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沢登り・黒部川上ノ廊下
小幡 信義
森田 温

山行日 2011年8月13日~17日
メンバー (L)小幡、森田(温)

【執筆:小幡】
 昨年も同時期に上ノ廊下を計画したものの増水により前日に遭難事故が発生し、ヘリは飛んでいるわ、無線でなにやら交信しているわ、奥黒部ヒュッテでは警察隊員が2名捜索している状態であり、とても遡行する気持ちはなくなりました。今年は是が非でも「源流まで行ってみたい」と思い計画しました。しかし参加者は森田氏と2人のみ。渡渉、泳ぎが主体となる上ノ廊下では少々心配であるが予定通り出発しました。
 8/12(金)新宿22:30発、さわやか信州号で扇沢まで、途中渋滞にて扇沢駅6:00着、すでに乗車券売り場は長蛇の列であり6:30発のバスは乗れず7:00発となる。

【8月13日 晴れ】
 黒部ダムからは登山道は湖岸をほぼ水平に付けられており入江と岬をジグザグに進むので歩行距離が長く感じる。何組かのパーティーに抜かれたり追いぬいたりしながら平ノ小屋に着く。12:00発の乗船まで時間があったためゆっくりとする。小屋脇の小さな溜池では今回も岩魚が息を潜めてじっとしていた。私たちを含め15人位が渡るようだ。船中には森田氏が登山学校で一緒だった人達も偶然乗っており写真を撮りながら話も盛り上がる。
 対岸からは何回か上下の急な長い梯子を越え2時間弱で奥黒部ヒュッテに着く。小屋でビールを買い込み東沢を下り上ノ廊下入渓地点で天幕とする。早速焚火の用意と薪を拾いにいくが少ない。それでも何とか火の前で明日からの健闘を誓いあいビールで乾杯する。

【8月14日 晴れ】
 天気は晴れ。沢装備も整え6:15出発する。最初の渡渉でこれだけの水位ならば行けると実感がわき少々嬉しさがこみ上げてくる。熊ノ沢では先行パーティーの5人組がこれから出発の準備をしているところであった。しばらくは単調な河原歩きである。
 下ノ黒ビンガの手前で森田氏がキジ打ちの間5人のパーティーに追い抜かれる。1人で待っていた為「もう1人の人は?」と聞かれ「キジ打ちですよ!」と答える。5人は目の前を5人スクラムで渡っていく。胸まで浸かりながらの渡渉である。我々もスクラムで行こうとしたが足が浮きそうで引き返す。水流の弱く浅い所を探すが、なかなかないものだ。ウロウロしていても時間が経過するのみ、森田氏がロープを付け果敢にチャレンジ、1回目は流されたものの2回目は対岸に着く。真夏とはいえ全身水に浸かるのはかなりの抵抗だ。私はロープに引き寄せられた形でクリア。後続に男女1パーティーも来たが私たちと同じように渡渉箇所が決まらずウロウロしていた。
 次に現れるのは口元ノタル沢である。5人パーティーがライフジャケットとロープで確保しながらまさに流れに向かって泳いでいるところであった。しかし、流されていた。「もう1回、もう1回」と声を張り上げながら今度は岩の上からダイビングして上手く流れを利用し、対岸の岩にかじり着き一歩一歩岸に上がっていく。2人目からはロープに引かれ、すいすいと渡っていく。私は見ていて少々自信を無くしていた。岩からのダイビング、泡だった水流に飛び込むにはかなりの勇気がいる。前方は如何なっているのか登っていくと残置スリングがぶら下がっていた。その先も岩伝いに渡れると判断し泳ぎは止めそのまま進む。30mのロープを伸ばし、口元ノタル沢の淵を越えた。森田氏も危なげなく越えてくる。その後は通称旧黒五の河原となり、ただ広いのみ、先行パーティーはすでに消えていた。

口元ノタル沢先の廊下上ノ黒ビンガ出口

 左岸からスゴ沢、右岸から中ノタル沢を過ぎた辺りから側壁は高くなり、眼前に上ノ黒ビンガが偉容を現す。黒々と光った岩肌を見上げると「おおー!凄いなぁー!」とついつい声が出てしまう。その先も花崗岩の滝に苔むした滝が顔を出し観光地を歩いている気持ちになる。
 金作谷に14:30着、本日の天幕予定地だ。金作谷は上流から本流を通り越し、右岸まで雪渓に覆われ分厚い雪壁となっている。山側には清水も出ていて良き幕営地だ。台地より小さな岩も転げ落ちているので少し離れたところに張る。本日も天候に恵まれ順調にきている。雪渓の脇に張ったのか夜は冷えて雨具と靴下を履く事になってしまった。

【執筆:森田】
【8月15日 晴れ】
 金作谷の先はすぐにゴルジュとなる。朝一番の渡渉はつらいが仕方がない。ガイドブックによると、ここのゴルジュは口元ノタル沢出合に匹敵する難所らしいが、昨日来の渡渉で慣れてきたのか、ビビらないようになってきた。対岸に向けて泳いでいて流されても、ロープで引いてもらえば無事に戻れることがわかり、自信を持って進むことができるようになった。
金作谷先のゴルジュに突入する  この先も渡渉を繰り返しながら進み、岩場の巻きは小幡さんが先行してくれるので安心だ。渡渉は僕が、岩場は小幡さんがリードするといった分担が自然にできていた。
 赤牛沢、岩苔小谷出合で現在地を確認し、快調なペースで立石奇岩にたどり着く。最初見たときはこんなものか、という感じだが、通り過ぎてから振り向いて眺めるとやはり奇観だ。ちなみに4年前にコボリーダーが張ったというすぐ近くの幕場はいかにも落石がありそうで、良い子はまねしない方がいいでしょう。
 ここまでくればもう難所はないかなと思っていると、前回小堀さんが泳いで突破したという廊下がでてくる。泳ぎが苦手なわれらは例によって小幡さんが岩場をへつり高巻き、へたれの僕はロープで引っ張ってもらう。幕予定B沢近くでは懸垂下降をする箇所もあってなかなか気が抜けない。
 本日の幕場A沢出合対岸の河原とする。食事を作っている途中で小雨がぱらついてきたがすぐにやんだ。今日も気分の良い焚き火だ。

【8月16日 曇り】
 ここから薬師沢小屋までは登山道が併走する。途中の対岸に釣り師がベーステントを張っていた。7時に小屋着。休憩後上流に進む。一箇所左岸の樹林帯に入って高巻き、赤木沢出合いとなる。前回はここで岩魚を釣ったそうだが、源流まで先は長いので先を急ぐ。小幡さんは竿を持ってきていたが、結局今回は一度も出さなかった。
 祖父沢をすぎて30分ほど遡ったところだろうか、最近崩れたと思われる雪渓が出てくる。さらにいくと今度はきれいなスノーブリッジだ。慎重に越えていく。そしてゴールが近い標高2,250mあたりの二股では完全に雪渓が谷を覆っていた。幅は30mぐらいあった。雪渓上を歩いていくと前方に登山道を歩く人たちが見えてくる。もうすぐこの沢旅が終わると思うと、ほっとするような、さびしいような気分になる。
 幅広くどっしりとした雪渓だが、中央部分が少し凹んできたので右岸よりを歩くようにした。小幡さんは50mほど後方を歩いている。雪渓の末端まで50m程度、右岸からは3mぐらいだろうか、突然、落下した。
「やっちゃった」
「でもなんでここで落ちるんだ?」
「脚が上に向かっている」
 ほんの一瞬の間に思考が巡る。とりあえず立ち上がる。雪渓の上縁は頭上50cmくらい。衝撃は無かった。周りを見ると空洞があり、細く水が流れている。崩落した雪の上にそのまま乗っかっていた。
 近寄ってきた小幡さんの顔が見えた。無事を伝え、これ以上近づかないように言う。右岸側に這い上がり、呼吸を整えて現場の写真を撮っていると、早く離れるよう小幡さんに注意された。ごもっともです。
崩落した雪渓  登山道直下の土の上で合流。一息ついた。小幡さんによると、ごく大きな音がして前方を見ると森田の姿が見えない。人工呼吸の手順を頭の中で復習しながら近寄ってきたそうだ。ご心配をおかけしました。
 ここから更に上流に行く案もあったが、左足首になんとなく違和感があり、三俣山荘に向かった。出発しようとしてメガネを掛けていないことに気づく。崩落時に吹っ飛んだのだろうが、気がつかなかった。やはり動揺していたのだろう。
 三俣山荘のテン場でくつろいだが、足首が気になる。念のため山荘の診療所で湿布薬をもらい、明日は最短ルートで双六岳から新穂高温泉に下ることにした。医師と医学生が丁寧に診てくれ、非常に心強い存在でした(香川大学の皆さん、ありがとうございました)。

【8月17日 曇り時々雨】
 足首に異常はなく、一安心。小雨の中を下山する。下山用の靴は、軽量化のためにスニーカーにしたため慎重に歩く。先行していた小幡さんにわさび平小屋でビールをご馳走になり、新穂高温泉「中崎山荘」の入浴割引券(800円⇒700円)を入手。入浴後、松本経由で予定より1日早い下山となった。
 沢の中では終日天候に恵まれ、快適な遡行でした。奥黒部ヒュッテで聞いた情報では、水量は平年並みとのことでしたが、やや少なめだったのではないかと思います。泳ぎの苦手な二人が無事完遂できたのは、小幡リーダーの的確な岩場の巻き判断と技術のおかげでした。ただ、泳ぎや渡渉でのスクラムの組み方は事前にもっと練習しておくべきでした。
 また、最後の雪渓崩落はよくぞ無事だったと思います。幸運以外の何ものでもありません。今回の教訓です。
(1)下流側は雪が詰まって見えても上流側ではトンネルになっていることがある。
(2)雪渓の中央や表面の凹ラインの下だけが空洞とは限らない。蛇行していることがある。
(3)一人ずつ距離をおいて歩く(今回はたまたま離れていた)。
(4)ヘルメットは外さない。

〈コースタイム〉
【8月13日】 黒四ダム(07:20) → 平ノ渡し(11:00~12:00) → 奥黒部ヒュッテ先テン場(14:20)
【8月14日】 テン場(06:15) → 下ノ黒ビンガ(08:00) → 口元ノタル沢(08:50~09:30) → 上ノ黒ビンガ(12:50) → 金作谷(14:30)
【8月15日】 金作谷(06:00) → 立石奇岩(11:50) → A沢出合(15:30)
【8月16日】 A沢出合(06:00) → 薬師沢小屋(07:00) → 赤木沢(08:30) → 祖父沢(10:00) → 雪渓崩落(12:45) → 三俣山荘(14:30)
【8月17日】 三俣山荘(05:45) → 新穂高温泉(13:00)

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