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谷川岳・一ノ倉沢・烏帽子沢奥壁南稜
安齋 英明

山行日 2007年6月2日~3日
メンバー (L)小幡、深谷、竹内、安齋

 谷川岳に向かうため、6月2日午後2時に水道橋に集合した。飯田橋ICから高速道路に乗ると、水上までわずか2時間である。高速道路を降りて、まずセブンイレブンに寄り、翌日の朝食と行動食を買い込んだ。次に少し先のスーパーに行き、夕食の買い出しである。当初は各自で弁当を用意するはずだったが鍋に変更になり、おでんから刺身までしこたま買い込んで一ノ倉沢出合に向かった。さすがに三峰の山行と言うべきだろうか。
 出合に到着したのは5時前で、まだ観光客がいる時間帯だったため、テントを張るのはいささか憚られた。そこで、明るい内に下見に行くことにした。やはり例年より雪が少なく、出合付近の雪渓は既に消えていたが、10分ほど登ると谷は雪渓で埋まっており、30分足らずでテールリッジに着いた。楽なアプローチと言えるだろう。
 出合に戻ったのは5時45分頃だったが、早速テントを張って宴会を始めた。スーパーの惣菜ばかりだが、これがなかなか豪華で、短時間の内にすっかりデブになってしまった。
 オイオイ、明日は岩登りじゃないのか?という有様なのだが、やがて8時頃に個人山行の荻原・坪松組が到着したため、結局宴会は9時頃まで続いてしまったのだった。
 翌日は3時起床。順番待ちを避けるための早出である。まず荻原・坪松組が出発し、私たちは3時45分に出合を出発した。既に3パーティーが出発していたようだが、出遅れたということはないだろうと思われた。途中で約1名がヘルメットを忘れたと言い出して取りに戻ったが、往復20分と予想していたところ15分ほどで戻ってきた。うーむ、アッパレ!皆さん、忘れ物には注意しましょうね。
奥に見えるのが烏帽子と衝立正面壁  やがてテールリッジに取り付き、どんどん高度を稼いでいった。中央稜の取り付きまで行ったとき、南稜方面に向かう二人組の人影が見えた。(うーむ、あれは追い抜けないな)と思いながら後を追ったが、その二人組は何を思ったか、左の方へルートをはずれていった。(あんな方にルートがあったかなあ?)と思いながら南稜テラスを目指していると、件の二人が途中でルートを変えて後を追ってきた。何のことはない、道を間違えていたのだ。おかげで私の方が先に南稜テラスに到着したのだが、既に3人パーティーが登攀準備中で、惜しくも2番手になってしまった。
 先行パーティーを見送り岩壁に取り付いたのは5時45分だった。私のザイルパートナーは深谷さんで、小幡さんと竹内君の組み合わせである。1ピッチ目は私がトップで登った。下部はIV級-だが、上部のチムニー部分はIV級で前半部分の核心である。と言っても、ホールドは豊富なので難しくはない。ただし、ルートの形状ゆえに、ザイルの流れに注意してプロテクションをセットしないと、ザイルが極端に重くなってしまうので、下部で余り左の方にプロテクションをセットしない方がよい。まあ、余裕がなければそんなことは言っていられないだろうが(当然だが墜落したら目も当てられない)。
 2ピッチ目は深谷さんがトップで登った。深谷さんのアルパインクライミングにおけるリードデビューである。ルート図では、右上してから左にトラバースして云々と書かれているが、ほぼ直登した。実際、ハーケンも打たれているし、直登で正解だと思う。なかなかどうして、鮮やかなクライミングだった(深谷さんだから当然か)。
 3ピッチ目は草付きの緩傾斜帯である。ここは登攀の対象にはならないので、ザイルを抱え、二人揃って歩いて行った。
 草付きの上部から再びフェースになる。私がトップだったが、早朝とあって岩全体が濡れているため、III級というグレードの割には余り快適ではない。カンテを6ルンゼ側へ回り込んで更に登っていくとテラスに出る。ここでピッチを切り、深谷さんを確保した。次のピッチは馬の背リッジで、何と言っても景色が素晴らしい。もちろんリードは深谷さんの番である。
6ルンゼ右俣をFuさん余裕のラッペル!  馬の背リッジは50メートルザイルをほぼ使い切る長いピッチだが、上部から見下ろすと絶好の撮影ポイントである。IV級とされているがホールドは豊富で快適なクライミングが楽しめる。
 私は全盛期の頃、ここをフリーソロで登り、他のパーティーのクライマーたちからエイリアンでも見るような顔で見つめられた経験があるのだが、いやいや実に懐かしい。それにしても、カメラを持っていって、深谷さんを撮ってあげれば良かった。ここから上部を登る姿は絵になるのである。ただし、晴れていればだが(このときは快晴だった)。
 いよいよ最後のピッチである。垂直に近いフェースでV級とされている。文字通り南稜の核心である。私がトップで登っていったのだが、終了点のテラスまであと一手というところで行き詰まってしまった。とにかく染み出しがひどくて、ホールドというホールドがびしょ濡れなのである。いくらチョークを付けても全く話にならない。目の前のハーケンに短いシュリンゲが残置されており、これを掴めばことは簡単なのだが、自分の美学と照らし合わせて納得のいかないことをすれば、結局後悔が残るだけである。それでは谷川岳まで来た甲斐がないので、どうしても掴む気になれない。「そもそもが人工的手段を講じてしか越えられなかった岩壁を、危険と困難を享受して人間の手足だけで克服しようとすること自体が立派な"態度"に違いない。(菊地敏之著「我々はいかに石にかじりついてきたか」東京新聞出版局)」などという程のルートではないのだが、それでも遂にフリーにこだわってしまった。岩壁に張り付いたまま粘りに粘り、左手で濡れていないアンダーホールドを見つけたので、右足のアウトサイドエッジを使って身体を振るや、最上部のガバホールドに思い切り右手を伸ばし、これを掴んだ。さすがに陽光に照らされていた最上部のホールドはカラカラに乾いていたので万全だった。これにて一件落着である。時に7時45分。岩壁に取り付いてから、ちょうど2時間が経過していた。続いて深谷さんが登り、南稜登攀は無事終了した。
 その後、我々に遅れること1時間で、小幡さんと竹内君が登ってきたので、9時頃から6ルンゼを懸垂下降していった。下部では登攀中のパーティーが続いていたので、支点の使用に順番待ちが必要だったため、南稜テラスに戻ったのは10時20分になってしまった。更に小幡さんと竹内君を待って、漸く下山を開始したのだが、この下山がまた厳しかった。何しろ雪解けの後で浮き石が多い上に、中央カンテなどには多くのパーティーが取り付いていたものだからたまらない。中央稜基部までの間は落石の嵐だった。南稜登攀中に、とんでもない大きな落石が途中で砕け散って、下部のクライマーを襲うのを見ていただけに恐ろしい。一度だけ大きめの落石が唸りを上げて目の前を過ぎていったが、あとは小石ばかりだったので事なきを得た。途中で記念写真などを撮りながら下降し、午後1時ころには出合に戻ることができた。南稜は短いルートなので物足りなさは残ったが、次なるルートへと誘う、楽しい登攀だったと思う。
 帰りは水上温泉の「湯テルメ」に立ち寄った。室内温泉だけでなく露天風呂もあって料金は550円である。近頃では珍しくリーズナブルと言えるだろう。良い山・良い風呂・良い仲間ですっかり上機嫌になり、東京への帰路についた。


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