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南アルプス・白峰南嶺
鈴木 章子

山行日 2007年9月19日~22日
メンバー 鈴木(章)

 長い間、山登りを続け、歩いたところに線をいれてはいるものの、ポツンと穴の空いてしまうことがある。今回歩いたコースもその部分に当たる。
 昨年、野田さんと「仙塩尾根」を御一緒させてもらった折に、気になってたまらなかった。野田さんも歩いたことがあると聞けばなおさら。誰かに声を掛けようかと思ってはみたが、全行程を何日で消化できるか判らなかったことと、大門沢と伝付峠以外に水場が無いことで単独にしてしまった。
 水の持ち上げは、1日5L近くにもなり、更に、それを殆ど飲んでしまうほどの暑さに自分でも驚くほどだった。
 悪天候の為、出発を遅らせ9/19になった。夏バテ気味の体だったが出発した。途中のエスケープルートは、伝付峠1箇所のみで、大きな不安材料になってはいた。
 身延駅発11:45のバスに乗ったのは、女性3名(登山者は私のみ)。全員、奈良田下車。
 明るいうちに大門沢小屋に着きたいので、トイレに行った後、直ぐ出発。平日でもあり、高齢者?の単独登山者が2組、不思議そうに私を見送っていた。
 奈良田橋を渡り終えると、軽トラックが荷台に私を乗せてくれた。大門沢小屋番の車だったので「シメタ!」と思ったのもつかの間、彼らは積荷を忘れたとかで、私を砂防工事手前で降ろしてしまった。それでも30分は短縮でき、スタートとしてはまずまず。
 砂防工事のため、登山道は端に追いやられ、暗い樹林帯の中に突入。樹林帯は薄い霧に包まれ暗い。登るごとに傾斜は増し、決して楽しい気分ではない。ただ、キノコは豊富だった。時間があれば絶対採っていた筈。これが唯一の心残り。
 途中、若い単独の女性とすれ違った以外、誰にも会わなかった。16時25分到着。小屋には老夫婦と単独中高年の3名が宿泊。避難小屋のような土間の小屋。今では珍しい存在だ。
 まだ、16時半だというのに、空はどんよりしていた。テントを濡らしたくなかったので小屋泊まりに決めた。
 この日は胸焼けがして食欲はなかった。夕食に、味噌汁と紅茶で乾パンを流し込んだ。18時30分に床に就く。
 翌朝、4時起床。アルファ米の赤飯を1袋、無理やり口に押し込む。明るくなるのを待って5時15分に重い胃を抱えて出発。小屋の人に聞いた2つ目の橋で水4L強補給。ここから、今回、一番苦しい日が始まった。
 空は青空、雲一つ無い。時間がたつごとに気温はドンドン上がっていく。登山道の傾斜はドンドン増す。2時間ほどで森林限界ともおさらば。大門沢下降点付近で3組の単独、中高年男性と出会った以外、この日は誰にも出会わなかった。
 酷暑と言われたこの夏から解放された体にはここでの暑さは、「ツライ!」以外の言葉は無かった。
 下降点から広河内岳の途中で一休み。一気にはとても登れなかった。広河内岳で、本日、初めての大休息。山頂からの展望は素晴らしい。眼下には、これから行こうとする白峰南嶺。後には、白峰三山の雄姿。見渡せば、双子峰の塩見岳。赤い山肌の赤石三山。白い山肌の白鳳三山。さらには、甲斐駒ヶ岳等々。それぞれに個性があって美しい。誰もいないのも素晴らしい。空には雲一つ無い。が、この空が、これから3時間、私を苦しめた。熱射病にかかっていたらしい。
 広河内岳~大籠岳の間ルート訂正1回、岩場で転倒1回、軽く頭を打った。水分は充分取っていたが、更に、カルピスウォーターを飲む。食欲は全く無かった。無理にアンパンを口に押し込んだ。大籠岳までの道程の長かったこと。
 大籠岳は三角点で確認。その後は、道はケルン、赤テープの確認は必要だが、足場は安定した。白河内岳からは木々に覆われた黒河内岳(笹山)が望め、心に安堵感が出始めた。が、またもや岩場で2度目の転倒。大きなコブが左頭部へ。大事には至らなかったがあぶなかった。ここで体の異変に気付き大休息。塩昆布とスポーツドリンクを大量に口に流し込んだ。汗が噴出すように出た。体温が上がっていた。休む度に睡魔に襲われた。道標のケルンを探す緊張感が救いになった。
 2682P近くから肩ほどの高さのハイ松帯に入った。体温が下がっていくのが実感できた。藪の中にはテープ、踏み跡とも、しっかりしていてこれまでの不安は全く無くなった。更に、進めば進むほど、ハイ松→シラビソ→ダケ樺と、木々の背丈も高くなり、木陰歩きに変わりだす頃には、体温もすっかり低下、気分も落ち着きが戻ってきた。自然力の素晴らしさに敬服。辛いことも過ぎてしまえば良い思い出。少しずつ、歩くスピードもあがっていった。
 荷物も重く、いろんなことがあった一日。当初、予定していた黒河内岳(笹山)までは体力的に無理と判断。それでも少しでも近づきたい。ゆっくりゆっくり進み幕場になりそうな所を探す。なかなか見付からず、山頂直下の僅かに広くなった登山道の上にテントを張った。15時。テントを張るのも辛かった。テント内で少し休んでから食事の支度を始めた。
 今回1袋だけ持ってきた「レトルトカレー」と「アルファ米」に、「味噌汁」をプラスしたが、すべてを食べきるのは大変だった。本日3L以上の水を飲んだ。私にとっては、恐ろしい量だった。食事が済むと直ぐ横になった。熟睡はできなかったが、体は休まったようだ。
 21日 3時起き、5時半出発。本日も快晴だが、これから先は樹林帯の中。気分が楽だ。15分で黒河内岳(笹山)山頂。ここでの幕場は最高と、以前誰かに聞いたことがあったが、私はそれほどの魅力は感じなかった。展望は素晴らしいとは思うが・・・。それよりも、ここには、今回はじめての立派な山名板があるのには驚いた。これまで、はっきりしなかった現在位置の確認に非常に助かった。
 山頂を出発してからは、歩くスピードがグングン速くなった。荷物が軽くなった(水分の残りが1.5L)、伝付峠が近くなった、登山道が「グッ」と良くなったお陰?では?
 緩い下りで白剥山へ、軽く乗越し奈良田越へ。白剥山からの下りに入ると間もなく、最近、下草を刈払った跡があった。そこからは、手入れが行き届いた緩い下りを進む。樹林帯を抜ければ奈良田越。
 奈良田越には廃屋?らしき物があった。以前は重要な場所だったのだろう。ヘリポートほどの広さがあった。そこからは、廃道化した林道をひたすら伝付峠目差して、木陰を求めながら進んだ。
 林道を1時間ほど歩いたところで、作業着姿の男性3名とすれ違う。彼らは、単独の私に呆れ顔だった。
 林道は至るところで多少の崩壊はしていたが、展望もよく軽快に歩けた。しかし、2159P辺りの大きなカーブで5メートル程大きく崩壊。急斜面を緊張してトラバースをする。その後は平坦になり間もなく伝付峠へ。
 伝付峠には思いの外、早く到着(10:28)。峠に荷物を置き、昨年も行った水場へ。給水後、靴を脱ぎ足を水の中へ、濡れた手拭いで体を拭く。心の中から幸せが湧いてくる。「ズー」と考えていた、伝付峠から下山への思いが遠くなっていく。また、ここまで辿り着けた感謝も湧いてくる。
「人間とはささやかなことで幸せになれるものだなー」
 充分休んだ後、気を取り直し峠に戻る。今回も4L強の水をザックに詰め込み出発。気分はそれまでと一変。
 木陰の多くなった林道を進むと、予想より早く林道は終わってしまった。峠から終点までの林道は変化に乏しく印象は薄かった。
 山道に入る前に杖となる木を拾う。この杖のお陰で、歩くスピードが更に速くなった。3本足の威力?を実感。登山道は天上小屋山近くまで平坦。踏み跡もしっかりしている。歩いていて実に楽しい。鼻歌も出そうな気分。そんな折、「上の切」通過辺りで単独の男性と出会う。本日は2組目。
 彼は、椹島から入山。途中1泊して、笊ヶ岳から来たとのこと。これから伝付峠まで行き二軒小屋に下りる予定と言っていた。
 お互い、これから行くコースの状況を尋ね、別れた。彼の話では、笊ヶ岳までは問題無く行けるとのこと。ハイキングマップのコースタイムがはっきり判らないため、スピードは変えずに歩き続けた。
 天上小屋山は、山名板は有るものの、大した登りも無く、山頂は狭く、展望も無い。尾根の延長といった感じ。特別の印象薄い。恐らく、下から見上げればポイントの有る山なのだろう。
 本日一番印象の深かった山は、生木割山だった。天上小屋山からかなり歩いた気分。登りが長かったせいだろう。登りが嫌になった頃、辿り着く。広~い山頂に着いた時には、心から安堵感が湧いてきた。山頂には立派な山名板の他、反射板があった。人間臭さに出合った感じ。しかし、良くここまで機材を運んだものだと感心もさせられる。予定ではここが今夜の幕場。展望は全く無いが、深い森に覆われた山頂では、水さえあれば、至る所でテントを張りたい気分。ゆったりさせる所だ。
 しかし、ここも通過することに決める。下山口のバスが1日に2本、7時と13時のみ。もしかすると、明日の13時のバスには乗れるかも。出来ればその前に、バス停前に有る「雨畑温泉」に入浴したい。イヤ、絶対入浴したい!絶対入浴する!
 山頂に別れを告げ歩き出したが、行けばいくほど急な下りの連続。その間、幕場になりそうな場所は全く無かった。堰松尾山への登りに入ると、登山道は大ガレの上に着く。ガレ末端のゴールが確認できず、長く、右側に大きく崩れた斜面を見ながらの急登は恐怖さえも感じ、草付きの登山道についた時には嬉しかった。地図には「展望良し」と記入してあるがそんな余裕は全く無かった。
 その後もヤセ尾根の急下降が続く。かなり下りきったところで、「旧椹島下降点?」に降り立った。赤テープ、銀テープが椹島方面に向かって付いていた。
 そこで、2~3張は可能な幕場を見つけられたので今宵の幕場に決めた。16時45分、遅い到着になってしまった。急いで幕を張り、早々に夕食に取り掛かる。外では、夕日が綺麗だ。昨日も夕日は確かに有ったが感動は薄い。疲れの差だろうか。今日の方が歩いた量は遥かに多いのに。
 食欲も少し出てきた。今夜のメニューは、「ポテトサラダにチーズとサラミを入れ、メインはライスヌードル」他にも、胃が受け付けてくれそうな物と量、何でも食べた。
 夕食後、お茶を飲みながら地図を見ると、少し無理をすれば明日には下山できそう。勿論、入浴付で。急いで寝支度した。グッスリとはいかなかったが、昨日よりはよく眠れたようだ。
 翌朝、3時起床 4時45分出発。暗闇の中、ヘッドランプの明かりを頼りにゆっくり進んだ。シラビソの葉がライトに照らされて、それはそれは、美しかった。明るくなった頃、もう一つの椹島下降点に出た。こちらは指導標があり、踏み跡も確りしているが幕場には乏しい。
 そこから笊ヶ岳までは、荷物が軽くなったとはいえども(心理的に)長く厳しい登りに感じた。左側に朝日を感じ始めると展望の良い山頂に着く。山頂に立つと「ほっ」とした。今回、最後のピークとなる私には、言葉にならないものがあった。
 笊ヶ岳の山頂にはテント1張り程度の広さしかないが、本当に素晴らしい山だと思った。山頂から直線沿いに小笊ヶ岳、富士山、その少し左に日の出が終わった太陽。対岸には深南部、光岳、赤石三山等々、歩き続けた山々が、360度さえぎる物が何も無く目のなかに。そしてそこには「お山の大将」私一人。
「チビでも、今日の私はデッカイゾー」
 自我、陶酔気分、陶酔状態で下山にはいったが、次のピーク布引山までは、ダラダラと長い。一端、下ってから登りに入ると長いこと。ヤレヤレと山頂へ。ここは笊ヶ岳とは対照的で広い。幕場に困ることはまず無いだろう。是非、何時の日か泊まってみたい気分だが此処までのアプローチを考えると・・・。
 布引山から暫くは気の抜けないコース。尾根が細い為、急下降、ガレ場歩きが続く。急坂に別れを告げる頃、桧横手山。イヨイヨ「温泉」となると体もパワーアップ。地図にはここから下山5時間。どれだけ短縮できるかで、入浴の有無が決まる。このとき、昨日拾った杖がパワーを出した。桧横手山から広河原までは、尾根1本の急下降になる。小さな九十九折になった登山道。回転時にスキーストック同様地面に突き刺す。遠心力で無理なく安全に回転、これをカーブごとに繰り返す。我ながら妙案。
 「山ノ神」で女性1人、男性3人のパーティーとすれ違う。そこで今日が日曜日だということに初めて気付く。彼らはこれからこの急坂を登るのかと思うと頭が下がった。彼らも私の行動に頭が下がっていた(筈)。
 広河原では渡渉になるが、水量が多く、傾斜も強く、飛び石が少ない沢だった。さすが南アルプス。渡渉に不安があったので、もう1本、杖になりそうな木を探し両手に杖を持って渡った。しかし、途中で1本流してしまった。荷物が重く、中々、難儀な渡渉だった。
 そこから先は水平道となる。時間以外何も気にすることの無くなった足は、前へ前へと進む。間もなく若い男性2人パーティーに出会う。彼らは「老平」から1時間で来たと言う。この時点でバス時間はクリア。広河原から40分で一軒家に、ここで登山道とは別れ、車道に入る。ここで、またも、4~5人のパーティーと出会うが、彼らとは何も会話はしなかった。出来る雰囲気ではなかった。車道にでた時点で温泉もクリア。後はブラブラ?歩きでゲートへ、ゲートを過ぎると民家がチラホラ。ここも高齢化が急速に進んでいるようだ。複雑な気分でバス停に向かう。ゲートから10分程でバス停に。出発時間を確認後、夢?にまで見た温泉へ、11時30分着。ここまでの所要時間3時間。目的はすべて叶ったけれどクタビレター。
 早着のためか、入浴者は私一人。建物は旧学校の校舎利用、今は宿泊施設になっていた。良い造りの温泉だった。桧の露天風呂に入り、今回歩いた背後の山々を振り返る。山々は雲が出始め、ゆっくり下り坂に入ったようだ。苦しめられたが、好天に恵まれ完歩できた喜び。感無量、至福の時というのかなー。
 入浴後は近くにあった「硯石博物館」を見て時間を過ごした。この辺りは、金山と硯石と林業で生計をたてていたとのこと。詳しくは知らないが・・・

〈コースタイム〉
9/19 身延駅(11:45) → 奈良田(13:15~13:20) → 大門沢小屋(16:25) 奈良田橋~ゲートまで車に乗せてもらう
9/20 大門沢小屋(05:15) → 二本目の橋を渡る(最終水場)(06:00) → 大門沢下降点(09:30) → 広河内岳(10:10~10:30) → 大籠岳(12:10~12:26) → 白河内岳(13:20) → 黒河内岳(笹山)直下(15:00)(泊)
9/21 幕場(05:30) → 黒河内岳(笹山)(05:45~06:00) → 白剥山(07:30~07:45) → 奈良田越(08:15) → 伝付峠(10:28~11:30) → 林道終点(12:00~12:10) → 天上小屋山(13:32~13:45) → 生木割山(14:50~15:05) → 2444P手前の鞍部(16:45)(泊)
9/22 幕場(04:45) → 椹島下降点(05:30~05:37) → 笊ヶ岳(06:07~06:27) → 布引山(07:25~07:35) → 桧横手山~広河原(10:20) → 林道出合(11:00) → Vira雨畑(11:30)(入浴) → 馬場バス停(13:04) → 身延駅

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