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山スキー・越後駒ヶ岳
荻原 健一

山行日 2010年3月27日~28日
メンバー (L)三澤、高木、深谷、斎藤(吉)、成田、渡辺(守)、荻原

3月27日
 前夜23時に東所沢駅集合。関越の赤城高原SAで仮眠。小出ICを出て奥只見シルバーライン経由銀山平へ。ちなみにこの道路は1月~3月下旬までの冬季は閉鎖されており、今回は開通直後の利用となる。銀山平への出入口は封鎖されていたが、丁度地元の人が出入りするところで山に行くといったら通してくれた。と、いうことでこの週末に越駒に入った山スキーヤーは我々だけであり、結構ラッキーだった。銀山平の道路は地元の人の為にしっかり除雪されていたが、道路の側壁の積雪は2~3mといったところで、さすが豪雪地帯という感である。
普段は見上げる道路標識も今は背の高さ 森林公園の橋の袂から出発  駐車場用に除雪してくれた場所を見つけ、ここで準備する。石抱橋を渡ると除雪はなくなりここからスキーを履き北の又川沿いの林道(雪にすっかり埋まっている)を進む。骨投沢を越え柳沢手前の広く平らなところに幕を張る。ここまで2時間弱の行動時間。体力的にも時間的にもまだまだ行動できたが、ピストンなので無理に重荷を背負って急な斜面を登ったり滑ったりするのは無駄でしょう、と全員一致での判断と相成った。っていうか早く飲みたかっただけでしょう?
幸い?幕を張った後に天気が崩れて雪となったので、良い言い訳が出来たようだ。明日の長い行程に備え今日は早めの就寝となる。

3月28日
 目標出発時間5:30であったが、三峰タイムは、+30分なので6:00頃の出発となる。道行山までは長く辛い急登が続く。途中熊らしき影が見えたが、動きからして多分カモシカだろうということに落ち着きそのまま進む。道行山を越えると一気に視界が開け、越駒の山頂も見えてくる。が、山頂はまだまだ遠い・・・。
小倉山を越えると雄大な越後駒ヶ岳  小倉山を越え百草ノ池あたりで、三澤さん、高木さん、深谷さんはここまでとし、滑走の準備に入る。残りのメンバーは山頂を目指す。渡辺さんが先頭に立ちぐいぐい登っていく。独標1763mから私だけアイゼンで行こうとするが、思ったより雪が柔らかく膝上のラッセルとなってしまうのでスキーを履きなおす。駒の小屋直下は急な上に雪の状態が悪いのでツボ足で上がる。渡辺さんはスキーアイゼンを付け、快適そうに登ってくる。小屋に着いたが、既に12:30。も吉さんは先程の小屋直下にスキーをデポしているし、時間も余裕がない(シルバーラインは18:00に閉鎖してしまうので、遅れると今日中に帰れない・・・)ので、ここで引き返そうかなとも考えたが、すぐ目の前の越駒さんが我々を呼んでいる。風も弱く、天気も薄曇りで山頂を目指すには絶好のシチュエーション。ということで、も吉さんには悪いが、残る3人で山頂を目指すことにする。引き続きナベさんが、ぐいぐい先頭で行ってしまう。私もヘロヘロになりながら後を追う。山頂には20分くらいで着いてしまった。豪雪に覆われた山頂からの景色は圧巻だ。時間がないので写真を撮って、早々に下山にとりかかる。
やっと越後駒ヶ岳山頂に到着  山頂直下の傾斜はパウダーで気持ち良い。小屋からの下りは怖いので私はツボ足で降りる。独標1763mからの大斜面は爽快な滑りが楽しめた。その後はもう足がパンパンになり、随分と時間をかけながら下ることになってしまった。特に、も吉さんや成田さんには待ってもらうことが多くなり、迷惑をかけた。道行山の下りはヘタクソなのに加え雪の状態も悪くなり、ターンの度に転びながら下る始末。やっとの思いで幕場に着いたが、既に先行隊(三澤さん他)がテントを撤収してくれており、大変助かった。更に1時間、シルバーラインの閉鎖時間と闘いながらなんとか時間内に銀山平に辿り着くことが出来た。
 この時期、この山に行くにはスキーしかないため慣れない山スキー山行に参加させて頂くこととなったが、他のメンバーや天候に助けられ山頂まで行って来られました。体も心も充実し過ぎた思い出に残る良い山行となりました。

〈コースタイム〉
3/28 幕場(06:00) → 駒の小屋(12:30) → 越後駒ヶ岳山頂(13:00) → 幕場(16:00) → 銀山平(17:20)

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