トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ332号目次

南アルプス深南部・不動岳~六呂場山~シャウゾ岳
山崎 邦子

山行日 2009年11月21日~23日
メンバー 山崎、他2名

 11月3連休。例会で熊野古道小辺路を出していたが、夜行バスの予約が取れないし参加者もいないし、どうしようかと思っていたところ、山スキーの先輩M氏とH氏から南ア深南部の難所・鎌崩(かまなぎ)を突破して丸盆岳~不動岳を縦走する計画の誘いがあった。南ア深南部は数年前に大無間山のマイナールート・南尾根~風イラズを歩いて以来、その静けさ、人の手があまり入っていない原始の自然風景に惹かれ、いずれまたじっくり歩きたいと思っていた山域だ。ただアプローチが不便なので、日程やメンバーなど機会に恵まれないとなかなか行けない。そんなわけで、すぐにこの計画に便乗したのだった。
 今回の計画の核心部だったのが鎌崩の突破だ。南アルプスで最も恐ろしい(危ない)尾根と言われ、通過には当然ながらロープ必須。ネットなどで調べてみると、ほんの100mほどの距離なのだが、両側が崩壊してほとんど尾根の形をとどめていないらしい。死者も出ていて、地元自治体によると「立入禁止」となっていた。この事前調査で正直、我々全員がビビってしまった。出発数日前には寒波が来て降雪もありと判断。今回は「鎌崩は偵察にとどめて、次回もっと軽荷の時にチャレンジしよう」とさっさと計画を変更。その代わり、不動岳から黒沢山へたっぷり縦走しようということになった。
 登山口となる水窪町は静岡県天竜市。東名高速を降りてからも遠いので、前夜都内を19時半に出発する。浜松西ICをおり、茅野市に至る秋葉街道・国道152号を天竜川に沿って北上し23時半に水窪駅に到着。駅わきの駐車場にて幕営する。高台にある駅からは町の夜景がきれいだった。

11月21日
 まずまずの天候。今回は稜線に出て鎌崩を偵察し、幕営地「鹿ノ平」へ。時間があれば不動岳を往復する。鹿ノ平は山上の楽園のような場所らしい。ここに泊まってテント宴会するのも今回の計画の目的のひとつだ。
 水窪駅は列車利用者が来るので早々にテントを撤収し、水窪ダムまで入って畔の休憩所で朝食をとる。さらに戸中川に沿って林道を奥へ。途中からはダートで、東俣沢と西俣沢の分岐点・中小屋に車止めのゲートがあった。ここに車を停める。下山は奈良代山からこの近くに出る登山道を下りてくる予定だ。
 今回、稜線に積雪ありと見て、私は重い雪山靴を持ってきてしまったが、M氏もH氏も夏靴だ。周囲の青々した景色を見て「失敗した~」と思ったが仕方がない。さすがにアイゼンは車にデポする。ゲートのポストに登山届を出し、まずは不動岳登山口まで長い長い林道歩き。大した登りではないが、曲がりくねった林道を延々と歩くのは結構つらい。林道には何箇所か水場があり、作業小屋らしき掘っ立て小屋が数件建っていた。林道歩きが長いので、下山後にこれらの小屋を利用する登山者もいるようだ。
 途中、黒法師岳への等高尾根の登山口を見て、2時間ほどで不動岳登山口に到着。その少し手前の沢で水を汲む。ガイド本などによると、鹿ノ平から下り20分ほどのところに水場があるらしいが、アテにできないので1人4リットル担ぐことにした。
 不動岳への登山道は地形図に載っていないが、登山口には木板の小さな標識があった。いきなり獣道のようなジグザグの急登から始まり、しばらくは杉の植林地の中を行く崩れやすい道で緊張する。ところどころ不明瞭な箇所もあったが、ほぼ尾根通しで時々赤テープもあるので迷うことはなかった。しかし、結構な急登で荷物も重いのでペースは上がらない。それに冬靴が重くて硬い。
 1424mピークを過ぎるあたりから木の間に鎌崩から丸盆岳、黒法師山が見えてきた。休憩すると吹く風も冷たく少し寒い。途中、上から年配の男女が下ってきた。なんと、鎌崩を通過して丸盆岳から縦走してきたという。「かなりヤバイですね。すぐに足場が崩れるので怖いですよ」とのこと。見た目はそんなに健脚そうには見えなかったが・・・ちょっと悔しい気もした我々だった。彼らからは「稜線には雪があるので水が取れる」という嬉しい情報も得られた。
 稜線直下は笹が深くなり道筋が不明瞭となったが、傾斜がきつく、その笹をつかんでの直登となった。稜線に出ると積雪とまではいかないが、道や笹の葉の上にうっすらと硬い雪が積もっていた。とりあえず荷物をデポして鎌崩を覗きに行く。なるほどすごい崩壊地だ。南ア深南部は比較的新しい山脈のため、あちこちに大ガレが見られる。鎌崩はその最たるものだが、沢登りの源頭によくあるガレ場だと思えば特に珍しい光景ではないようにも思う。ただ縦走で重い荷物を担いで通過すると考えると恐ろしいと思ってしまうから不思議だ。覗き込んでいる場所もすでに崩壊地の一端で、足元を少し蹴っただけで土が崩れた。ルート取りは東側を100mほど巻いてトラバースするようだが、地形的に丸盆岳からの方が楽なようだ。
これが鎌崩。ほとんど尾根は歩けそうもない  デポ地まで戻り、今日のテン場・鹿ノ平へ向かう。ガイド本には不動岳までは明瞭な道とあったが、笹が深く雪も積もっていて、ところどころ道がわからなくなる。ここからは本当にヤブ山愛好家垂涎のルートという感じだ。正面に不動岳と鹿ノ平が見えているので、とにかく笹を漕ぎながら尾根通しに進み、小さな起伏を繰り返しながら14時半過ぎに鹿ノ平に到着した。
 「やったー、ここが鹿ノ平かー!」と、思わず歓声を上げてしまったほどの絶好の幕場である。不動岳を背景に、笹ヤブが緑の絨毯のように覆うなだらかで広々とした台地だ。ポツポツと笹の生えていない禿地があり、テントを張るのに丁度よい。疲れていたが、明日は天候が下り坂なので展望の良い今日のうちに不動岳に登ることにした。我々の他にテントを張るパーティはいないだろうと思ったが、念のため、最適のテン場にザックを置いて場所取りをし、空身で不動岳へ向かった。
 主稜線から北東へ外れる不動岳登山道の分岐はわかりにくかったが、とりあえず天気が良くて山が見えているので、笹をこいで山の方向の尾根に乗る。ほどなく何となく踏み跡らしい道に出た。徐々に笹が低くなって歩きやすくなり、あとは快適に山頂へ。雪化粧した山頂は好展望で、真北に光岳が見える。寸又峡から見ると、光岳の光石を御神体とし、その南に連なる不動岳、黒法師岳を真ん中にして右に前黒法師岳、左に前黒法師山を従え、神が降臨するという言い伝えがあるという。そんな深南部真っ只中の静寂の頂に立っているかと思うと何とも感慨深かった。
光岳などの展望が広がる不動岳山頂  来た道を鹿ノ平に戻ると、もう1パーティ4人がテントを張っていた。話をすると労山愛知県連の山岳会で、深南部に通い詰めているとのこと。この山域はもう中京エリアの人たちの方が近いんだ、と不思議な感じがした。男性一人が水場へ降りていったが往復1時間はかかったようだ。不精な我々は、笹の葉の上に乗っている雪氷を集めて水作り。そこそこ綺麗な雪だったので問題なかった。その夜は鹿の鳴き声がすごかった。夜中にテントの近くにも来た。その名の通り、ここは鹿たちの楽園のようだ。

夕日に染まる鹿ノ平の幕場

11月22日
 2日目は曇。雨を持っているようなどんよりとした天候だ。M氏がめまいがしてクラクラすると言う。鹿ノ平から六呂場山の鞍部までは急降下で尾根もやせているので、M氏を真ん中のオーダーにして進む。不動岳から奥はかなり登山者の少ないマイナールートだ。(3連休だというのに、結局下山まで誰一人とも合わなかった)。道もいたるところで不明瞭になり、H氏のGPSの力が大いに発揮されることになった。それでも六呂場山までは明瞭な尾根で順調に歩を進める。一部ガレた小キレット状の場所もあったが、北側を少し巻いて難なく通過。鞍部から小さなピークを2つほど登り降りして六呂場山に着く。山頂は樹林に囲まれ展望はないが、そこそこ広く平で2張ほど張れそうだ。
 ここからさらに奥へと縦走する尾根の入口に知る人ぞ知る看板が立っている。
『耳目は欺かない、判断が欺くのだ』
道迷いをしてひどい目にあったヤブ屋が、自己の教訓のために立てたのだろうか? 「うーん、深いイイ言葉だ」と感心しながら六呂場峠へと急坂を下る。
コレが六呂場山の名言看板  時々木には古いテープも見られた。峠からはまた木につかまりながらの急登、また少し降りてまた急登でやっと矢筈ノ頭に着く。矢筈尾根も踏まれているようで、尾根を下って林道に出るのも一案だった。しかし時間はまだ9時半。体調が戻ったM氏が「飽きたから下ろう」などと言い出すのを、私とH氏があっさり却下し、さらに奥へ。
 ここからルートは北へと向きを変える。笹が身の丈ほどになり道がかなりわからなくなってきた。笹に隠れて倒木もあり歩きにくい。霜や露で笹が濡れていて、漕いでいるとビショ濡れになるので雨具を着る。時折ガスも出てきて視界を遮るが本降りにはならなかった。あちこちに鹿のヌタ場がある。人はいないが鹿の数はかなり多いようだ。歩いてきた道を振り返ると笹の緑と立ち枯れの木々が靄の中かすむ幻想的な景色が広がっていた。
 笹をつかみながら1814mピークの急坂を登って小休止。目の前には、一旦下って登り返す1995mの稜線が目の前にそびえている。登りきるとなだらかな起伏の尾根歩きで道もしっかりしてきた。ここからルートは西へ。平らな尾根なのでどこが1995mピークなのかよくわからなかったが、何て書いてあるのか読めない小さな木板の標識があったので、その辺りか。人工的なものを久々に見ると少しホッとしてしまう。
 黒沢山が近づき黒沢ガレを巻くように黒沢山の鞍部への緩い下りになると、尾根は広くなり笹も今までにないほど深くなって、すっかり道が消えてしまった。傾斜は緩いものの完全なるヤブ漕ぎ状態だ。これから下るシャウゾ山への尾根も読図で時間を要するとみて、残念だが黒沢山登頂は諦め、尾根の取付きを探す。この尾根道はヤマケイの古いガイドブックの地図には「猟師道」と記載があり、入り込まないようにと書いてあったので分岐はしっかりしているのかと思ったが、取付き点が広く笹も深いので全然わからなかった。GPSを頼りに黒沢山の鞍部から登り気味に左へトラバースし、何とか尾根に乗った。
黒沢山直下は笹薮でほとんど道ナシ 不動岳から丸盆岳の稜線を一望して  尾根に入ると意外に道はしっかりしていた。細いながらも赤布も出てきて、なんと焚火の跡が。まだそんなに日が経っていないものだ。やっぱり物好きなヤブ屋はいるんだなぁ~と嬉しく思いながら、これなら道はしっかりありそうだと喜んだのが甘かった。広い稜線で尾根も明確になってきたのだが、我々の目の前に広がったのはいくつもの大木がなぎ倒された倒木帯だった。倒れた木に妨げられて、何箇所も道がブッツリと途切れていた。そのたびに木に登って乗り越えて、また乗り越えて。乗り越えられない所は道を探して右を巻いたり左を巻いたり・・・の繰り返しだ。ヤブ漕ぎで疲れた後半戦にこの倒木帯の突破はかなり堪えた。
 元気なH氏は酒が少ないので今日のうちに下ろうなどと提案していたが、トンでもない。この調子だと下山は20時近くなる。明日は休みなのだし、私とM氏は良い場所があればもう幕を張りたい気分。しかしシャウゾ山まで行かないと、なかなか地形的に張れそうな場所がないのでひたすらシャウゾ山を目指す。
シャウゾ山は見えるがまだ遠い  シャウゾ山は前方に見えているのに遠かった。山域に入ってからがまた遠かった。裾の広い山で懐が深く、森に覆われていて展望がない。山頂直下はまた倒木帯と笹こぎでGPSに頼りまくりながら、やっと到着。まだ明るかったがもう16時だ。山頂は広く平らでテン場にはもってこい。貸し切り状態なので三角点のある山頂ど真ん中にドーンとテントを張る。着いた途端に雪が降り出した。予報だと今夜から明日未明にかけて荒れるとのこと。かなりの降りであっという間に積もり、我々の貴重な水になった。何てグッドなタイミングなのだろう。結局、今回の縦走は水汲みを一度もしないで済んでしまった。
 山頂からは水窪らしき町の夜景がキレイに見えた。その夜は3名合わせても700mlほどしかないアルコールを仲良く分け、よくこんなに持ってきたものだと感心するM氏の具材たっぷりの水炊き鍋で、長いヤブ漕ぎ縦走の苦労をねぎらったのだった。

11月23日
 朝テントの外に出ると、昨夜あんなに積もっていた雪がすっかり消えていた。あの雪は天が我々に与えてくれた恵みだったのだろうか。25000分の1地図にはシャウヅ山と書かれているが、山名標はシャウゾ山になっていた。その前で記念撮影をして下山開始。ここからはきちんと登山道がある、ということなので、今日は楽々下山だ。
山名標はシャウゾ山  しかし、その油断からか、いきなり道を間違ってしまった。一見登山道のようなしっかりした道があったので地図もコンパスもチェックせずに入ってしまったのだ。すぐにH氏がGPSと違うと気づき、また山頂に戻ると反対方向にしっかりした登山道があった。ふ~危ない、アブナイ・・・・。
 まるで林道のような幅の広い登山道が続き久々に気持ちよく歩く。周囲は広葉樹林の森で、今はもうすっかり葉は落ちているが紅葉の時季はさぞきれいなことだろう。
 奈良代山の手前で立派な林道が山道と交差、林道に出ると奈良代山頂に登る道がなくなってしまった。山頂の位置はわかっているので適当に歩きやすいところをヤブ漕ぎで登る。山頂には山名標はあったが展望もなく、森の中にある小高いピークで、これといった特徴はない。近くにまだ新しそうな林道があるので周辺は公園として整備されているだろうか。南西側からは林道を使って車でかなり上まで登れるので、これから我々が下る南東の登山道はほとんど使われていないようだ。その証拠に、この道は、通常こんな斜面に登山道はつけないだろうと思えるほどのすごい急斜だった。登るのもキツイが、何と言っても下りがキツイ、というより恐ろしい・・・。スギやヒノキの植林帯なので地面もグサグサで、踏み込んだそばから崩れていく。まだ木があるところはつかまりながら下れたが、伐採地の下りにはまいった。つかまるものがないので腰を落として切り株を頼りに下った。一歩間違えば下まで一直線だ。これ登山道? 仕事道じゃないのだろうか。とにかく登山道といえどもやはり南ア深南部は侮れない。最後まで気を許せない縦走だった。
シャウゾ山~奈良代山の道はなだらかかつ明瞭で歩きやすい  奈良代山からは急斜度の下りのおかげで一気に標高を稼ぎ、9時には下山。下山口の吊り橋を渡ったところにある水場で顔を洗い、靴の汚れを落として、そこから徒歩10分ほどで車に戻る。汗を流すべく、水窪ダムの先にある山王峡温泉しらかば荘に寄ったのだが、なんと本日休業。3連休なのにそんなのアリか。その他に温泉はないし、渋滞もイヤなので仕方なく温泉入浴なしで帰宅したのだった。
 今回の縦走は比較的しっかりした尾根歩きだったのでルート的にはわかりやすかったが、随所に道が消えるところがあり、それが広い尾根の場合、GPSが頼りとなった(特に黒沢山の鞍部~シャウゾ山の尾根への分岐、シャウゾ山の山裾から山頂へのルート)。
 次回は今回登れなかった黒沢山とその以北を狙いたい。でも、ひどい登りと倒木帯のヤブ漕ぎになる奈良代山~シャウゾ山のルートはもう絶対行かないぞ!

〈コースタイム〉
11月21日 林道ゲート発(08:07) → 不動岳登山口(10:00) → 稜線(13:20~14:00) → 鎌崩偵察 → 鹿ノ平(14:40) → 不動岳(15:30~38) → 鹿ノ平幕営(16:10)
11月22日 鹿ノ平発(06:40) → 六呂場山(08:30~40) → 六呂場峠(09:05) → 矢筈ノ頭(09:35) → 1814mピーク(10:45~55) → 1955mピーク(11:43) → 黒沢山下の尾根分岐(13:08) → シャウゾ山幕営(16:07)
11月23日 シャウゾ山発(06:30) → 奈良代山(07:37~45) → 林道ゲート(09:10)
不動岳~六呂場山~シャウゾ山 コースマップ
不動岳~六呂場山~シャウゾ山 コースマップ

トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ332号目次