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剱岳 北方稜
飯塚 陽子

山行日 2011年4月29日~5月7日
メンバー (L)飯塚、渡辺(守)、大田

 冒頭に一番言いたかった言葉を言わせて下さい。
「やっちゃいましたよ!北方稜線完全縦走」
これは、2006年北方稜線金子隊の記録の冒頭の言葉であり、この記録をバイブルにしていた私達は、無事に踏破出来たら、まずこの言葉で同じ気持ちを表したかったのです!
 1997年に、同ルートを残雪量が少なかった為に藪で敗退してから早十数年・・・、今年の豊富な残雪情報を得て、このGWだったら踏破することができるかもしれないと、夢の北方稜線完全縦走を企てた次第である。それに、今急成長のメンバー2人を巻き込み、自称?アラフォー隊が結成され、この北方稜線に臨んだのであった。

【4月29日(金) 曇りのち晴れ】
 前夜にガラガラの急行能登に乗車し、魚津駅で下車。富山地方鉄道に乗り換えて、新魚津から宇奈月温泉へ。当然?の如く我々以外登山者はいなかった。外は曇り空で肌寒かったので、駅構内で装備の振り分け&準備をしたが、それを終える頃には青空が広がりだし・・・と、幸先のよい出発となった。予備日を入れて10日間分のずっしりと重い荷物を担ぎ、まずは雪のないスキー場を直登し、巨大な平和の像を目指す。平和の像にやっとの思いで到着した頃には、全員大汗をかいてしまいかなりの疲労感である。初めの1本でこんな調子で、果たして剱岳まで行けるのだろうか・・・、既に不安で一杯になる。平和の像辺りからたっぷりの残雪が出てきて、続く林道も雪の道となっていた。僧ヶ岳第二登山口を過ぎたあたりから、急な斜面となってきたので、アイゼンを装着する。登るにつれて、先々の山並みは、残雪というより正真正銘3月頃の雪山の様相となっていて、これで藪による敗退はしないで済むと思ったと同時に、雪山の厳しさも味わうことになるのだろうと感じずにはいられなかった。
 それでも、適度にしまった雪面にアイゼンをきかせて比較的調子よく高度を稼ぐことができ、なんとか「金子バイブル」の記録タイムを塗り替えようと、前僧ヶ岳を目標に登っていった。が、1,431mピーク手前地点に、クレバスの入った雪壁状の尾根を乗っ越さなければならない箇所が出てきて、本山行で初めてのザイルを使用し、ここで約1時間半かけてしまう。結局この日は、目標場所まで辿り着くことは出来ずに「バイブル」とほぼ同じ場所で幕となった。そしてこの先も、決して記録タイムを塗り替えることはできなかったのであった。夕方から風が強くなってきたが天気は崩れる様子もなく、そして魚津方面の夜景が綺麗な夜であった。

【4月30日(土)曇りのち雹・雷雨・暴風雨】
 朝から非常に風が強く、出発のタイミングを見計らっていたが、とりあえず僧ヶ岳に向けて出発することになった。出発してすぐに雨がパラパラ降ってきたが問題ない程度だったのでそのまま進む。途中、僧ヶ岳から下りてきたという2人パーティーに遭遇。片貝山荘から僧ヶ岳に登った後下りてきたそうで、これから天気が悪くなるから下山するとのことであった。前僧ヶ岳の手前のコル辺りで、猛烈な風が吹きつけてきたのと同時に日本海から怪しい黒雲が近づいてきたので、この先へ進むのは危険と判断し、今日の行動を打ち切ることにした。少しでも風を避けられるように木立の脇にブロックを積んでテン場を作る。3人がテントの中に入りまもなくして、雹⇒雷雨⇒暴風雨の嵐となった。それから翌日までこの嵐が収まることはなかった。

【5月1日(日) 一日中暴風雨】
 一晩中続いた暴風雨の中、寝たのか寝なかったのかよくわからないが、とにかく朝がきた。今日は停滞日としていたのでゆっくり睡眠をとりたかったが、外はまだ嵐が続いていたし、テント内が水没の危機となっていたので、朝6:00には起き出して、テントの水かきや濡れてしまった個人装備の乾かし作業を行う。そして、オオマサ持参のトランプ、しりとりや噂話(妄想入り)などにも興じ、もちろんお酒も飲みつつ停滞日をやり過ごす。この嵐の中、なんだかんだと余裕で過ごせる3人は、相当の能天気な性格のようである。猪熊さん天気予報では明日から天気が回復するとのこと。明日に備えて早めに就寝。

【5月2日(月) 快晴】
 待ちに待った快晴の朝である。朝はまだ強風が吹いていたが、約2日分遅れの行程を取り戻そうと気合を入れて出発する。ここから先もトレースは全くなかったが、僧ヶ岳まではなだらかな斜面で歩きやすく、1本で山頂に行き着く。そこから先は、黒部側(東側)に張り出している巨大な雪庇に注意しながら、急峻な雪稜の登下降の繰り返しとなる。急雪壁を登高し駒ヶ岳へ。山頂からはとてつもなく大きく毛勝山が聳えているのが望めるようになってきたが、まだまだ先は遠い~。この先もクレバスの入った急斜面の登下降や乗越し、そしてトラバースなど緊張の連続で進んでいき、滝ヶ倉山(1,769m)手前のピークからコルへの下降が不安定な急斜面だったので、ここは1ピッチ懸垂で降りた。この後もとにかく少しでも前進したいと頑張っていたのだが、やはり疲労は隠せず、この日は1,753mピーク先に広くて快適そうなテントサイトを見つけたのでここを幕場とする。久しぶりに風もなく静かなそして星空の綺麗な夜であった。

【5月3日(火) 快晴】
 今日も朝から快晴。だが雪面には、相変わらず大きなクレバスの入った悪い斜面が何箇所もあり、それらを迂回したり越えたりを繰り返し進んでいく。ウドの頭が近くに見えてきているのに、そんな嫌らしい急雪壁のアップダウンが続き、なかなか近づくことができない。サンナビキ山を越え、ようやくウドの頭2つ手前の岩ピーク前のコルに着き、その岩ピークを越えて先へ進もうと、ナベちゃんがトップで登ったが、その先へは降りられそうにないと言っている。この先が空中懸垂の場所なのかな?と、取り敢えず私も登っていこうとしたその時に、なんと後ろから2人パーティーが追い着いてきた。僧ヶ岳から我々のトレースを辿らせてもらい大変助かったと言い、このコルでは偵察をしてくれて、右側を巻いて行けそうだと言う。そこからはそのパーティーが先行し、我々もその後を続いて次の岩ピークに登った後、オオマサトップで切れ落ちた藪の中を1ピッチ懸垂し、ウドの頭手前のコルに着く。そこからウドの頭へ登るには、上部に張り出した雪庇に向かって急雪壁を登高し、その雪庇の下をトラバース気味にブッシュ帯の尾根に逃げ込み直上したのだが、ここでは先行パーティーのトレースに助けられた。そしてウドの頭を右に大きく迂回して、ようやく平杭乗越に降り立つことができた。先行パーティーが平らな場所にザック1個を置いてキープしていたが姿が見えない。どちらかが滑落でもしたのか?と心配したが、どうやら1人のザックが谷へと落ちてしまったらしく回収にいっていたらしい。その後ザックは回収できたとのこと、無事で何よりであった。我々は、そこから余力を振り絞って1時間程登り、1,700m付近の尾根上に幕を張った。夕方から雪が降りだしたが積もることはなかった。

【5月4日(水) 晴れ後曇り後快晴】
猫又山をバックに  いよいよ毛勝山へ登る為に、噂の「天国の階段」を登る朝がやってきた。西谷ノ頭から約500mの登りは、なるほど天国への階段というネーミングの理由が納得できる、斜度のあるきつくて長い登りである。初めは3人交代で登っていったが、天気がいいと、テンションが高まるらしい?ナベちゃんが途中から先頭でガンガン登っていく。荷物も一番重たい筈なのに凄いパワーである。標高が高くなるにつれ、更に硬雪の急斜面になっていき、またガスも出てきて視界がきかなくなってしまった中、終わりがないようなこの階段をとにかくアイゼンを蹴り込んで登り続けていった。そして最後の一登りという場所で、後続していた2人パーティーが「今頃ですみませんが先頭を代わります」と言ってきた。ここでなの?!と思ったが、1人がどうやら新人らしく、疲労困憊といった表情ながらも申し出てくれたので、先頭を譲ることにした。こうしてガスの中ではあったが、無事に毛勝山北峰に登頂。だが、視界がまったく利かなくなってしまったのでその先の南峰へは、地図とコンパスを合わせて慎重に登っていった。その後、釜谷山に向かっている最中にガスが切れだし快晴となり、360度の素晴らしい景色と稜線歩きを満喫することができた。
 毛勝山まで一緒だった2人パーティーは、猫又山から東芦見尾根を下山するとのことで途中から先行していった。ゆったりとした猫又山に到着し振り返ってみると、我々が登ってきた遠くは僧ヶ岳方面からの山並み、そしてウドの頭、天国の階段・・・全てが見渡せ、そして白く眩しい稜線上には我々のトレースをくっきりと確認することができ、感激の一時を味わうことができた。猫又山からは、目指す遥かなる剱岳を望みそして雄大な景色を堪能しながら、一路ブナクラ乗越を目指して、広い斜面をゆるゆると下降していく。
雄大な景色の中ブナクラ乗越へ  だんだん尾根がハッキリとしてから先、コルへの最後の下りは、途中から所々赤テープのついている夏道と思しき道を辿っていき、途中10m位の雪壁を懸垂後、そこから続く雪の消えている夏道を下って降り立たった。我々は乗越から更に先へ進み、比較的平らな場所を見つけて幕を張る。ここには3パーティーのテントが既に張ってあったが、ここから剱岳に向かうパーティーはいないとのこと。前半の核心部を終えてブナクラ乗越まで来られたことが無性に嬉しかった。

【5月5日(木) 快晴】
 この日の朝は気合のAM2:30起床。「ここまで来たのだから何が何でも剱岳に行こう!今日の目標は小窓!」と3人のテンションがかなり高まった中、気合を入れて出発した。まずは天国の階段PartIIか?と思われる赤谷山への登り。朝一から結構な斜面の登高を続け、だだっ広い山頂に到着。山頂では赤谷尾根から登ってきた、地元のベテラン山屋さんたちと遭遇し、このGWの遭難事故のことや剱岳情報を聞くことができた。この山屋さん達のエールに送られそして勇気づけられて、さらに前進。
赤谷山山頂から劔岳を望む  ここから先には数日前につけられたと思われるトレースがあり、出来るだけそれを辿るように進む。白萩山へはグサグサの軟雪の嫌らしいトラバース、赤ハゲ山にはガチガチの硬雪を緊張のトラバースで越えていき、ふくらはぎがパンパンになる。その先の白ハゲ山へは細い雪稜のアップダウンを繰り返した後、ピークから少し下がったハイマツを支点に2ピッチの懸垂、そして1ピッチの斜め懸垂で大窓手前の中仙人谷へ派生している岩尾根前のコルに降り立つ。この岩尾根は、一見越えられそうに見えるが、実は越えることができないので、尾根の末端を迂回するようにトラバースして大窓に辿り着く。既にここまでで力を使い果たしてしまった感があるが、ここからは再び池平山への登りが始まるのだ。この登りは「バイブル」の教え通りに、左寄りの急雪壁を登らずに藪の中にある夏道を拾って順調に高度を稼ぎ、最初の広いピークに行き着くことができた。そこから雪稜を進み、2,561mピークから下って池平山へと続く嫌らしそうなルンゼ状の登りに入る。ここは、ザイルを出してリードしてみたが、既に15:00過ぎの雪の状態はグサグサになっており、今にも足元が崩れそう。なんとか危うい急傾斜のルンゼを登りきり、そこからは左側がスッパリ切れ落ちた斜面をトラバースで進んだが、「絶対崩れない!」と信じて歩を進めていた何歩目かの足元がザーッと崩れた時は、冷汗タラタラものだった。それでもなんとか安全地帯へ行き着き、続く二人も無事に登りきり、そしてようやく池平山山頂へ。後方には我々が辿ってきた白ハゲ山が圧倒的な高さで聳えたっており、よくあんな所から来たもんだと、思わず感心してしまった。そこから小窓まで行こうと試みたが、2,505mピークから下りきった小窓を縮小したようなコル(実は小窓と思い込んでしまった)で時間切れとなり、ここで幕となった。11時間半行動の今日は、心身共に疲れ果てた1日であった。

【5月6日(金) 快晴後曇り】
 今日こそ剱岳へ!を合言葉に出発。早朝の冷え込みによるクラストした急斜面に、アイゼンを蹴り込んで登り、その後は、支点の付いたハイマツから3ピッチの懸垂をして、正真正銘の小窓へと降り立つ。途中、小窓尾根を登っているパーティーやたくさんの雷鳥が低空飛行で飛び交っている珍しい光景を見ることができた。ここから小窓尾根へ上がる為の急傾斜な登りは、既に太陽がジリジリ照り付けてきて腐れ雪となっており、しんどい登りだった。尾根に乗ってから先の細い雪稜を辿り、小窓の王に到着。小窓の王からは2ピッチの懸垂後、最後はグズグズ雪のトラバースのトレースを辿り三ノ窓へ。振り返ると我々の後ろに続いていたパーティーが途中で手間取っているようで止まってしまい、更に後続していたパーティー10人位が小窓の王で順番待ちとなり大渋滞となっていた。ここは先頭で懸垂できてラッキーであった。三ノ窓からトラバースして池ノ谷ガリーへと進む。相変わらずのきついガリーの登りでは、ふくらはぎの筋肉の悲鳴が聞こえてきそうだった。中間位でなんとか腰を下ろせる場所で休憩し、息も絶え絶え池ノ谷乗越へ辿り着く。そこで八ツ峰を登攀してきたヒロケンさんパーティーに遭遇。山渓のビデオを撮影中とのことで、もしかしたら私達もちょこっと映るかも?とのこと。「是非購入して下さい」と、しっかり営業活動されていたのもさすがである。
 そこからは剱岳へと続く雪稜のアップダウンを越え、源次郎尾根を眼下に見ながら長次郎のコルへ。コルから急雪壁を登りきり、そして僅かな距離の雪稜を辿り、念願の剱岳に登頂を果たす!山頂には人影もなく、祠は屋根のみが出ていた。この剱岳を目指して一体いくつのピークの登下降を繰り返してきたのだろうか・・・。本当に長かった~~。でも合宿8日目に無事に登頂することができて、素直に嬉しかった!時間は既に15:30をまわり、風も強く寒かったので、早々に別山尾根を下山し、平蔵のコルで幕を張ることにした。登頂祝いのお酒も既になく疲れ果ててもいたが、満足感一杯の夜だった。

剱岳登頂!

【5月7日(土) 薄曇り時々晴れ】
 朝から3人共既に下山モードになっていて、途中で尻セードも混じえながら、平蔵谷を一気に真砂沢へと下りる。途中の剱沢との出合付近は、物凄いデブリの山となっていて、今冬の雪の多さを物語っていた。
デブリの中真砂沢へ  真砂沢からはトレース頼りにトラバースしハシゴ谷乗越へ。ここから先の内蔵助平の雪原に向けて、明瞭な3人の足跡が確認でき、この合宿中交信ができずお互いの行動が不明であったのだが、金子パーティーのものに間違いないとみんなで確信したのだった。その後はこのトレースに助けられ、また黒部川出合からは腐れ雪を踏み外して黒部川に落ちないように必死に歩き、黒四ダム下の橋に到着。ここからは、ラストの天国の階段をヘロヘロになりながら登りつめ、雪に隠されていたトンネルへの入り口を探し当て、無事にトロリーバス乗り場に到着。こうして長かったGW合宿を無事終えることができた。
 すぐに下山報告を入れ、受付者の小堀さん、そして黒部横断を成功させた金子さんからも、労いのメールをいただきとても嬉しかった。その後は、夢にみた温泉(大町温泉郷・薬師の湯)に入り、打上宴会(信濃大町駅前・豚のさんぽ)でビール&肉&ラーメンを堪能し、満足感一杯で帰京した。
 このGW合宿は、前半2日間の悪天候以外はお天気に恵まれたことも大きかったが、何よりもメンバー全員が自分の力を最大限発揮したことにより成功を収めることができた、充実度の高い北方稜線完全縦走だった。
 ナベちゃん、オオマサ、ありがとう&お疲れ様でした。

〈コースタイム〉
【4月29日】 宇奈月温泉発(07:30) → 平和の像(09:00) → 幕場【1,450m】(16:00)
【4月30日】 幕場発(06:30) → 幕場【前僧ヶ岳手前コル】(10:45)
【5月1日】 停滞
【5月2日】 幕場発(05:30) → 僧ヶ岳(06:50) → 駒ヶ岳(11:00) → 幕場【1,753mピーク先】(15:30)
【5月3日】 幕場発(05:30) → ウドの頭(14:00) → 平杭乗越(15:00) → 幕場【1,700m尾根上】(16:00)
【5月4日】 幕場発(05:15) → 毛勝山北峰(09:40) → 南峰(10:10) → 釜谷山(11:30) → 猫又山(12:45) → 幕場【ブナクラ乗越】(16:30)
【5月5日】 幕場発(05:00) → 赤谷山(07:00) → 大窓(12:40) → 池平山(16:20) → 幕場【2,505m下コル】(17:30)
【5月6日】 幕場発(06:00) → 小窓(08:40) → 三ノ窓(12:30) → 池ノ平乗越(14:10) → 剱岳山頂(15:35) → 幕場【平蔵のコル】(17:00)
【5月7日】 幕場発(05:00) → 真砂沢出合(07:30) → ハシゴ谷乗越(09:30) → 黒部川出合(13:00) → 黒四ダム(15:10)

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