黄蓮谷に入ったとたん、谷は傾斜が急になった。標高1,560mの尾白川本谷との二俣から2,967mの甲斐駒頂上まで、地図を見ると谷の傾斜は加速度的にぐんぐん増していくようだ。最初の滝を左岸から巻くと千丈滝が見えてきた。外傾した巨大な滝。すっごいなぁー。おいでおいで、なんて甘い言葉をかけたり、わずかな隙も見せたりはしないのである。千丈滝は右岸の道を高巻いて、ようやく滝上のナメ床に降り立つと、正面に頂上の平らな鞍掛山の姿が見えてほっと一息ついた。
千丈滝  ここから左岸の巻き道を少し上がると樹林の中にすてきなテン場があった。時刻はまだ2時。明日の行程を思うともう少し進みたいところだが、今回は4人用テントだから張れる場所が限られている。紺野さんが坊主滝まで偵察に行ってくれたが、良さそうな場所がないとのことで今夜はここに決まり! となればあとは焚火だ。少し下の水流まで降りると乾いてきれいな流木がたくさん溜まっていた。嬉々として持ち上げていたわたしを他の3人のメンバーはわりと冷静な目で見ていた? カラカラの薪はあっという間に燃え出した。その後、ここを泊まり場に目論んできたと思しき3パーティーが次々に到着。以前三峰にいたY君を含むF山岳会は側にツェルトを張っていっしょに焚火を囲んだ。他の2パーティーはもう余地がなく、がっかりして近くに場所を探していた。
 対岸の、五合目への道と思われる緑の尾根の岩小屋あたりから、焚火の煙が風ひとつない天空へと、細く高く上がり吸い込まれていく。今日は一日中豊かな沢だった。夜はちょっとはしゃぎ過ぎ飲み過ぎてしまった。

9月18日
 6:15に出発。最初の滝は坊主滝40m。名前がかわいいので小振りの滝を想像していたが(実際、谷が大きいのでそんなに大きくは感じないのだが)、この滝を最初に見たとき、一瞬、小さな堰堤か?人工壁か? とマジに思ってしまったほど磨かれ切った上下2枚のスラブからなる滝に歓声を上げた。この滝は左岸のガレたルンゼを上がり、途中から左側の尾根をトラバースして踏跡をたどる。踏跡がどこまでも上に続いているので降りる地点を迷ったが、そこそこのところで本流へ戻ると、そこはもう左俣との出合だった。その下の15m滝はいっしょに巻いてしまったのだった。この沢の巻き道は概して明瞭だがいろんな方向へ延びている。
 左俣は大きな豪快な滝で出合っている。アイスではこの滝も直登するのだろうか? 右俣出合すぐの最初のナメ滝の右側を先行パーティーがザイルを出して登っているところだった。ここで最初の順番待ちをしてから、こんちゃんが45mと30m+10mの2本のロープを引いてリード。45mザイルでいっぱいいっぱいだ。それから天内さんがプルージックで行き、成田さんと私がそれぞれ登った。
外傾は美しい!  さらに、昨日と同じピーカンの下、どこも明るい花崗岩の淵やナメが続き、トイ状ナメ滝で2度目の順番待ちとなった。見た目、傾斜は緩そうだった。天内さんが、20年ぶりだとかの旧知の白稜の人たちと遭遇した。彼らはノーザイルでさくさく行ってしまったので、いかにも簡単そうに見えたのだったが・・・。日陰で寒さに震えてようやく、こんちゃんリード、わーっ、ザイルいっぱいだよ、天内さんとふたりで叫べど声は届かず、あわててシュリンゲを2本足す。黄蓮谷は1本だけでもロープは50mがいいようだ。
 さて、自分の番では、水量だって決して多くはないのに、結構厳しい。ハアハアしながら登っていくと、途中でロープが緩むので、アップアップ~! と叫びながら落ち口にたどり着くと、コンちゃんがロープはさておき、いつもの笑顔でこちらにカメラを向けていたので力が抜けてしまったよ。必死の形相からあわててニコッとしたけど間に合ったかなぁ?
 さらに3回目の順番待ちをして登ったのは、またもやトイ状の滝。このあたりはすでに、200mにおよぶ奥千丈滝の最初の部分に入っていたと思われる。烏帽子沢を左に分けたあたりで4回目の順番待ちとなった。滝の左側のスラブのクラックだ。先行パーティーがようやく登り終わってからこんちゃんリード、天内さんタイブロックの同じパターンで行く。クラックをスタンスにするが、ホールドはない。フラットソールならクラックの外に足を置けそうだけど、沢靴ではちょっとわたしにはむり。クラックの中の、後ろから登ってくる成田さんのロープを踏んでしまいそうになるし、その成田さんはがんがんすぐ下まで迫って来るし、だからって脇にどいてお先にどうぞ、ってわけにもいかないし、右上するクラックだから墜ちたらふられるだろーなとか、たくさんの雑念をいだいたまま登り切ったときは息があがってしまった。
 ここを登りきったところの本流は水はほとんどなく、スラブの真ん中にインゼルがあり、この地点だけは傾斜が緩やかだった。インゼルっていっても優しい樹林の中に吸い込まれていくような沢の中洲じゃない。わたしの中で、黄蓮谷は今までの自分の沢の概念を完全に外れた。
 ここから左側の藪をそのまま登っていくと、最初ははっきりしていた踏跡がだんだん怪しくなってきた。本流のスラブがどんどん傾斜を増して立ってくる。戻れる気配がなくなってきた。先ほどまで聞こえていた先行パーティーの声もまったくなくなってしまった。ちょっと違うみたいである。このまま行っても黒戸尾根のどこかには出られるだろうけど、やっぱり黄蓮谷本流を行きたいのである。かなりのタイムロスだったが、先ほどのクラックを登り切った地点まで戻った。
 緩傾斜とはいえ、万一おちたら一気に行ってしまう滝の落ち口のすぐ上なので、念のためロープを出して対岸にトラバース。そこから樹林の中の踏跡に入る。樹林帯から本流に戻る。またしてもトイ状のナメ滝が続く。このあたりはすべて1枚のような急傾斜のスラブなのでおちるわけにはいかないよ~。トイの中に微妙なスタンスを見つけて登る。わたしたちのパーティーが最後になってしまったようで時間も押し迫ってきた。その先に奥の二俣が見えたとき、先行パーティーが、左は悪い右がいいと彼方から声をかけてくれた。
 その奥の二俣にたどり着くと、絶好の平地があったのでこの日の幕場とした。八ヶ岳の全景がすっぽり視野に入り、背後は二俣を分ける尾根の末端が被った岩壁になっていて、ここから水滴が滴り落ちていた。水が取れるのもここが最後だった。今日は一日中わくわくするスラブ登りだった。こんちゃんが全部ひとりでリードしてくれた。成田さんが残り少ないウィスキーを分け与えてくださいました。沢の水の音がしない山の夜は久しぶりで、わずかな風の音が逆に気になったほどである。

9月19日
 今朝も雲ひとつない快晴である。朝焼けの中にくっきり浮かぶ眼前の八ヶ岳におはよ!と声をかけて一日が始まった。この二俣の先の左側の本流には3段60mがかかっている。巻いてしまったのでよく見なかったけれど、水流はないし、厳しそうな傾斜だった。この沢は雨が降ったら絶対入れないと心底納得する。二俣の間の潅木帯の中の踏跡で巻き、しだいにはっきりしてきた道に導かれるまま本流に戻る。大きなゴーロの谷筋からまた潅木帯に入るとすぐに横一線を画してハイ松帯に突入する。今朝は天内さんがトップを切ってバシバシ行く。きついハイ松帯はそれほど長くは続かず、途中から腰レベルになってほっとした。なんとか、よれよれになる前に、8:10、甲斐駒ピークの左側の黒戸尾根上の道に出た。
 沢装備を解き、岩の上にロープ共々干し、ほんの一足で人の溢れる甲斐駒をピストン。ピークからは、魔利支天、鳳凰、北岳、仙丈、中ア、鋸、八ツなど360度の展望だった。
 黒戸尾根の下りは長かった。それは覚悟の上のことだったから精神的ダメージはそれほどでもなかったけど。最年長の成田さんはどこまでもすっ跳んで行きそうな勢いで下ってはところどころで3人を待っていた。何でそんなに元気なの?
 5時間ほどかけて尾白川の橋にかかるころ「何はさておき、まずビールネ!!」とのリーダー命令の下、一目散に神社先の駐車場の売店をめざした。そのときの生ビールの味を想像してみてください(*^^)v!
 その後、武川の温泉に浸かり、日野春から電車で帰途についた。
 黄蓮谷は夢だった。それが実現しちゃって、わたしのいちばんの沢になった。それも3日間ピーカンで。好天の女神とリーダーとメンバーと三峰に感謝。

〈コースタイム〉
9/16 新宿21:00発あずさ35号 → 10:56韮崎 → タクシーで日向山登山口ゲート23:50着
9/17 起床(6:10) → 出発(7:15) → 尾白川林道終点(8:20) → 尾白川入渓(8:45) → 噴水滝(10:55) → 黄蓮谷出合(12:30) → 千丈滝下(13:20) → 千丈滝上(13:50) → 幕場(14:00)
9/18 起床(4:15) → 出発(6:15) → 坊主滝高巻終了(8:40) → 烏帽子沢出合(順番待ち)(13:30) → 左岸へトラバース終了(15:30) → 奥の二俣(幕)(16:10)
9/19 起床(4:20) → 出発(6:20) → 黒戸尾根稜線(8:10) → 甲斐駒頂上(8:55) → 下山開始(9:55) → 七合目(11:00) → 五合目(12:00) → 竹宇駒ヶ岳神社(15:30)

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