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春山合宿
その1 剱・赤谷尾根~猫又山~大猫山
金子 隆雄

山行日 2007年5月3日~5日
メンバー (L)金子、荻原、紺野、小幡、箭内、山崎、竹内

序章 伝説の男
 連休後半の出発なので電車の混雑が予想されたため、早めに行って並ぶことにしていた。その男が上野駅の16番ホームに着いた時には既にYが来ていて並んでいた。列の先頭にだ。発車までまだ2時間以上もあるのでこりゃ飲むしかないなとビールを飲み始める。
 そのうちネパール帰りのOも来て一緒に飲みだす。ビールに飽きてきたのかその男はカップ酒を飲み始める。そうこうしているうちに他のメンバーも揃い、電車も入線してきたので乗り込む。勿論、先頭に並んでいたのだから余裕で座席は確保できた。
 その時、男はようやくある重大な事に気付いたのだった。登山靴を入れて持って来たバッグがないことに。酔っ払って思考力がないに等しい脳みそで必死に記憶を辿ってみる。山手線の電車に忘れてきたのかなあ、だとしたら間に合わないな。発車まであと10分弱しかない。ん~~、途方に暮れる男。
 神のお告げかご先祖様の導きか、その時男はあることを思い出した。そういえば、駅構内のみどりの窓口で切符を買ったな、あそこならまだ間に合うかも知れない。男は一目散に駆け出した。走る走る、太陽にほえろ!のジーパン刑事のようにひたすら走る。皮肉にも登山靴を履いていなかったので走り易かったのだ。
 みどりの窓口に着いた男は、どうかここにありますようにと祈るような気持ちで駅員に聞いてみる。「あのう、すいません」男の顔を見た駅員は男の言葉を遮るように「あ、靴ですね」と言うと奥へ引っ込み、見覚えのあるバッグを持って戻ってきた。男の顔を覚えていたようだ。「そ、それです。時間がないんで早くしてください」男はバッグを受け取り礼を言うとまた一目散に駆け出した。
 走る走る、太陽にほえろ!のマカロニ刑事のようにひたすら走る。きっと男の頭の中にはあのテーマ曲が流れていたに違いない。発車寸前に何とか戻ってきた男ではあったが、顔は青ざめ息も絶え絶えだ。酔っ払った状態で思いっきり走ったのだから無理もない、血管が切れなくて良かったですね。皆の物笑いの種になりながら男はのびていた。
 こうして男はまた新たな伝説を残したのだった。

本章 赤谷尾根の記録
5月3日 晴れ後曇り
 乗り換えのため滑川で一旦下車する。昨年は魚津で乗り換えたがどちらでも上市に着く時刻は同じで、滑川で乗り換えた方が若干交通費が安くなる。我々以外にも結構登山者がいた。40分くらい待って2両編成でやってきた富山地方鉄道の電車は前の車両しかドアが開かない。乗っているのは登山者ばかりだ。上市で予約してあったタクシーに少し待ってもらって不要なものを駅のコインロッカーに押し込んでから馬場島を目指す。山崎さんが手配してくれたジャンボタクシーは9人乗りでタクシーを2台使うよりかなり安上がりだ。
 馬場島に着いて辺りを見回すと昨年と違って雪が全くない。派出所に寄って変更した計画書を提出する。今回はかなり早めに登山届けを提出してあったのでルートやメンバーなどかなりの変更があったので変更後の計画書を作成しておいたので手間が省けた。今回は予備日が取れないという理由で剱の登頂は省いて赤谷尾根のみにした。当初の計画は赤谷山からブナグラ谷を下降するものだったが、これじゃつまらないということで山崎さんから猫又山から東芦見尾根上の大猫山を経て馬場島へ降りるというルートの提案があった。日程的にも無理はないし、なんか面白そうでもあるのでこのルートに変更することにした。
赤谷尾根の下半部は藪の急登だ  共同装備の分配後、全く雪のない白萩川沿いの道を歩きだす。ブナグラ谷出合いの橋を渡り、赤谷尾根の取り付きを探すがよく分からないのでブナグラ谷沿いに少し進んでみる。それらしい所があったが、ここでいいのか決めかねていると後ろから登山者がやって来たので聞いてみるが分からないらしい。彼らは藪を嫌って赤谷尾根を登る予定を変更してブナグラ谷を登ると言う。まあ、今年の雪の量じゃどこから取り付いても藪は避けられそうにないので登り始める。しかし、最も傾斜の強い所から取り付いてしまったようで腕力頼りの辛い藪コギが続く。1300mくらいで一旦傾斜は緩むがまだ雪は現れず藪が続いている。我々と同じくらいの大人数のパーティが後続している。
 1350mくらいまで登ると展望が開けてきて藪の隙間から剱岳も望めるようになってくる。所々に雪も出てくるようになってくる。1400mくらいで完全に雪の尾根になり、ようやく藪から開放される。赤谷尾根は広い尾根が続いているのかと思っていたが結構細い所もある。が、危険と言うほどのものではない。
 格段に歩き易くなった雪尾根を快調に登って行き、1863mピークを越えた平坦な所を今日の幕場とする。剱岳、早月尾根、小窓尾根などが一望でき最高の場所だ。先行している5人パーティが少し先にいるようだ。

5月4日 晴れ後曇り
 雪が締まっているうちになるべく先へ進んでおきたいと思い早起きして出発したが、冷え込まなかったためか雪はちっとも締まっていない。今日も天気が良く、朝日に輝く猫又山が美しい。今日辿ることになる東芦見尾根もごく間近に見る。
 緩やかで広い雪稜を1時間弱で2038mピーク、ここから赤谷山直下の急斜面になる。息を切らして急斜面を登り切るとなだらかな赤谷山の山頂に到着。そこには昨年と同様の光景が広がっていた。雪が少ないとは言ってもここまで標高があがると結構な雪の量で昨年と同じくらいあるのではと思われる。
剱をバックに赤谷山にて  十分に休憩し景色を堪能した後、ブナグラ乗越への下降に入る。雪が腐って歩き難いがやはり下りは楽だ。昨年、逆コースで登った際には近そうに見えてもなかなか辿り着かず、とっても遠く感じたものだ。ブナグラ乗越から登ってくる大勢の登山者とすれ違う。
 テントが数張り張られているブナグラ乗越を過ぎ猫又山への登りにかかる。ここはいつものように雪が消えており、あちこちに顔を出しているフキノトウを少し採っていく。猫又山から下降するときはいつも懸垂する雪壁もしっかりステップが刻まれており難なく直登する。しばらく夏道が出た尾根状を行くと尾根の形状がなくなり急で広大な雪原となる。ゆっくりゆっくりと登りつめ、東芦見尾根との分岐を左に見送り更にひと登りすると猫又山だ。昨年と違って山頂は雪に覆われていた。
 猫又山を後にして分岐まで戻り東芦見尾根へと分け入る。なだらかな起伏が続く東芦見尾根は予想していたのとは違って結構人が入っているようで踏み跡もしっかりついており登ってくる人もいる。しばらくダラダラとした下りで2135mピークを越えると大猫山らしきピークが見えてくる。大猫山はどの地図にも載っていないので本当はどこなのかよく判らないが三角点のある2055.5mピークがそうであろうということにしておく。勿論三角点は雪の下だ。大猫山直下の広い雪原に正午過ぎに到着。このまま先へ進めば今日中には馬場島へ降りてしまう。それではもったいないということで今日の行動はここで終えることにする。
 今日の幕場も昨日と同じように視界を遮るものが何もないので眺めは最高だ。赤谷尾根、小窓尾根、早月尾根まで手に取るように分かり、この辺の地形を把握するにはもってこいだ。広くて平らな場所なので整地する手間も少ない。時間もたっぷりあるのでブロックを積んだりする。小幡はいつものようにトイレ造りに精を出している。
 時間をもてあまし夜を待ちきれず飲み始める。オヤジ達は「来年は剱尾根へ行くぞ」と気勢をあげる。その前に10Kg痩せるぞと宣言したK氏であったが、下山後しばらくして食べ過ぎて急性すい臓炎で入院してしまった。前途は多難そうだが頑張って是非成功させてもらいたいものだ。

5月5日 晴れ
 今日も天気は良い。ゆっくり起きだし支度する。朝飯はフキノトウ入りのラーメンだった。味は決して悪くはなかったのだがゲップが出る度にあのほろ苦い味が甦ってきて参った。
大猫平です  今日はのんびりして夜行で帰ろうということに昨夜決めていたので出発は8時半頃と遅い時間になった。出発して直ぐに大猫山山頂付近から東芦見尾根を離れて大猫平への下りになる。今回は踏み跡や赤旗があったのですぐにそれと判ったが何もなければかなり判断が難しそうな所だ。大猫平まではかなり急な下降が続く。大猫平は広い雪原となっている。
 大猫平から先は所々夏道がでているが、いたる所にフィックスロープが張られた厳しい道だ。無理やり開いた登山道だなという気がすると共に絶対ここは登りたくないなと思ったのであった。すぐに着くだろうと高をくくってあまり水を作らなかったので途中で水がなくなり水不足でヨレヨレになりながら正午前にようやくブナグラ谷の取水堤に降り立つことができた。先ずはブナグラ谷の冷たい水をがぶ飲みする。
 ドロドロになったスパッツとアイゼンを洗ってゆっくりした後、のんびりと馬場島へと歩く。途中でタクシーが客待ちしていたのでジャンボタクシーを予約し、少し待ってもらってビールで咽を潤してから車中の人となる。

ブナグラ谷の取水堤、一周して戻ってきたよ
〈コースタイム〉
5/3 馬場島(7:45) → 1563mピーク(13:00) → 1863mピーク(14:50) → 幕場(15:00)
5/4 幕場発(05:20) → 赤谷山(06:50) → ブナグラ乗越(08:30) → 猫又山(11:05) → 幕場(大猫山)(12:30)
5/5 幕場発(08:25) → 大猫平(09:00) → ブナグラ谷取水堤(11:50) → 馬場島(13:00)
ルート概念図

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