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奥秩父・瑞牆山と小川山
小堀 憲夫

山行日 2006年5月20日~21日
メンバー (L)別所、天城、小堀

 シニア山行と銘打ってはいるが、別所さんの山行はけっしてシニアではない。60歳を越えてなお現役の山屋を続ける気力に励まされる。最近消耗ぎみで、そのパワーを少し分けてもらおうと思っていた。また、森の深い奥秩父が大好きで、すべての山に登ったつもりでいたが、ふもとの廻り目平には何回も行っていても、小川山の頂上には一度も立っていないことに気がついた。焚き火キャンプというおまけも付いて、この例会を前から楽しみにしていた。天気予報があまり良くないのでタープも装備に入れたが、荷物は少なく、45リットルのザックに収まった。このごろはこのくらいの荷物が心地よい。体力が落ちたのか、そういう歳になったということなのか。
 ところで、瑞牆とは面白い名前だ。瑞という文字は、ミズと読む時は、みずみずしい、善美な、という意味で、ズイとも読み、この場合は、しるしの玉、天使が諸国を封ずる時に授けるしるしのことで、めでたい、よろこばしいとの意味がある。また、瑞典と書いてスエーデン、瑞西でスイスとなる。そう言えば「瑞兆」という名の銘酒もあった。牆の方はショウとも読み、垣と同じ意味で垣根のこと。二つ並べて書いた瑞牆とは神社の周囲に巡らす垣根のことだそうで、瑞垣とも書く。そして、瑞牆山は隣の金峰山と並び、かつて蔵王権現を崇拝する山岳信仰の流れをくむ甲州修験道の中心地であったそうだ。
 土曜の朝、JR新宿駅7時発のあずさ1号に乗った。列車で山に出かけるのは久しぶりだった。座席に深くもたれ、音楽を聴きながらゆっくりとお茶を飲んだ。車窓に流れる景色には青空も見え、昨夜まで続いた雨に洗われた緑が鮮やかに輝いている。目をつむると雨上がりの森の香りが顔の周りに懐かしく蘇る。
 韮崎駅でホームに降り立つと、別の車両から降りた別所さんが、笑顔で待っていた。改札で天城さんとも合流し、瑞牆山荘行きの小型バスに乗り込んだ。乗り換え時間があまり無く慌しかったが乾杯用のビールをキオスクでしっかり仕入れた。このバスは面白かった。運転手が市内の観光名所で時々バスを停め、観光案内をしてくれるのだった。増富鉱泉の入り口に新しい公共の温泉施設ができていたのに少し驚いた。思い出の景色はどんどん変わる。やがて、懐かしい瑞牆山荘が見え、終点。このスイスの山小屋風のオシャレな山小屋にはいつか泊まってみたいと思っている。
 身づくろいとトイレを済ませ、いざ出発。歩き始めてすぐにハリギリを見つけ、今夜のオツマミに少しいただいた。林の中の踏み跡をしばらくたどり、やがて登山道は斜度を増した。途中里宮神社の祠で好天が続くことを祈り、続く急坂にあえぎながらしばらく汗を流すと、富士見平の水場に着いた。ここで一休み。水場の前でヤブレガサを発見。これもオツマミに少しいただいた。富士見平小屋の前にはテントが一張り張ってあり、いつだったか自分もこの幕場にテントを張ったことを思い出した。瑞牆山を目指して道を左にとった。平らだった道がちょうど天鳥川への下りにかかるところに八丁平へ向かう踏み跡との分岐がある。ここがヤナギ坂。ここで余分な荷物をデポし、身軽になって瑞牆山へ向かった。
 瑞牆山への登り道は大きな岩が多い。途中一回休憩したが、別所、天城の両氏はどこがシニアかと思うほど快調な足取りだった。頂上の少し下に雪がほんのわずか残っていて今年の雪の多さを改めて実感した。頂上には既に別のパーティーが弁当を広げていた。我々も早速乾杯。写真を撮りあったりして360°のパノラマをゆっくり楽しんだ。すぐ北東には小川山への藪尾根が延びていた。
 「本当はあの藪の岩稜を行きたかったんだよなぁ」と気炎を上げていたのは別所さん。下を覗いて八丁平があの辺りだと今夜の幕場はあの辺りかなどと早くも夜の焚き火宴会への期待を膨らましたのは小堀。
 下りに入ると、先ほどまでの好天も、時々雲が速く流れたりまた青空が出たりと、怪しく変化し始めた。途中何人かのハイカーに会った。やがて濃い霧状の雨が降り始め、ヤナギ坂のデポ地に着いた時には本格的に降り始め、そこで全員雨具を着込んだ。
 前線が上空を移動しているらしく、風が強く、雨が降ったり止んだりの天気がしばらく続いた。しばらく右岸を進み、ちょうど左岸に移った辺りに伐採小屋跡があり、最適な幕場を提供していた。テントを張って早速薪集めにかかった。濡れた薪と時々降る雨と風に手こずりながらも、焚き火宴会の夜は更けて行った。この幕場はお勧めだ。また泊まりに行こうと思う。
 翌朝、早く起きて小川山目指して幕場を後にした。あまり人に踏まれていないふみ跡は苔と落ち葉で毛足の長い上等な絨毯のよう、周りの木立は深くしっとりと緑を湛え、森の香りは神々しくさえあり、ほんの30分足らずの道のりだったが、この幕場から八丁平への道が今回の山行のメインロードとなった。
 「この森には間違いなく妖精が住んで居る」と三人ともが感じた。東京近郊にもまだこんなスピリチュアルな場所があるのだと嬉しくなった。
 天気は完全に回復してドピーカン。小川山への登り道での別所、天城両氏の会話が時々聞こえてきた。
 「退職金もらって嘱託ってやつで働いてるんだけど、もう辞めようかなぁ」
 「年金と少しの小遣いがあれば、結構やっていけるしなぁ」
 「これから身体が動く間にどれだけおもいっきり遊べるかが勝負だよ」
 こういう会話はシニア山行ならではかもしれない。
 途中の岩峰で展望を楽しんだりして2時間半ほどで小川山の頂上に着いた。山頂は狭いが、少し木々を分け入った西面の岩峰で展望を楽しめる。ゆっくり休憩してから下りにかかった。今までほとんど人に会わなかったが、この下りは大勢のツアー客に出くわした。
 「キャー、もう降りてきたの。早いね~」
 「いやっ、瑞牆から縦走してきたんです・・・」
 「ヒャー、どおりで荷物が大きいはずだ。ちょっ、あなたご覧なさいよ、あの荷物ぅ」
 「・・・」
 向こうもかなりシニアだったが、会話は女子高校生に戻っていた。
 結構急な岩場を3時間ほど下ると金峰山荘の屋根が見えてきた。早速、廻目平のキャンプ場に進入、小屋に駆け込んでビールを購入、プシュッとやって黄金の液体を喉の奥に投入。
 暫くして到着したタクシーに乗り、信濃川上駅方面へ向かう。
 「どうしても温泉に入りたい。お願い、おじさん達を温泉に連れてって」
 運転手に頼むと、何かの間違えで清里から迎えにきてその辺りの情報に疎い運転手は、携帯電話を使ったり、その辺に歩いているおばさんに聞きまわったりしてくれた。ようやくたどりついた川上村村営のヘルシーの湯で汗を流した。次に呼んだタクシーの運転手は地元の人で、
 「どうしてもうまい蕎麦が食べたい。お願い、おじさん達を美味しい蕎麦屋に連れてって」と頼むと、任せなさいとばかりに野辺山方面へ少し行った山の中にある新築一軒屋の善慶庵という蕎麦屋に連れて行ってくれた。
 『へぇ~、こんな所に蕎麦屋ねぇ。でも大丈夫かなぁ』という気持ちで入った店内は、おばさん3人だけで切り盛りしていて、なかなかアットホームな雰囲気。奥では貫禄のあるおばさんが蕎麦打ちの実演をやっていた。お新香でビールを飲んでいると、やがて待望のもり蕎麦が出てきた。ちなみにこの店のメニューはもりのみ。まずは一口。
 『うっうまい!』思わず三人笑顔で頷きあった。新しい蕎麦の香りと少し太めの蕎麦が歯に当たる時の食感と素朴なたれの醸し出す絶妙な美味さ。蕎麦好きにはたまらぬ個性的な蕎麦だった。蕎麦も酒もお代わりし、川上蕎麦をしばし堪能した。
 帰りは先ほどのタクシーにまた向かえに来てもらい、信濃川上駅に出て、小淵沢経由で帰途についた。

〈コースタイム〉
5/20 韮崎駅発バス(8:50) → 瑞牆山荘発(10:24) → ヤナギ坂(11:56) → 瑞牆山山頂(13:14) → ヤナギ坂(15:01) → 幕場(15:45)
5/21 幕場発(5:52) → 八丁平(6:17) → 岩峰I(8:00) → 岩峰Ⅱ(8:46) → 小川山山頂(9:00~9:32) → 金峰山荘着(12:30) → 信濃川上駅着(16:00)

アルプス別所

 小堀さんの例会報告と重複するかも知れませんが、感じたことを書き記します。

ベスト1 キャンプ地から八丁平の間
 二日目の朝の初めのワンピッチ目。ちょっと靄ってる、奥秩父の原生林の中を登山道に沿って、緩い傾斜を行ったのだが、凄い雰囲気であった。
 歩む度にクッション反発のある道は、何れどこが道だったか判らなくなるように、コケで覆い埋め尽くされつつあり、野鳥は歌い、緑葉は若く、涼風は心地よく、秘密の花園に引き込まれて行くようだった。
 "確かに、ここには妖精がいる"と小堀さんは言った。
 こんな時、こんな場所、こんな状況があることに感動した。

ベスト2 伐採小屋跡のキャンプ地
 瑞牆山を往復して、小川山への分岐に入った時は激しい雨になっていて。急いでカッパを付け、沢沿いの高巻道から幕営地を探しながら登って行った。沢を横切ると開けた場所にでた。宝焼酎のビンや錆びたワイヤーが出ていて、地図にある小屋跡に着いたと確認する。小屋に使われたと思われる木材はすべて横たわり地面に埋もれようとしていた。沢沿いの20m×50m位の開拓跡はウサギの糞と山芝のような草で被われ、人の生活痕を消しつつあった。
 テントを張り始める頃には雨も止み、夕日が射してきた。
 焚火を起こし、麦酒で乾杯し、天城さんのカツ煮ご飯を食べる頃には、各種の酒が入り、すっかりいい気持ちになっていた。
 静かで誰も来そうにない、来るとすれば獣ぐらい。星も出てきて、明日の天気は良さそう。ここの自然で癒されると感じた。天城さんは'また来てもいいな'と呟いた。

ベスト3 クラブツーリズム
 小川山への縦走路の八丁平で休んだとき'今日は廻目平まで登山者に会わないだろう'と話し合った。何故ならば、小川山は奥秩父でも不遇な山で、奥秩父全山踏破を目指したり、山頂からの眺望が無いのを覚悟して来る人たちの山と思っていたからである。
 ところが、観光バスで廻目平に乗りつけ、小川山を目指す26名の観光ツアー客と登山道で出会ってしまった。
 小川山山頂までは、腐葉土で弾力のある、山道を登り、2箇所の岩峰展望台でゆっくり景色を楽しみ、誰にも遇わずに達した。
 山頂からの下りで、単独行者に遇い、次に5名の山屋とすれ違った。それから二つの中高年のグループに道を開けた。 11時頃、里に近くなって、ツアー登山客に出会ったのである。胸にクラブツーリズムと記したバッジを付けて、帽子に手袋、スパッツときちっとした服装で、ガイドの指示に従って、岩場を時間かけて越えていた。最後の若い人にガイドさん大変ですねと言ったら、添乗員ですと答えが返ってきた。
 これから頂上往復は大変だ、如何するんだろうと思い始めたが、それ以上考えるのを止めた。

ベスト4 小川山山頂からの絶景
 山頂から小枝を分けて、西に木々を分けて10歩も歩くとパノラマが開けた。南アルプス、中央アルプス、八ヶ岳と雪を冠った山並みを仰ぎ見ることができた。我々は途中の岩峰上から見ているので、そうでもないが、他の展望の無いルートからの人にとっては、展望の無い山頂と言われているので、この発見は感激物だろう。

ベスト5 蕎麦屋"善慶庵"
 金峰山荘からの帰りに"ヘルンの湯"と言う、近頃よくある総合風呂に入った。その後、タクシー運転手の案内で、信州のおそば屋に迂回してもらった。女将さんが目の前で打つ蕎麦は美味しく、大盛りをお代わりし、冷酒も進んだ。
 信濃川上に行ったら、この蕎麦屋だ!間違いない!
以上


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