トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ323号目次

神楽ヶ峰中尾根
さとう あきら

山行日 2007年1月13日~14日
メンバー (L)佐藤、小堀、箭内、田中(恵)、別所、成田、深谷

 雪がない、という話ばかりを耳にする今年の山スキー。温泉好きのメンバーが集まったことだし、滑れないのを口実に上越の秘湯めぐりも悪くはないかと内心ニコニコで出かけたものの、思いもかけず良い雪、良いそば、そして良い温泉にめぐり合えた満足度120%の初滑りの例会山行でした。

 金曜日9時半、それぞれが駒込駅、水道橋駅に集合。予定通り出発との連絡を受けて1時間半。関越道で深谷車はどのあたりを走っているのかねぇ、と話をしたところ、小堀氏があっ隣にいる、と走行車線の車を指差すのだ。暗い相手車内の運転手を判別出来るなんて、すごい夜間視力。最近は髪が黒々になり、目も良くなるなんてオジサン返上の兆し。良い薬でもあるのかね。
 ということで合図をして前に割り込むと向こうも分かったようだ。パーキングにて奇遇を喜び合い、一路、三俣スキー場へと急ぐ。駐車場での小宴会の後仮眠をし、翌朝起床はのんびりの午前7時。しっかり者の田中さん持参の割引券を使って一日券を購入し、9時前のゴンドラで出発する。周囲にはスコップをザックにくくりつけ、ヘルメットをかぶった現代風のテレマーカー、スノーボーダーがウロウロ。一方こちらの装備は少々くたびれ加減だが、山の経験なら我々のほうが豊富だ、などと変なオヤジ風対抗意識を燃やしてさらにリフトを乗り継ぐ。本当は敗退の経験こそがよっぽど多いんだけどね。
 10時、かぐら第1高速リフトのトップでシールを装着して歩き出す。何と、あれほど途中に沢山いた、いかにも山岳スキー族はここにはいなくなり、我々中高年パーティーがラッセルのトップだ。みんなどこをウロウロしているのかねぇ。
ホワイトアウトの神楽ヶ峰頂上  幸い雪は軽く快適に登行し、11時上の芝。小休止中に後続パーティーに抜かれるが、途中で気持ちは若者の箭内さんが抜き返し、11時半トップで風雪の稜線に飛び出す。
 さらに稜線を南にラッセルし12時、神楽ヶ峰頂上に着くが、雪面と空との区別がつかず尾根から転落したりと、どうも居心地が良くない。早々に引き返し先ほど稜線に上がったところまで戻ると、後続パーティーがいるわいるわ。30人位がたむろしている。昔はラッセルのお礼などを言ったものだが、今は皆知らん振り。多くの人が押し寄せる山スキー入門ルートなためしょうがないとも思うが、先行者のトレースがあるのがあたりまえ、という山行を続けていると成長しないよ、とオジサンは言ってあげたいようで、ちょっぴり寂しい。
最高の粉雪にヒャッホー  中尾根の頭への稜線にはトレースがなく、またしてもラッセルで進む。13時、シールを外し、わずかに手前の1984mピークから滑り出し。トラバース気味に北東側を走る中尾根に乗ろうと企てたが、途中で高度を失ってしまい、結局1900m下でやっと乗る。
 立ち木もまばらな尾根上に踏み入れたとたんびっくり仰天。付近は積雪40cm程の軽めのパウダーなのである。良く滑る。視程50m弱なためコース取りには気を使うが、幅広の一本尾根であり、尾根上にいることさえを意識していればナビゲーションは容易だ。トップを交代しながら粉雪を巻き上げ、どんどん下る。今回は太目のテレマーク板なため、前足のトップは潜望鏡のように雪面から頭をつき出し、け散らす雪は低いテレマーク姿勢だと顔にまでかかる。積もった雪の中に意図に反して顔を沈めることはよくあるが、跳ね上げた雪が顔の周りを舞うことはそうそう無い。急にスキーがうまくなったような錯覚に陥り、よく決まるターンのたびに絶叫してしまうような雪質だった。また厳冬期の山スキーは初めてというアルプス別所氏も次第に調子を上げ、この新雪を堪能したようだった。
中尾根の雪は良い  途中ブッシュに捕まりながらも順調に下り、和田小屋付近のゲレンデ到着2時45分。せっかく1日券を購入したのでもう1本滑り、車戻り3時半。その後塩素消毒しっかりのアルカリ単純泉、二居にある宿場の湯に入って汗を流し、箭内さんお勧めの火打峠近くの屋根付きの施設で幕営とする。その夜は大歌唱大会。コンクリートの天井の反響がよろしく、まるでホールで歌っているようだ。自分の歌に酔う者と酒に酔う者とが混沌となり、収拾のつかない夜は更ける。

二居部落を眼下に尾根を登る  翌14日、晴れ。今日は軽い行動をということで二居部落から大谷山を目指そうと準備していると、地元の人に今年の雪は去年の十分の一だ。ブッシュが多く大変だぞと諭される。モチベーションがあまり上がっていないこともあり、あっさりルートをあきらめる。

旧二居スキー場の大斜面を滑る  代替案として閉鎖された二居スキー場のゲレンデトップまでシール登行をし、皆で大斜面にシュプールを残す。残念ながら雪質はクラストした上に湿雪と良くなく、転倒のもがき穴をあちこちに残した人もいた。
 さて今日の温泉は、猿ヶ京の民宿街にひっそりとたたずむ共同風呂「いこいの湯」。掃除の行き届いた浴槽からは、ごく淡い緑色のかけ流しの湯が惜しげもなくあふれ出ている。底には析出物が銀色に輝き、成分の濃厚さを示しているようである。加水なしで注がれる湯は熱い。しかしスキーで冷えた体にはまさに適温そのものである。また硫酸塩泉という泉質が幸いし、体の温まりが深い割に湯上り後の汗引きが良く、このさっぱり感は昨日のような単純泉では味わえない爽快さである。

猿ヶ京の共同風呂は雰囲気も泉質も最高だ  さあ次はそば屋だ、ということで猿ヶ京温泉旅館街の老舗に行くが、今日は気分が乗らず営業しないとのこと。日曜日の昼に営業しないなんて、この旅館街の行く末を垣間見たような気がした。気を取り直し、先ほどのいこいの湯近くでのれんを出していた手打ちそば屋「きこり」へ行く。こちらは大人数の来客に驚いたようだったが、素朴な対応ながらも気持ちよく受け入れてくれた。
 まず最初に出された韃靼(だったん)そばのそばがきには驚いた。普通はしょう油で頂くが、皿に盛られた白砂糖を少しつけて口に含むと、蕎麦の香りが口の中にフワッと広がる。しかし韃靼のえぐみは弱く自己主張は強くない。きっとそば粉が新鮮なためなのだろう。また次に届いたもり蕎麦は、十割そばながらコシがしっかりしており、のど越しも心地よい。やま芋のつなぎでは、こうは行かないはずだ。さらにはつけ汁も鰹ベースのようだが、控えめなダシが好感を呼ぶ。天ぷらをつまみに店のお酒を全て飲み切り、持参の酒まで持ち込む輩もいたが、運転を控えている良識人はそば湯とそば茶でその余韻に浸るばかりだった。
 まだちょっと時間がある、ということで帰路沿いにある湯宿の共同風呂に寄ってみることにした。湯宿は往時は30軒以上の温泉宿が並ぶ三国街道有数の温泉宿場町だったらしい。時代が車社会に変わり、関越トンネル経由で行き来する今ではすっかりさびれ、石畳のメインストリートには空っ風が吹きぬけるばかりである。しかしありがたや、湯は昔と変わらずこんこんと湧きあふれ、4つの共同風呂のいずれもが今もって大切に使われ続けている。
湯宿の竹の湯も温泉通をうならせる  町外れに車を止め共同風呂を一つ一つ当たるが、施錠され開場は午後4時からとの入口の掲示。まだまだ早い。途方に暮れながらも別所氏が通りかかった女性に訳を話すと、自分が浴場の鍵を持っているので、それを使ってよいとの優しいお言葉。ありがたくご親切に甘え、竹の湯のナトリウム硫酸塩泉で改めてさっぱりし、都内解散は午後5時半となった。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ323号目次