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阿弥陀岳南稜
坪松 聖幸・紺野 康則

山行日 2007年12月23日~24日
メンバー (L)坪松、紺野、深谷、平

 現在、松葉杖の生活で、この原稿を書いている。まさかあんな所で滑落して怪我をするとは思っていなかったし、自力で下山できて本当に良かったと思う。診断の結果、左膝の靱帯損傷ということで手術の必要は無しと言われたが、完全復活まではしばらく時間が掛かりそうである。
 22日に八王子駅集合で待ち合わせをする。列車から降りて階段を降りていたら、「何処の山に行くのですか?」と、ご年輩の女性の方に声を掛けられる。やはりこの大きいザックを背負っているのは、目立つ。八ヶ岳に行きますと答えると、その人も昔、山をやっておられたようで、気を付けて行ってきてくださいと声を掛けてくださり、やる気が湧いてきた。しかし、駅の外に出ると雨が降っており、一気にやる気が下がる。確か明日の天候は曇りだったよなぁ・・・?と思い、天候が回復することを願いながら、深谷さんの車を待つ。
 確か今年の3月頃に南稜の計画を出したのだが、その時は天候不良で中止にしたのだった。ぼーっと色んなことを考えていると車がきたので乗車して、仮眠場所の延命の湯に向かう。大月インターをすぎた辺りから粉雪が舞うようになったが、高速を降りると小雨になっていて、テントを濡らさないようにと屋根がある場所に幕を張って仮眠を取る。明日は晴れることを祈る。
 翌朝、5時頃起床し6時頃に延命の湯を出発する。天気は、曇りだ。舟山十字路までは、車で入れるのでナビを頼りに向かう。雪は積もっていないが、滑りそうな路面である。やがて林道のような所を通って舟山十字路に到着。車が何台も停まっており、かなりの人数が入っているようである。自分たちも準備を整えて、まずは旭小屋を目指す。途中、沢沿いを通過するときに靴を濡らさないようにゆっくり進む。石を渡るときにバランスを取るのが難しい。沢沿いを越えて歩いていくと赤いトタン屋根が見えた。あれが旭小屋のようだ。小屋の前では、単独行の人が休憩しており、我々も一本取ることにする。小屋の中は広々としており、休憩するには最適な場所だ。これからの登りを考えると、あんまり厚着はしないほうがよいかもしれない。
 身なりを整えて、また登り始める。最初は、道に迷い易いかと思ったが境界線をはっきりさせるためのロープがはってあり、それを目印にして進んだ。所々に入山禁止の看板があり、そちらには進入しないようにする。雪は少し積もっているが、ラッセルするほどではなく、どんどん高度を稼ぐ。南稜への標識が立っている所でまた休憩を取る。少し天候が良くなってきたのでサングラスを装着する。ここからもひたすら樹林帯の登りである。何回か休憩を取って、立場山を目指す。ゆっくりと登っているが、疲れが出てくる。深谷さんにアミノ酸や、名前を忘れてしまったが、ゼリーみたいなものを恵んでもらい、立場山にたどり着く。ここを越えると展望が開けてきて、阿弥陀岳の方がうっすらと見える。やっと、ここで前を行くパーティーを確認する。8人ぐらいいるだろうか?青ナギに幕を張ろうと思っていたが、まだ時間もあるし、なるべくP3の近くまで行きたかったので、無名峰を目指し進むが、なかなか良い幕営地が見つからない。P1を過ぎたところにも良い幕営地があるのでP1を越えることにする。間近でP1をみると迫力があったが、易しい所を抜けていく。そうすると幕営するには最適な場所があり、本日の行動を終了して幕営準備に取りかかる。テントは、我々以外には、先行されていた単独行の人のみだ。大人数のパーティーの人達は、青ナギでテントを張ったのかもしれない。雪面を踏み固めて平らにしテントを張る。夕食を作る前にまず、水作りと雪を集める。ストーブに火を点けるとすぐに暖かくなり、心と体が落ち着いてくる。深谷さんが天気を調べてくれて、明日は晴れの予報なので良かった。夕食は、平さんにカレー汁を作ってもらい、美味しく頂いて、お酒も美味しく飲む。紺野さんは、お腹が一杯になったようで、また宴の途中で眠ってしまう。しかし途中で復活し、またもう一度起きて食事を取り、明日の食事準備をしてからテント内を整頓して眠る準備をする。深谷さんや平さんは、暖かく眠れるように足に着けるカイロを準備している。明日は、4時半に起床して、6時ちょっと過ぎに行動出来るようにしたい。
 翌日、暗がりの中を起きる。果たしてみんなは、よく眠れたのだろうか?深谷さんと紺野さんは、暑くて途中で起きたらしい。平さんはそのままぐっすりと眠れたようだ。自分は、途中で何回か起きたが寒さで目が覚めるようなことは無くて、よく眠れた。やはり、体質とか寒さに強い、弱いがあるのだと思う。シュラフを片ずけ、お湯を沸かしてお茶を飲んで目を覚まさせる。朝食を作り手早く食べて、ハーネスを装着するが、外が明るくならないので、しばらくテント内で待機する。外はガスっており視界が悪いが、いつまでもこうしているわけにもいかない。少し明るくなってからテントを出て、テントを畳み、アイゼンを装着して動き始める。最初のP2は、P1と同様に易しい所を通ってピークを巻くように行く。トレースがないので、ゆっくりとルートを見ていく。昨日と違って岩稜帯を歩く。P2を越えるとP3の正面の岩場までくる。正面の岩場を巻いてルンゼ状を登るのだがその取り付きがよくわからない。岩場から左側に巻き道があり、それを下っていくと埋め込みボルトがある。どうやらここから登るようだ。見た感じだが、雪も付いており登りやすそうだったのでロープを出さないでも行けると判断して登り始める。最初の岩場が少し登りにくかったがルンゼに入ると容易に登ることが出来たので、ロープを使わずに登ることで時間の節約になった。そこから少し歩き、P4を越える。バンド状をトラバースするが、最初厳しいかと思った所もガバがあり、それを掴むと容易に越えることが出来た。岩場を登り、それを越えると阿弥陀岳の頂上に出る。視界が悪いが、登った後の充実感に浸る。短い休憩を取り、御小屋尾根を下るが道がよく分からずに前進したため一度引き返す。もう一度地図を確認してコンパスで方向を確認して進む。どうやら進む方向は、間違っていないようだ。それから少し進み、ハシゴを越えた直後だった。前の方が痩せた尾根になっていて道が不明瞭になっており、右側を歩いたときに雪庇を踏み抜き、そのまま滑落してしまった。転がって落ちていったので、ピッケルを突く暇もなく、ピッケル自体もその時に落としてしまった。一度停まるかと思ったが、垂直に落ちてまたスピードがついて滑っていった。その時は、「ああ、もう終わりだな・・・。」と思ったが、また垂直に落ちたときに少し滑って停まった。その時に左足が曲がったように落ちてしまいザックも何処かに行ってしまった。とりあえず意識はしっかりしていたので立ち上がってみると身体を打ちつけた痛みがあったが、たいしたことはないようだ。骨にも異常なし。装備はどこにいったのか辺りを見回したが、ザックとピッケルもどこに行ったのか分からなかった。とりあえず少し登ってみることにした。身体のあちこちに痛みはあるが、動ける状態のようだ。上から声が聞こえてきたので、これから登りますと声を返す。といっても、そのまま上に行くと岩場になっており登れないので左にトラバースして灌木帯を目指す。今度落ちたらもう登り返せないだろう。ゆっくり慎重に登り灌木を掴み、はい上がるようにして登るが途中何度も息切れがして立ち止まる。掴む物がないと、雪の中に腕を突っ込む。そんなことを何回か繰り返し上まで登り切ることができた。飲み物をもらってほっと一息ついた。登れて本当によかった。
 さてこれからが下山である。背負っていた装備は、諦めるしかない・・・。免許証、財布、携帯電話、山装備一式全て落としてしまった。御小屋尾根をやめて行者小屋に降りることになり、ストックを紺野さんから借りて歩いて降りる。左膝に痛みは感じたが、歩けないほどではなかったので、紺野さんの後をついていく。稜線上の風が強いがサングラスもどこかに行ってしまったので、視界が見えづらい。下るときも緩やかな斜面ならゆっくり降りられるが、傾斜がつくと足が痛むのでお尻を地面に付けながら、ゆっくり滑って降りる。小屋まで降りたときは、よく降りてこられたと自分ながらに感心した。深谷さんから行動食のパンを頂いて、元気を取り戻し、美濃戸を目指す。深谷さんと平さんが先行しタクシーを呼びに行ってくれるので、紺野さんの後をついてスローペースで前進する。凍結している場所もあり、2回転んでしまった。山荘の方まで行くと、先行していた深谷さんと平さんが、車の方を手配してくれていたので、山荘の方の車で舟山十字路まで送ってもらい、深谷さんの車を回収し、美濃戸で紺野さん平さんと合流してそのまま自分の近くの病院まで向かって頂くことになった。その時に段々と足の痛みもひどくなってきて、すぐには、治りそうにもないなと思った。
 今回の件では、会の皆さん、一緒に同行してもらった紺野さん、深谷さん、平さんに御迷惑をおかけしました。物を無くして、左膝の靱帯損傷で済んだだけで良かったです。事故の原因は、視界が悪かったことと、下山することで多少の油断が自分にあったのだろうと思います。山の怖さが改めて分かりました。しばらくは、山に行けないので療養に励みます。
(坪松 聖幸)

 阿弥陀岳頂上着8時50分、天気はガスっていて視界20~30m、遠く進む方向が定められない。9時15分頃頂上を出発し左前方方向に下るがすぐに急な下りとなり縦走路ではないと解る。右側にガスの切れ間から北西稜の頭らしきものが見える。そちらの方向と確認する。一度頂上まで戻り再スタートした。坪松、深谷、平、紺野で進む。すぐに鉄のハシゴが出てきて平さんが少し遅れている間に坪松、深谷が先に先行して20~30m下る。ここで事故が起こったわけだが、北西稜側の雪庇に乗り転落する。残念ながら落ちるところは目撃していない。すぐに現場に行くと深谷さんが3~4m下の斜めの岩棚で止まっていた。シュリンゲで深谷さんを引き上げて、落ち口から下を覗くと、ブッシュが少しあるとはいえ、ほぼ垂直である。まったく絶望的な所と直感する。それから坪松君にコールする。一度目応答無し、2度目のコールをかけると坪松君の大きな声で応答あり。「良かった、生きている」。再度コールすると「登ってます」と返事が返ってくる。何というやつだ。不死身だ。ザイルは坪松君が持っていたので懸垂出来ない。シュリンゲを繋いで落ち口から10m程下り、坪松君を待つ。コールすると「登ってます」と応答するも右側にずれて登っている感じである。上に戻って縦走路を20m程戻り、下を覗くとまさに坪松君が急な雪の斜面をピッケルもなく手と足だけで登っているのが見える。ピッケルだけではとても下りていける所ではないので坪松君の力を信じて登って来るのを見守るしかない。しばらくしてどうにか登ってきた。坪松君を迎えると深谷君は、嬉しくて泣いていた。身体の様子を聞くと、左膝が痛い以外は大丈夫。ザックは、転落した際に投げ出されてしまったらしい。一段落すると、なんとか歩けるということで行者小屋へ下山することにした。途中深谷君の機転で車の手配をしてもらうため、深谷、平が先行し、赤岳山荘あたりで車に乗せてもらうことが出来た。
 今回の事故は坪松君の少し経験不足の感は否めないが、ここらあたりの地形を少し知っている私が何故先に立てなかったのか悔やまれてならない。これからは少し危険と感じた場合、お互いのコミュニケーションが必要であることを再認識した次第である。
(紺野 康則)


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