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谷川岳・一ノ倉尾根
荻原 健一

山行日 2006年3月11日~14日
メンバー (L)荻原、小幡

3月11日
 小幡さんが夜勤明けということもあり、今日は谷川岳ロープウェイ駐車場に移動するだけの予定だ。午後1時に上野駅に集合して鈍行列車でのんびり行く。水上駅より我々二人だけを乗せたバスに乗り目的地に到着。特にやることもないので、ビールを飲んで弁当食べてすぐ就寝とする。明日から3日間天気は崩れそうとの予報であり、一ノ倉沢まで行って予報通り悪いようなら引き返すこととする。

3月12日
 3:30起床、4:30出発。途中キジを打ったりしたので指導センターに計画書を出して実際出発したのは4:50。一ノ倉尾根を日帰りで狙うなら、もう1~2時間くらい早く出たほうが良いと思う。懐電歩行で旧道を進み、6:00頃一ノ倉沢出合に到着。昨年の同時期に東尾根に入ったときより雪は少ない。かなり早い時間帯に入ったと思われる5ルンゼの二人組が、途中シュルンドが開いていたとのことで引き返して来た。天気は思ったより悪くなく、薄曇り程度で風もない。第一岩峰の先くらいまでならいつでも引き返せるのでもう少し行くこととする。衝立前沢を詰めて行くがデブリだらけだ。一ノ沢・二ノ沢中間リッジに1パーティー入っておりビレーの声がよく響いている。東尾根にも数パーティー入っている。指導センターへの計画書提出ベースでは、我々より数時間前に一ノ倉尾根に1パーティー入っているようだが、アプローチルートが違うのか踏跡は見当たらない。第一岩峰基部に着いた頃にはすっかり晴天で引き返す気持ちは急速に薄れた。第一岩峰は左のルンゼを詰める。上部でシュルンドが開いており先に進めなくなるが、登攀隊長のバタヤンがルンゼと岩場の間を空身で見事に突破してくれたので第一岩峰の上に出ることが出来た。ただし、予定より1時間以上ロスしてしまった。第一岩峰を越えると踏み跡が出て来た。計画書を出していたパーティーだろう。この先のナイフリッジは想像以上に細く、両側に切れ込んでいて剱岳の八ツ峰なんかより怖く感じた。途中2箇所懸垂して昼前に漸く核心の懸垂岩の基部に着いた。1P目は完全な人工で20mくらい。荻原リードで行ったが、リード、セカンドともアイゼン・ザックの人工登攀に不慣れなので結構時間がかかってしまった。2P目は小幡さんがリード。フリールートで1箇所いやらしいところがあるが、しっかりしたピンでビレイがとれるので問題はない。2P目あたりから雪は本降りとなり、いやな感じになってくる。3P目、4P目は特段難しいところもない雪壁だが、一応ビレイする。4P目終了点でザイルをしまうが、数時間まえの暖かな天気で溶けた雪が染み込んだザイルは棒切れのようになっている。手袋も服もぐっしょりだったのが凍りついてきている。谷川岳は標高も低く、3月のこの時期に手袋が濡れやすい登攀ルートで凍傷事故が多い理由が分かったような気がした。とりあえず手袋を新しいものに換えて先を急ぐ。しばらくはリッジ上の易しい岩峰を進む。αルンゼが上がってくるところの岩稜は左から巻き、ちょっといやらしい窪状を右に越え次に右側をトラバースすると幽ノ沢3ルンゼの上部に出るが、時計は既に17:00を指している。このルンゼを詰めあがれば安全地帯となる5ルンゼの頭の先に出られるので、なんとか明るいうちに詰め上がることを目標に進む。6時に漸く5ルンゼの頭の先に出た。周囲は既に暗くなり始めている。地形は尾根上だが、今までとは打って変わって広いのでビバークは可能。なるべく平らなところを探してビバーク場所を選定する。ザイルでツェルトを張り狭いながらもなんとか二人が横になれるスペースを確保。念のためエアマットを持ってきたのでシュラフカバーだけ(バタヤンはシュラフあり)でも結構あったかい。風も行動中より弱まり、コーヒーを沸かしたり、在京本部の金子さんに連絡したり、バタヤンは翌週の甲斐駒を俊介・佳子の焚き火大会に振り替える件を天内さんに電話したりして余裕の冬期ビバークを楽しんでいたが、約1時間で平和な時間は終わりを告げた。どんどん風も雪も強くなり二人の会話もいつしかなくなる。23:00過ぎには頼みのガスもなくなる。あとは寝るだけだが、当然寒くて眠れないので、朝が来るまでじっと耐えるだけだ。

3月13日
 長い夜に加えて、明け方の数時間は猛吹雪という感じでどんな状態でも明るくなったらここを出ないとこれ以上は、二人とも持たないだろうなという感じだった。6:00にツエルトから顔を出すと吹雪だが、視界は数十メートルはある。ここから先は通常なら特段困難な箇所はなく、この状態でもなんとかなりそうだ。早々に準備して出発する。雪は一晩で50cmくらいは積もったようだが、冷え込んでいるようで軽い雪だ。1時間弱で一ノ倉岳頂上の若干左の国境稜線に出る。抜け口の雪屁は大したことなかった。国境稜線に出るとガスが濃くなり1~2m先も見えないくらいだ。とりあえずすぐに地図とコンパスを出して方向を合わせる。ときおり数十メートル先が見えるときがあるのでそれを待って、見えたらコンパスの方向に少し進んで次に視界が開けるまで待つ、ということを繰り返しながらちんたら進む。左側の雪屁が怖い。とにかく肩の小屋までと思い、なるべく平常心で進んでいく。オキノ耳あたりで小幡さんから手の感覚がなく凍傷になってしまったようだということを聞き、更にその直後トマノ耳に向かう途中でガスがますます濃くなるなか、現在地に自信が持てなくなり、少しパニックになりかけた。コンパスしか信用出来るものはないと思い直し、進みかけた時に一瞬ガスが薄くなり、トマノ耳が確認できた時は涙が出そうだった。そこからすぐに方向を肩の小屋に合わせて再びガスが薄くなった際に小屋を発見して中に入ることができた。小屋にはなにもなかったが、風が防げるだけで天国のようだ。落ち着いたところで、会社や家族、在京本部の金子さんに連絡をとる。このまま天気が回復しなければ、下山も非常に危険な状態だったので、小幡さんと相談してもう一日ビバークすることにする。食料は若干あったが、燃料は固形メタのみだ。僅かなメタでお茶を2杯、それから凍ったおにぎりで作ったおじやが一杯。これを二人で分け合ったが、おじやが心からおいしいと感じた。その後はすることもなくシュラフカバーに入ったが、風はないものの小屋の中も相当冷え込んでおり、やはり一睡も出来なかった。

3月14日
 6:00に起床(寝てないが・・・)して7:00過ぎに小屋を出る。なんと天気は快晴だ。360°の大展望だった。こういうのを見ちゃうと冬山はやめられませんなー、などと言いながら鼻歌気分で下山する。が、熊穴沢避難小屋(勿論埋まってる)付近から体が動かなくなってしまう。2日間ろくなものを食べてないのでシャリバテ状態のようだ。血糖値が下がっているようで、目がちかちかする。今日も吹雪だったら本当にやばかったなと思いながら、よれよれで天神尾根を下り、漸くロープウェイにたどり着いた。

(感想)
 天候判断はいつも難しいものですが、3月の谷川岳をちょっと甘く見ていた点は真摯に受け止め反省したいと思います。また、金子さんには在京本部として精神的に大変助けて頂きました。有難うございました。

〈コースタイム〉
3/12駐車場(4:30) → 指導センター(4:50) → 一ノ倉沢出合(6:10) → 懸垂岩(11:50) → 5ルンゼの頭の上(18:00)
3/13ビバーク地点(6:30) → 一ノ倉岳(7:20) → 肩の小屋(10:30)
3/14肩の小屋(7:10) → 天神平ロープウェイ(10:00)

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