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雪稜登攀・黒部別山南尾根~三ノ窓尾根~剱岳
金子 隆雄

山行日 2012年4月28日~5月4日
メンバー (L)金子、紺野、飯塚、大田

 黒部別山は黒四ダムを出ると真っ先に目に飛び込んでくるアプローチの近い山なのだが、今まで横目で見ながら通り過ぎるだけの存在だった。3年前にも同じルートで計画を立てたことがあったが、その時はメンバーが集まらずに断念した。今回は早々にメンバーも決まり準備期間も十分にあって実現に漕ぎつけた。
 元三峰の会員で現在は長野の『伊那山仲間』で活動している松尾さんと同行者1名のパーティが2泊3日の予定で黒部別山南尾根へ同じ日に入山するとのことで、久々に会える楽しみも増えた。

【4月28日(土) 快晴】
 早朝に扇沢に着くと既に松尾さんがチケット売り場に並んでいたので我々の分も買ってもらう。昨夜に車で扇沢に来ていたそうだ。6:30始発のトロリーバスに乗り込む。
 黒四ダムに着くと松尾パーティはすぐに出発していった。彼らは2人で、荷物も軽いので我々が追いつくことはないだろう。
 共同装備の振り分け、パッキングのやり直しをして7:50出発。外に出て黒部別山を眺めると黒々としていて雪は少なそうだ。荷物は重いが内蔵助谷出合までは順調だった。出合で休憩し、内蔵助谷の上流方面を見ると雪が少ないせいか流れはかなりの部分で出ていて、ここを下降路に使うのはかなり苦労しそうに思えた。
 さて、ここからは未知の世界だ。黒部別山はもちろん、内蔵助谷出合から下流へは行ったことがない。だが、ここで最初の試練が降りかかってくる。内蔵助谷に架かる丸木橋が真ん中で折れて水没していて渡れないのだ。水勢はかなり強く失敗したら悲惨なことになる。しばらく迷ったがどうにもならず、渡れる所を探して黒部川の右岸へ雪渓を渡って行ってみるが渡れそうな所はない。やはり先ほどの壊れた橋を越えるしかなさそうだ。
緊張の一瞬  対岸の雪上に足跡があるので松尾パーティはここを越えて行ったようだ。彼らが行ったのなら我々も行けるはずと意を決してジャンプ、何とか全員無事に渡り終えてホッとする。
 黒部川の左岸をしばらく下って対岸に鳴沢の出合が見えてくると南尾根の末端が下りてきている。松尾さんが目印にしていったのか雪面に棒が突き刺さっている。登攀具を装備し尾根末端を右から巻くように続いている踏み跡を追う。雪を拾いながら急傾斜を登り詰めるとやがて雪がなくなり尾根に上がる。尾根に上がる所は登りにくい岩場を登るか藪に突っ込むかの二者択一である。自分は藪を選択したが完全に藪に絡め捕られた状態になってしまい進むも退くもできない状態になったまま5分ほどもがくことになってしまった。
 四苦八苦しながらようやく藪を抜け出して尾根上に立った。ロープを下ろして3人のザックを引き上げてから3人も岩場の方から尾根上に引き上げる。尾根上に雪はなく藪が続いている。内蔵助谷側の斜面を雪を拾いながら巻いていく。少し登ってはトラバース、登ってはトラバースを繰り返すがなかなか尾根に戻ることができない。尾根に戻るために雪のない急なルンゼをダブルアックで登る。氷があったらアイスクライミングそのものだ。
 ようやく尾根に戻れたがまだ雪はなく藪だ。藪尾根上を少し進むが岩壁に行く手を阻まれて、またしても内蔵助谷側を巻くことになる。巻くのが楽かといえば決してそんなことはなく、傾斜がきついので失敗すれば内蔵助谷へ転がり落ちる様な所ばかりだ。時間はどんどん過ぎていくがほとんど前進していない。いい加減嫌になってきてトラバース途中にテントが張れそうな所があったので今日の行動を終了した。P7までも届かず大誤算だ。幕場の内蔵助谷対岸には雪もつけずにそびえ立つ黒部丸山東壁が威圧的に視界いっぱいに広がって見える。

【4月29日(日) 快晴】
 昨日の続きのトラバースから始まる。夜も朝方も全く冷え込まなかったので雪は朝からグサグサで時々スッポリはまり込んだりして歩きにくい。なかなか尾根に上がれないまま延々と内蔵助谷側を巻いていく。昨日、今日とほとんど尾根を登っていない、どこが雪稜登攀なんだか。ようやく尾根に上がれそうな所が出てきたので樹林帯を登って尾根に上がるとしっかりと雪が付いていて雪稜らしくなる。
 しばらく雪稜上を行くとなだらかなピークが現れる。P7のようだ。広くて良い幕場になりそうな所だ。行く手はるか先には雪を付けないボロボロそうな岩峰が見えるがあれが二段岩峰かも知れない。先へ進むとまた尾根を外れて内蔵助谷側を行くようになる。広い急傾斜のルンゼ状の雪壁を登って行く。所々雪が消えて岩が露出しているので慎重に登って行く。途中、右側に大きな洞窟が見られる。この雪壁を登り詰めてP6と思われるピークに出て大休止とする。
 P6から雪稜を少し行くと幕営跡があり、雪面には『モートー』の文字が刻まれている。松尾さんたちが泊まった跡のようだ。この少し先のコルへ降りると二段岩峰の基部に着いた。南尾根の核心部になるだろうこの岩峰は見るからに脆そうだ。パスして巻いて行けないかなぁなんて思いながら見回してみるが、それは叶わぬこと、登るしか先に進む術はないようだ。
 自分にはここをリードする自信は全くない。本格的なクライミングをやらなくなって十数年、来る前に一度岩トレはやったが、そんなのは焼け石に水だ。紺野さんにリードしてもらう。
 トップは重いザックを背負ったままだと厳しいので空身で登る。途中のブッシュが邪魔してザックの引き上げができないのでロープをフィックスして一旦降りて再度登ることになった。セカンドはブッシュを掴んで腕力任せに強引に登る。1ピッチ目は短く切って25m程。2ピッチ目はザックを背負っても大丈夫そうだと言って紺野さんは登り始めたが、中間辺りで被っていそうに感じるくらいの傾斜になり、何度かトライするも諦めてザックを置いて登って行った。セカンドなら大丈夫かと思えばそうではなくやはり厳しい。もっと徹底した軽量化が必要だったなと反省してみても後の祭りである。四苦八苦、ジタバタしながら何とか引き上げてもらう。このピッチも短く30m程だ。
二段岩峰2ピッチ目を登る  3ピッチ目は容易で、傾斜のない細いリッジを辿り右へ数メートル登ればビレイポイントに着く、20m程度。P5へ上がるにはここから直上しなければならないがとても登れそうにない。ルートはボロボロで浮石だらけのP5側壁をトラバースするようになっている。ビレイポイントは頼りない浅打ちのハーケン1本だけなので、ハーケン2本を打ち足して補強する。1本は回収不能となってしまったので残置した。ルートは数メートル下ってからトラバースするようになっている。こういう所はトップで行くのが一番安全だ。何だか少し狡いかなと内心思いながら自分がトップで行く。古くて腐ったようなフィックスがあるが、とてもこれに頼る気にはなれない。下り終わってトラバースに入るとホッと一息つける。真新しい残置のハーケンがあったが足元より下に打ってあるので使用できなかった。途中でハーケンを1本打ち、フレンズをセットできる所があったので2番を1個セットする。終点には太い木があるのでビレイポイントとしては申し分ない。
 ラストの紺野さんは新しい10mのフィックス用ロープを残置して降りてきた。さすが紺野さん、用意周到だ。
ボロボロなP5側壁のトラバース  これで核心部の二段岩峰は終わったが、かなり時間を費やしてしまい時刻はもう17時を過ぎている。テントを張れる場所を見つけなければと焦りが出てくる。200m程先のトラバースした先にテントが張れそうに見える場所があるが行ってみなければ分からない。10m程懸垂してから雪壁を少し登る。雪が消え岩が出ているトラバースのためロープを出す。1ピッチ、50mいっぱいトラバースし、更にノーザイルで50mほど行くと、先程テントが張れるかも知れないと思った場所に着く、18時。広くはないが整地すれば泊まれそうだ。端の方に人のものか、動物のかはわからないがキジがあり、これは松尾さんの仕業に違いないとひとしきり盛り上がってしまった。でも、松尾さんは無実でした。

【4月30日(月) 曇り一時雨後晴れ】
 昨日は行動時間が長く、寝たのも遅かったので今日の出発は少し遅くした。P4に向けて雪壁を登って行く。途中、倒木帯を越え更に雪壁を登って行くと雪の消えた岩と草付きのミックスとなる。問題なさそうに見えたが念のためロープを付けて登る。登ってみると意外と悪くロープ付けていて良かったぁという感じだった。草付きを抜けて左の樹林帯に入り50mロープいっぱいまで伸ばす。
 P4側壁沿いに斜上して行くと深いギャップとなる、どうやらこれが大キレットらしい。結局、P5からP4間は一度も尾根上を通ることなく巻いて来たことになる。大キレットの底へ降りるには懸垂となる。短く2回の懸垂が必要に見えたのでロープ1本で途中まで懸垂したが、2本使えば1回で底まで降りられることがわかってセットし直す。最後の数メートルは空中懸垂となる。大キレットの底は結構狭く大タテガビン側は切れ落ちている。
 P3へ向けて雪壁を少し登ると密藪となりザックが引っかかって身動きが取れずに四苦八苦する。短い密藪を抜けて雪稜をしばらく行くと5m程の懸垂となる。その先は雪が切れて段差になった急雪壁を登る。段差の部分は木登りとなる。登り詰めるとP3に着く。
大キレットでの空中懸垂  P3から少しでナイフリッジの下りとなり、大タテガビン側は切れ落ちているのでロープを出して慎重に下る。40m程下るとその先は懸垂しないと降りられないような傾斜になる。小キレットに出たようだ。太いコメツガの木があるのでこれを支点にして30m程懸垂する。全員下降し終わってロープを引くがビクともしないので回収のため登り返すことになってしまった。途中まで登り返し、ロープが動くのを確認して再度懸垂する。ロープが雪面に食い込んでしまっていたようだ。P2へは正面の急雪壁を登る。右側に緩い斜面があり、小キレットへ降りるまではそっちから回り込めば楽だろうと思っていたが小キレットの大タテガビン側は切れ落ちていて登路は正面しかないことがわかる。
 途中で傾斜が緩くなり一登りでP2に着いた。P2で幕営を考えていたが狭くて整地に時間がかかりそうなのでP1とのコルまで降りる。P2とP1間は短いので直ぐだ。P1直下の広い雪面に幕営する。

【5月1日(火) 晴れ後曇り】
 P1への登りは藪から始まる。藪を抜けると岩稜となり更に雪稜を少し行くと幕場から15分足らずでP1に着いた。P1からは大タテガビン周辺で最も困難とされる大タテガビン第一尾根が派生しているが、見るからに悪絶そうな尾根だ。特に今年は雪が少なく鋸のように尖った各ピークにはキノコのように雪が乗っていて一層厳しそうに見える。登ってみようかという気にはとてもなれない。
 この先はもう厳しい所はないだろうと安心しきっていると懸垂する所が出てきたりする。南峰との間にはP0というピークもあるのだがよくわからなかった。なだらかなピークの南峰に上がると一気に解放感が満ちてくる。ようやく剱岳も眼前に大きく見えるようになる。
剱岳をバックに黒部別山南峰にて  ここでは携帯が通じたので天気予報メールが受信できた。明日以降は下り坂のようだ。雪がたっぷり付いた主稜線上を主峰目指して進む。途中に内蔵助谷に下っているトレースがあったが、松尾パーティのものだろう。ハシゴ谷乗越まで行かずにだいぶ手前で内蔵助谷に降りたみたいだ。
 主峰を越え、北峰とのコル付近から剱沢へ延びている下降予定の北西尾根を探すが判然としない。多分これだろうと当たりをつけた尾根は出だしが尾根の体をなしていないが他にそれらしき尾根はないので降りてみることにする。急雪壁を200m程下るとようやく尾根らしくなってくる。この尾根もいたる所で雪面が割れていて、勢いに任せて下って行くと落ちてしまうので要注意だ。
 末端近くなってくると雪も少なくなり傾斜も増して下降が困難になってきたので沢へ降りることにした。50m、1ピッチの懸垂で尾根の左側の沢へ降り立ち、広い沢の中を剱沢へと駆け下ると二股の300m程下流へ出た。二股まで登って近藤岩の傍にテントを設営した。剱沢は所々に流れが顔を出していたので水が汲めるかと思ったが、危なくて近寄れないので水汲みはできなかった。
 ここから見える八ツ峰も雪が少なく、今年の八ツ峰は登れないなという印象だった。

【5月2日(水) 小雨(午後より強風)】
 今日の天気は予報通り悪く、朝から小雨が降っている。が、行動できない程ではないので予定通り三ノ窓尾根へ向かう。
 出合から三ノ窓雪渓を登って行くと直に北股の出合となる。三ノ窓尾根の末端はこの出合であるが、末端から尾根に取り付くことはできない。北股の出合から少し三ノ窓谷を登ると右手に広い沢状の雪壁が出てくる。登るならここしかないだろうという感じで三ノ窓尾根のコルに続いている。ここを登って行くが、傾斜はそれ程でもないのだが長いので息が切れる。消えかけた古いトレースがあり、今シーズン登った人がいるようだ。
 コルで1本取った後、本格的な登りにかかる。胸を突くような急雪壁を登り詰めると尾根上に出る。三ノ窓谷の対岸の八ツ峰を見れば、北面にもかかわらずルンゼは滝となって水を落としている。時々轟音とともにへばり付いていた氷が崩落する。雪崩も時々起きている。気温の高い日が続いているのだろうか。
段差を乗り越え、細い雪稜を行く  昨日は三ノ窓尾根なんて南尾根に比べればどうってことないよなんて話していたが、登ってみるとどうしてどうして結構悪い所が多い。雪の融け具合によるのだろうが、いたる所で亀裂によって大きな段差になっていて、乗り越えるのに骨が折れる。雪庇は三ノ窓谷側にできるようだが、今はもう落ち切ってしまったようで大きな張り出しは少ない。それでも見えない所は怖いので近づかないように小窓谷側を行く。
 途中ロープを出さないとヤバそうな所が数カ所あり、結構時間を費やしてしまった。午後になるとガスが出てきて視界が利かなくなってくる。先が見通せない中、登っても登っても次々とピークが出てきて、三ノ窓までどのくらいかかるか見当がつかなくて嫌になってくる。17時を過ぎた頃、三ノ窓まで上がるのは無理だろうと見切りをつけて途中で泊まることを決断してザックを下ろす。が、しばらくするとガスが一気に流れていきそれ程遠くない所に小窓ノ王が見えた。続いて三ノ窓も見えたので頑張って三ノ窓まで上がることにする。
 最後のピークを右の沢状から巻登って尾根に戻るとやがて三ノ窓尾根は三ノ窓の斜面に消えている。コルまで上がると風が吹き抜けて大変そうなので100mくらい下の平らそうな所にテントを張る。風雨がかなり強くなってきていたが、1時間くらいかけて雪面を掘ってブロックを積んで風よけにする。風雨の中での作業は辛いがこれを怠れば後々大変な目に遭うだけだ。
 ようやく設営が終わりテントに入って一息つく。皆ぐちゃぐちゃに濡れている。燃料はまだ十分にあるのでガンガン燃やして濡れた物を乾かすがそう簡単には乾かない。自分はプラブーツなのであまり影響はなかったが、他の3人は革靴なので靴の中で足が泳いでいる状態だとか。やっぱり春山はプラブーツに限るね。
 当初の計画では三ノ窓に2泊してチンネを登ることにしていたが、ここまでで行程が1日遅れているし天気も悪いのですっかりその気が失せてしまい、チンネはパスして下山することにする。

【5月3日(木) 雨後晴れたり曇ったり】
 朝起きると雨と風はまだ治まっていなかったので今日は停滞だということにして再度シュラフに潜り込む。9時頃になると風雨が収まってきた。天気予報では明日は今山行中最も悪い天気になりそうなので、停滞は取り止めて少しでも先へ進んでおくことにする。
 遅い朝食を済ませ11時頃に幕場を後にする。三ノ窓のコルまで上がると携帯が通じたので天気予報メールを受信する。今日はそれ程悪くないようだが、明日はやはり悪天の予報となっている。池ノ谷ガリーはいつもはガチガチで脹脛が痛くなってくるような登りだが、今年は適度に柔らかくて登り易かった。池ノ谷乗越から急雪壁を登り頂稜へと上がる。雪の無い季節は右側の岩稜を登下降するが、今の季節は雪壁を登る方が楽だ。
 見下ろす八ツ峰は雪の付き方が悪く悪絶そうだ。長治郎のコルへの下りは小ピークを長治郎谷側から巻いて下るが、雪が腐ってズボズボ埋まって歩きづらい。長治郎のコルから山頂へと続く雪壁を見上げると何箇所か亀裂が走りズタズタ状態だ。トレースが延びている部分は崩れてしまってもう登ることはできなくなっている。右端の岩稜に沿って登る。例年なら急ではあるが雪の状態はもっと良いのだが今年はちょっと違うようだ。
 15時45分、剱岳に到着。最後のミッションもクリアできた。山頂の祠は例年のように頭だけ出しているが不用意に近づくと穴に落ちてしまう。
今年も剱に登頂できました  下山は当初の予定の内蔵助谷下降を変更して室堂からアルペンルートを使うことにした。別山尾根の下降は鎖場が出てくる所までは雪が深く股まで潜るような状態が続く。まるで冬にラッセルしているような感じだ。鎖場になると雪もなくなり楽になる。それにしても鎖はまだいいが垂直の梯子を降りるのはかなり怖い。平蔵のコルで時間切れとなり幕営する。

【5月4日(金) 雨時々雪】
 平蔵のコルより平蔵谷を下降する。平蔵谷はデブリも少なくかなり下り易かった。ただ、ガスっていて何も見えないので出合を見落として下り過ぎてしまわないか心配だった。しかし、出合が近づくとガスも切れてその心配はなくなった。源次郎尾根のルンゼは滝となり勢いよく水が流れているのが見える。こんな光景を見るのは初めてだ。
 薄日が射してきた中、剱沢を上流へ向かって登る。自分は平蔵谷出合から先へは行ったことがないので未知の領域だ。少し登ると数人のスキーヤーが下ってきた。入山7日目でやっと人に出会った。更に歩いて下ってくる3人パーティとすれ違う。少し話したが、これから天気はまた崩れるそうだ。長治郎谷から剱岳を目指すとのことだが、悪天候になることがわかっていながら行かなきゃならない事情でもあるのだろうか。
 剱沢を登り切らないうちに天気は崩れだしてきて剱沢小屋に着いた時は雨と風が強くなってきていた。剱沢小屋は閉鎖されていた。小屋から少し上部のキャンプ指定地にはテント7~8張り、意外と少ない。剱御前小屋まではダラダラと長い登りを黙々とこなす。剱御前小屋に着いた時には体はすっかり冷え切って寒くてしょうがないので小屋の休憩室で休ませてもらう。小屋の中は暖かくてありがたかった。
 小屋を出ると雨は雪に変わっていた。雷鳥坂を下っているうちに雪は止んでまた雨となる。悪天候の中、ぞくぞくと登ってくる人の列、傘をさして登ってくる人、何も荷物を持たずに登ってくる人、今では滅多にお目にかかれないポンチョ姿でスキーで上がってくる人、様々だ。ここはもう山屋の世界ではないのかも知れない。
 雷鳥平のキャンプ場を初めて目にした。色とりどりのテントが無数に咲いた花のようにひしめき合っている。
 さて、ここから室堂ターミナルまでの道がよくわからない。自分は初めて来たので地図を見てもよくわらず、来たことがあるという3人も記憶が曖昧で頼りない。道を聞きながら室堂を目指す。室堂ターミナルは外も中も観光客でごった返していた。こんな天気の悪い時に来ても楽しくないだろうと思うが、人には人の事情というものがあるのだろう。
 最初のトロリーバスはすんなり乗れたが、次のロープウェイは80分待ちと言われて整理券を渡される。そんなに待たされたら風呂へ入る時間はおろか最終の電車にも間に合わないかも知れない。しかし、どうにもならず大観峰でビールでも飲みながら待つしかないと諦める。だが、それ程待つこともなくビール1本飲み終わる頃には順番がきた。その後のケーブルカーや黒四ダムからのトロリーバスもあまり待つことなく乗ることができた。大混雑だったことは言うまでもない。連休中の室堂なんかに行ったのが間違いだった、二度と行かないと決心したのだった。
 風呂にも入れたし、最終のあずさにも間に合った。紺野さんが前々から目をつけていたのだが、大町の駅前の酒屋で調達してきた新聞紙に包まれた大雪渓の大吟醸酒をごちそうになりながら電車に揺られて帰途についた。

 随分長い山行記録になってしまいました。途中で投げ出さずに最後まで読んでくれたあなたは辛抱強い、ありがとう。

〈コースタイム〉
【4月28日】 黒四ダム発(7:50) → 内蔵助谷出合(9:00~25) → 南尾根取付(10:20~40) → 1,550m(14:45)【幕営】
【4月29日】 幕場発(5:40) → P7(6:45) → P6(9:00) → 幕場(18:00)
【4月30日】 幕場発(7:15) → 大キレット(10:15) → P3(11:20) → P1直下(17:45)【幕営】
【5月1日】 幕場発(6:40) → 南峰(8:15) → 本峰(11:15) → 北西尾根下降開始(11:45) → 剱沢(14:5) → 二股(14:45)【幕営】
【5月2日】 幕場発(5:20) → 三ノ窓尾根 → 三ノ窓(17:15)【幕営】
【5月3日】 三ノ窓(11:25) → 池ノ谷乗越(12:55) → 剱岳山頂(15:45) → 平蔵のコル(16:50)【幕営】
【5月4日】 幕場発(5:20) → 平蔵谷出合(6:10) → 剱御前小屋(10:00) → 室堂ターミナル(13:20)

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