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雪山登山・早月尾根~剱岳
星野 剛

山行日 2010年12月30日~2011年1月4日
メンバー (L)金子、(SL)星野、飯塚、渡辺(守)、永田

 「12月30日から31日にかけて、日本海を発達しながら低気圧が通過し、その後冬型の気圧配置が強まるため、大荒れの天気となる恐れがあります。」((c)日本山岳会天気予報(2010/12/28)より
 新潟方面からも「暴風雪」の情報が届いている。・・・うんうん、こんな天気では中止するのも一つの見識だよね。そんなことを考えながら一応準備をしていた29日朝、リーダーからメールが届いた。
 「中止、転進など色々考えましたが決行することにします、覚悟を決めてください。」・・・・・・・・・。

12/29(木)トンネルを抜けると雪
 23:00上野駅集合。お互いの状況確認を行うが、天気のことについては誰も積極的には口にしない(後で分かった話だが、ほとんどのメンバーが「正月の予定は特にないし、とりあえず富山まで行って、美味しいものを食べて帰ればいい」と思っていたようだ)。
 急行能登に乗車し、富山に向かう。「能登に乗って剱岳入り」は「土合駅の階段を登っての谷川入り」「門田のピッケル」「一斗缶と背負子」などと同様にずっと憧れていた王道の登山スタイル。乗車率は60%くらいか? 信じられないことにザックを持った集団は我々だけで、他は全て帰省客のようである。
 能登は運行日を確認する必要のある臨時列車に。9両編成は6両編成になり、サロンカーと自由席はなくなった。時代は変わる、でも敢えてそこに抗うのも面白い。

12/30(金)曇り時々雪
 早朝に滑川駅に到着。地鉄に乗り換え、上市駅に向かう。駅で装備を整理。不要な荷物をタクシー会社に預かってもらい、予約してあったジャンボタクシーで伊折ゲートへ向かう。
 伊折では、ゲートの数km手前の集落で除雪区間が終わっており、ここから先は歩かないといけない。雪上車のキャタピラの跡は凹凸になっていて、足が取られて歩きにくい。既に早月尾根の洗礼は始まっている。
 3時間ほど歩いて馬場島に到着、警備隊の詰所で天気、積雪などの状況を確認し「ヤマタン」を受け取る。これは捜索時に使用される直径3~4cmくらいのペンダント型の発信器。改めて他の山とは違うのだ、と気持ちを引き締める。前日以前に入山しているのが3パーティー、今日入るのが我々を含め2パーティー。もともとは10パーティー前後の予定だったから、すでに随分少なくなっている。
 すっかり雪化粧した『試練と憧れ』の碑を横目で見ながら入山する。帰ってきた時、あの碑はどう見えるだろうか? トレースはまだしっかりと残っており、ツボ足のまま歩いて松尾平を過ぎたあたりでテントを設営。若干の降雪はあるが、天気が荒れる様子は見られない・・・。

12/31(土)曇り時々雪
 早月小屋周辺は風が強いと予想されるため、今日はそこまでは行かず、なるべく高くかつ風を避けられる地点まで進んで第2次キャンプを設営することにする。
 道中、下山してきた某大学の山岳部員とすれ違う。小屋に常駐する警備隊の人に「2日まで大荒れ、その後は尾根の積雪状態が不安定になるためアタックは難しいだろう」と言われたそうだ。他の山岳会、年末年始の営業をあきらめた小屋関係者などが次々と下山していく。この時点で上に居るのは警備隊の隊員と今日早月小屋に到着するはずの1パーティーだけ。
 1,900m付近でテントサイトを発見。先日登頂に成功したという別の大学生パーティーの残したサイトのようだ。ありがたくテントを張らせて頂く。最新の天気予報によると1月3日は好天の可能性あり。そのワンチャンスに賭けるため、明日はまだ早月小屋には上がらずこの場所で1日停滞することに決定する。
 ラジオで紅白歌合戦を聴きながら就寝。現在の音楽シーンに一番詳しいのが最年長のリーダーであることに驚く・・・それとも若手メンバーが関心無さすぎるのか?

1/1(日)曇り時々雪
 山の中で迎える新年・・・でも実感はほとんどない。きのうあったトレースは半分ほど雪に埋まっている。明日の行動を見越し、早月小屋が見える地点まで空身でラッセルしてトレースをつけておくことに決定する。ここまで上がってきて気が抜けてしまったのか、身体が重い。トレース作成を休ませてもらい、終日テントの中で体力回復に努める。
---*---*---(追記:金子)---*---*---
 2011年の年明けは静かだった。大荒れの予報のわりには小雪は降っているが風がなく穏やかに感じる。昨夜降った雪は50cmくらいか、昨日までしっかりあったトレースがすっかり埋もれてしまっている。
 今日はこの場所に留まる予定だが明日のために少しラッセルしてトレースを付けておこうと昼頃にテントを出る。星野サブリーダーは体調が良くないようなのでテントに残し、永田、金子が一足先に出発する。昨日までしっかりあったトレースは痕跡もないくらいに埋まっているが動物の足跡が点々と続いている。多分カモシカだろうと思うが安全で歩き易いルート取りをしているのでそれを辿るとルートファインディングで迷うこともない。なかなか後続が追いついて来ないので二人で交代でしばらくラッセルを続ける。後続が追いついて来てラッセルを交代してもらってしばらく登ると早月小屋が見えてきた。標高は2,050mくらい、何も持たず空身で来たので今日はここまでとする。
 かなりの時間をかけて来たのに帰りはあっという間だ。今日も早めの就寝となる。
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1/2(月)曇り時々雪
 ゆうべの雪で、1日放置された下り方面のトレースはすっかり消えてしまった。昨日つけ直した登り方面のトレースはかろうじて見える形で残っている。明日のチャンスを信じ、早月小屋へキャンプを上げる。
 昨日のラッセルの成果もあり順調に進むが、早月小屋が見えた頃、トレースが消える。ここからが長かった。更に斜度を増す斜面に足を蹴り込み、ピッケルで体を支えながら高度をかせぎ、何とか早月小屋に到着。
ラッセルもまた楽し?  某氏曰く「人生で一番辛い経験だった!」(翌日にはすぐに更新されることに・・・)。
 小屋北側の幕場にテントの設営が完了したころ、先行した長野の山岳会パーティー(2人組!)が上部の偵察を終えて戻ってきた。何でも最初から3日をアタック日と決め、雪洞の中にテントを設営してここでずっと停滞していたとのこと。気合いが違う。彼らはきょう2,400m位のところまでラッセルしてトレースをつけてきたそうだ。その先は雪が少なくなっているとのこと。明日のアタックに向けて貴重な情報である。

1/3(火)晴れ時々霧
 こちらが出発準備をしているまだ暗いうちに隣のパーティーは出発。30分ほど遅れて我々も続く。2,400m地点でワカンを脱ぎ、アイゼンに履き替える。とはいえ、雪の深さはそれ程変わったわけではない。むしろ尾根が狭かったり急だったりで危ないのでアイゼンに履き替えた、というところか。これでは先行パーティーも楽ではないだろうと考えながら歩いているうちに、追いついてしまった。
 トップを交替して、少しの間ラッセルをやらせてもらう。先頭に立つと、世界が変わった・・・
壮大な早月尾根を登る  尾根のラッセルは平地のラッセルや登坂のラッセルとはまた違う。目先だけを見れば良いのではなく、数10m先に見える自分が行きたい点ととりあえず行けそうな10m先の点、自分が現在いる点を結んだラインを頭の中に描き、その通りに歩いていく。目の前には真っ青な空と白い三角だけ。そこに向かってピッケルを振り、ルートを作っていくのは快感だ!
 自分では「楽しい~!」と思いながら進んでいるのだが、思うほど順調には進まない。10mほど悪戦苦闘しながら進んでいると、見かねたのであろう、若い方の人が「変わりますよ」と声をかけてくれた。その後2人はグングンとペースを上げ、あっという間に見えなくなってしまった。判断の速さ、技術、体力、大きな差があることを見せつけられた。
 岩場になるとリーダーが先に登り、ロープを出してくれる。だが前のパーティーとの差を見れば、自分たちがどんどん時間をロスしていることが分かる。
天に向かって進む剱岳登頂!  尾根は終わりが見えず、撤退を決断する時間である14:00が刻々と迫ってくる・・・諦めかけていたその時、視界が開け、山頂が手に届くところに見えた!元気を取り戻し、山頂へ。山頂からは一瞬だけ南東側にかかる雲が消え、鹿島槍の辺りを望むことができた。
 さて、問題は帰り道である。ここまでの行程を考えれば、容易に帰れる道でないことは明白である。両手足を使って慎重に登った斜面を、後ろ向きで慎重に下っていく。何度かロープを出したり懸垂下降をしたりしているうちに、日が沈み辺りはすっかり暗くなってしまった。
夕日に映える岩稜  白山に沈む夕日も、富山の夜景も、一面の星空も、それに映える峰々もとても綺麗であるのだが、とにかくみんないっぱいいっぱいだし止まると体が冷えてしまうので一刻も早くテントに帰って休みたい。高度を下げてくるうちに難しいところがなくなったのは幸いであった。
 テント到着は20:30過ぎ。疲労のせいか胃が食べ物を受け付けそうな気がしない。乾杯する元気も(酒も)ない。行動食の残りを少しだけかじって、早々に寝袋に潜り込んだ。

1/4(水)曇りのち雪
 我々の後、馬場島からは誰も上がって来ていない・・・ので、帰り道にトレースはできていない。
 連日の長時間行動で疲れはピークに達している。でも何とか今日下山しないと明日から社会復帰ができないのである。視界は良好なので、赤布を頼りに疲れた体にむち打ってひたすらラッセルしての下山。
「試練と憧れ」碑の前で  馬場島に到着。『試練と憧れ』か・・・『憧れ』が先じゃないのかなあ?でなきゃ、みんな来る気なんか起きないよ・・・それでも『試練』が先ということは、「厳しいことは分かっている、それでもあの山に登りたいんだ!」という気持ちのあらわれであると(勝手に)解釈した。
 上市から富山経由で帰京。最終の特急を待つ間、富山駅ビルの3階の居酒屋で海の幸を肴に乾杯。富山は何を食べても美味しい!「はくたか」ではUターンラッシュに囲まれて席には座れずに湯沢へ。やはり登山帰りは我々だけ。湯沢からの新幹線もやはり座れず。余韻に浸る間もない帰京となった。

『剱岳の諭』の一文:
『剱岳は岩と雪の殿堂である。心身とも鍛錬された人々よ来れ』

 反対側から2、3度登ったくらいで分かったような気になっていた。全然この山のことを分かっていなかった。
 今回の成功に奢らず、次回は新たな課題を持って、更にレベルアップして望みたい。まだまだできること、やるべきことがたくさんある!

〈コースタイム〉
12月29日(木) 上野(23:33) → 【車中泊】
12月30日(金) 滑川(05:29~06:13) → 上市(06:27~07:00)=(タクシー)=伊折(08:00) → 馬場島(11:30) → 松尾平(14:30)【幕営】
12月31日(土) 松尾平(07:30) → 1,900m地点(15:00)【幕営】
1月1日(日) 幕場(12:00) → 2,050mまでラッセル → 幕場(14:00)【幕営】
1月2日(月) 幕場1,900m地点(07:30) → 早月小屋(12:30)【幕営】
1月3日(火) 早月小屋(06:45) → 剱岳山頂(14:15~25) → 早月小屋(20:30)【幕営】
1月4日(水) 早月小屋(06:30) → 馬場島(11:30~12:00) → 伊折(15:00)=(タクシー)=アルプスの湯(16:00)=(タクシー)=上市駅(17:08) → 富山駅(17:31~18:59) → 越後湯沢駅(20:59~21:09) → 東京駅(22:28)
〈費用〉
上野~滑川(JR):6,830円
急行料金:1,260円
指定席料金:510円
滑川~上市(富山地方鉄道):400円
上市~伊折(ジャンボタクシー):6,000円
伊折~上市~アルプスの湯(ジャンボタクシー):6,700円
アルプスの湯入浴料:600円
アルプスの湯~上市(タクシー):800円
上市~富山(富山地方鉄道):580円
富山~東京(JR(ほくほく線経由)):6,730円
特急料金(はくたか+Maxとき:自由席):4,010円

〈1月3日GPSログ〉

1月3日GPSログ

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